パーティ不和の現場に居合わせたけれど、止める事もせず逆に皆の背中を押したあたしの話
用事を済ませパーティハウスに帰ってみたら、仲間の部屋も金庫も空だった俺の話
https://ncode.syosetu.com/n5781ha/
キシリア視点のお話。
あたしは、とある街の下水道の中で産声を挙げた……らしい。
「そんでお前は、誰の種なのか解らないねぇ」
……そんな事を笑いながら宣ったのは、一応血が繋がっているであろう糞ババアだった。
これがあたしの、一番古い記憶だ。
掃き溜めの中に住む、ゴミクズから産まれたあたしも、当然ゴミクズだ。
そう。ゴミクズだ。
そんなゴミクズを産んだゴミクズの親は、どうやら長く生きる事が出来なかった様だ。
病気を患い、あっさりと逝きやがった。
糞ババアが死んだ後、あたしは一人でどうやって生きてきたのか、全然覚えてはいない。
でも、ただ一つだけ。
彼との出会いだけは、今でも鮮明に覚えている。
「……おい。俺と一緒に来るか?」
あたしと負けず劣らず、同じ位に薄汚れた糞餓鬼の手は、大きくて暖かかった……
彼は、あたしにとって、光だった。生きる希望だった。
何があっても、あたしは一生付いていく。
……そう、誓った。
誓った筈、なのに……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ? てめぇ、今なんっつった?」
「何度でも言ってやるさ。我が【北極星】は、メッサーナ平原を狩り場とするドラゴンの討伐を、薔薇騎士団と合同で行う!」
事の発端は、侯爵様の三男が勝手に指名依頼を受けてきた所から始まる。
欲深きあのギルドマスターが、無理矢理強引にねじ込んで来たこの貴族の餓鬼は、あたし達【北極星】の中を、好き勝手に引っかき回すだけ引っかき回し続けた。
リーダーである彼は、一年間もの間、辛抱強くそんな侯爵様の三男を”躾け”続けた。
なのだけれど、如何に道理を説いたとしても、自制という意味を知らない人間なんて猿以下、それどころか犬畜生にすらも劣る。
その癖して、自尊心だけは立派にも無駄に三人分はあるというこの糞餓鬼は、どこまでもどこまでもあたしたちの足を引っ張り続けたのだ。
「……まず確認だ。依頼を受ける権限を有するのは、誰だと思う?」
頭痛を堪える為か、こめかみに指を当てたまま彼…グランツは糞餓鬼に問う。
「我にきまっておろうが。栄光あるメルビル王家の血の流れを受け継ぐアルバート侯爵家が三男のこの我、ギリアムこそがそれに相応しい」
さも当然の如く、糞餓鬼が胸を反らして答える。もうこの時点で、あたしも他の皆もツッコむ気力すら完全に失せた。
彼は溜息を、盛大に長く長く吐いた。
恐らくは、込み上げて来る殺意を、無理矢理にも鎮める為の動作だったのだろう。彼が本気を出せば、瞬きの間に侯爵様の三男なぞ100以上の肉片と化すというのに。
「オーク程度にすら苦戦するてめぇみたいな糞役立たずが、下級とはいえドラゴンの討伐だって? ホント悪い冗談だ……お前ぇ、走竜に傷をつけるのすら無理だろ」
侯爵様の三男の技量は、彼が今言った通りのお粗末なもの。到底”冒険者”として、やっていけるレベルではない。
才能が絶望的に無いだけでなく、他人の忠告を理解できる様な脳味噌も無い。更には彼の指導に素直に従わないのだから、成長なんか到底あり得はしないのだ。
当然、戦力になるどころか、完璧に足手纏いなので、実戦には連れて行ける訳も無い。この糞餓鬼を連れて行くなんて聞いたら、あたしはクエストをボイコットしてやるわ。だって、死にたくなんかないもの。
「遮る物の何も無い平原で、ドラゴンと戦えと言うの? ギルドはわたし達に死ねと?」
射撃手であり、罠士のアリアが、頭を抱え唸る。
「空から火炎の息を、無条件で無駄に喰らい続けなきゃなんねぇってのは、全然面白くねぇやな」
重戦士のゴッズも、腕を組んだまま渋い顔で固まる。
「ブレスには”耐火の障壁”が有効ですが、私の技量では……」
魔導士のドナルドの表情も暗い。ドラゴンブレスを完全に防ぐ事ができなければ、人は死ぬしか無いのだから。
ドラゴンと人との戦力というのは、それ程までに絶望的な差がある。
あたしが<竜殺し>の称号を得る事ができたのも、言ってしまえば運が良かったに過ぎない。
<竜殺し>の称号は、先代【北極星】のおじ様達の卓越した技量と、長年の冒険者生活に裏打ちされた経験が、上手い具合に噛み合った結果なのだ。正直な話、あたしはその場にただ居合わせただけの、棚ぼた称号でしかない。
「ギリアムの戯言は、この際聞かなかった事にする。本来あってはならない事だが、【北極星】としてすでに依頼を受けた形になってしまっている以上、これを何とかせねばならない」
彼の言葉が不服だったのか、糞餓鬼が何か喚いているが、全員無視する。話が全然進まないしね。
これ以上場を五月蠅くかき回すなら、殴ってでも黙らせよう。あたしのミスリルメイスは痛いわよ?
「はっきり言おう。馬鹿正直に平原でドラゴンと正面から戦うなんざ、ただの無謀だ。俺達は為す術も無く全滅するだろう」
アリアとゴッズの言った事を、彼はもう一度念を押す様に続ける。
人類開闢以来、空対陸の絶望的な状況をひっくり返す方法なんか、存在しない。
人間の英知とやらは、そこまで発展してもいなければ、優れてもいないのだ。
ただでさえドラゴンという生物は、強大な抗魔力を持ち、鉄の鏃すらも跳ね返す堅い竜鱗に覆われた身体を持つ。そんな理不尽な生物に傷をつけるなんて、非常に困難を極める。
その上で、あちらは空を自由に飛び回り、地上を這いずるしかないこちらを思う存分に、好き勝手に蹂躙できるのだという、正に世の中の不公平を煮詰めた様な縮図を押し付けられるのだから、こちらとしてはやってられる訳もないのだ。
「まぁ、どこぞの騎士団が全滅しようが俺達には関係無いし、俺は誰一人として【北極星】のメンバーを失いたくもない。メッサーナ平原での合同討伐の依頼は、当然断るぞ?」
彼がそう高らかに宣言すると、皆は大きく頷いた。一人何事か喚いている馬鹿がいたが、ゴッズが殴って黙らせていた。
ドラゴンを殺す為にまず重要な事は、地上に居る内に素早く決着を付ける事。何があっても空に逃がしてはならない。という、正にその一点。巣穴への奇襲が基本ね。でも巣穴へ突入する為には、人数がいてもそこに入りきれる訳も無いのだから、ただ邪魔になる。だから、あいつらは無謀にも平原での討伐を計画したのだろう。
糞餓鬼の魂胆は、分かり易いまでに見え透いていた。薔薇騎士団は、あの侯爵様お抱えの騎士団だ。餓鬼も騎士団も【北極星】に寄生して<竜殺し>の栄誉が欲しいのだろう。
……もしかしたら、その為にギルドマスターへ圧力をかけたのかも知れない。そこには当然【北極星】の乗っ取りも視野に入っていたのかもね。
「……だが、ドラゴン討伐は、俺達の手でやらんとな……」
もし、メッサーナ平原を開拓できたならば、人は多くの実りを手にする事ができる……なんて言われているらしい。それこそ、古くからドラゴンの狩り場として言い伝えられているあの平原は、謂わば無力な人間達にとって、”禁断の地”なのだ。
この討伐が成れば、確かに多くの働き手が生まれるだろうし、この国の平民達は、実りある豊かな生活ができる筈だ。
孤児として、寒さと飢えと”奪われる”事に恐怖して震えて過ごしたあの日々が鮮明に思い出される。
そんな苦痛を味わう人が、少しでも減るのであれば……
もしかして彼は、そんな事を考えているのだろうか?
……うん。どう考えても、絶対に無いわね。
彼は、彼の【北極星】が、生きる全てなのだから。
彼の今の結論も、結局は糞餓鬼が勝手に受けたこの依頼を取り下げる事に対する<罰則>を、気にしているのだろう。
「我ら全員が一丸となって、彼奴の巣穴に奇襲をかけてやれば、その可能性も高いでしょうな!」
ドナルドが顎髭を扱きながら大きく頷く。皆も同じ考えなのだろう、一様に表情には明るさが窺えた。
「……いや、その必要は無い。なぜなら、ドラゴンの討伐は、俺一人でやるつもりだからな」
彼の一言で、場はしんと鎮まり返った。
「何故? 相手はドラゴンなのよ? それを、あなた一人でやるというの、グランツ?」
「そうだ。俺だけならば、幾らでもやりようがあるからな」
「何故なのですか? わたし達は邪魔だとでも言うのですか、グランツ……」
「……そうだ。それが不満だというのであれば、ここでアリアに問おうか。君の弓勢で、竜鱗を貫く自信はあるかい? 少なくとも、オークジェネラルの身体を鎧ごと貫通できなきゃ、どだい無理な話なんだが」
彼はアリアに現実を突きつけた。
確かにアリアの腕は、専門外のあたしから見ても、まだまだに思える。どう贔屓目に見たとしても、上級パーティのメイン射撃手と名乗るのには、彼女ではまだ少々辛い技量なのではないだろうか。
「……確かに貴方の言う通り、わたしの腕はまだまだ未熟でしょう。ですが、わたしでも、きっと何かしら貴方のお役に立てる、その筈ですっ!」
「そうだ! 確かにアンタは最強の剣舞踏士だ。だが、軽いアンタじゃ、《ドラゴン》の攻撃なんか受け止められはしないだろ?!」
「……ドラゴンに傷を付ける事ができないのであれば、アリア、君のお伴は不要だよ。無理に付いてこられて、怪我をされても困るし。それとゴッズ。そもそも、ドラゴンの攻撃を受け止めてやろうなんて発想自体、冒険者としてまずあり得ないよ。人ってのは、そこまで頑丈な生き物じゃないんだ」
重戦士というのは、敵の攻撃を正面から引き受けて止める事が、まず第一に求められる。だけれど、ドラゴンみたいな巨大な魔物が相手となると、途端に話は変わる。いかに重装備で身を固めたのだとしても、重さが絶対的に違う以上、あの攻撃を受け止めるなんて、物理的に不可能なのだから。
彼は対ドラゴン戦において、重戦士は要らない。そう言い切ったも同然なのだ。ゴッズはそれを理解したのか顔を歪ませた。
「ああ、あとドナルドにも言っておくよ。俺の<焰の連装槍>を全て受け止める事ができてから参戦の名乗りを上げてくれよ。下級とはいえ、ドラゴンブレスから完全に身を護る為には、そのレベルで最低限だ」
ドナルドが口火を切るよりも前に、彼は自信を断ち切った。いくら事実であるとはいえ、惨いわね……
「それとキシリア。他人事の様に見ているみたいだけど、君も留守番だよ」
「……何でよ? あたしがいなきゃ、あなたの背中を誰が護るっていうの?」
「それについては助かっている、いつもありがとう。だが、今回はドラゴンとのタイマンだからね。できれば、ここで大人しくしていてくれるとありがたい」
あたしは白魔導士であり、付与術士であり、歌手だ。この【北極星】では、回復と強化弱体がメインの仕事になる。
……だというのに。
彼は、今回の依頼にあたしは要らないのだと言う。
彼が装備する武器防具の一切は、神代からの強力な加護が掛かっているので、当然、あたしの強化魔法は上から入らない。
そして、その”加護”のせいで、呪歌までもが弾かれてしまうのだ……呪歌は聴覚を通じて対象の精神に働きかける術系統の為なのか、”加護”は、精神状態異常としてそれらを認識してしまうらしい。この時点で、あたしの存在意義の大半が喪われてしまう。
ホント、この世の理不尽全てを背にしょって生きている奴よね、彼ってば…
結局、彼は【北極星】全員の心を、丹念に丹念に綺麗にへし折って、一人ドラゴンの討伐へと出かけていった……
◇◆◇
あたし達を育ててくれた先代【北極星】のおじ様達は、今頃は田舎でのんびりと畑を耕している頃だろう。
代替わりした【北極星】は、良くも悪くも、彼の弟子がメンバーの大半である……あの糞餓鬼もその数の内に入るというのは、少々腹が立つのだけれど。
出かける前に彼が皆に言った事は、全て事実だ。
彼は、メンバー全員の個人戦力を完璧に把握している。だからこそ、咄嗟の時に細かな指示が出来るのだと思う。
でも、それは厭くまでも”個人”の戦力に限った話で、メンバー達の連携を考慮に入れられることは一切無い。
彼はいつもそうだった。他人と自分との境界を明確にして、そこから絶対に内に踏み込ませはしない。当然、完全に他人を信用していないのだから、連携の重要性を頭で理解はしていても、結局最後は彼個人の力押しだけで解決してしまう。
それができる力量が彼にはあるのだから、きっとそれでも良いのだろう。…でも、あたしは、それが納得できない。
「あいつは、我々の存在を軽視し過ぎておる。ここらで一発、解らせてやるべきではないか?」
糞餓鬼が、また【北極星】を引っかき回し始める。
いつもならば、誰もこの馬鹿の言葉なんかに耳を貸す事はない。ない筈、なのだけれど……
「……そうだな。お前ぇの言う事も、今なら解らなくはねぇ気がするぜ」
ゴッズが、あっさりとその甘言に乗った。
「……ワシも。グランツには一言物申したい」
ドナルドも言わずもがな。
彼の口から出た言葉が、二人には大きな心の傷になったみたい。ほぼ”戦力外”ととられても、おかしくは無い発言だったとは思うし……
「……えっと、ええっと……」
アリアはどうしようかと迷っている様子。やはり彼に対しての不信感は少なからず胸の内にあるのだろう。”不要だ”とまで言われてしまっては、彼女の射撃手としての矜持にも関わるものね。
……あの時、彼と喧嘩になったとしても、彼らのフォローをするべきだったと今更ながら後悔している。いつもなら逆に皆から説教を喰らっているであろう糞餓鬼の言葉に、一々頷いている彼らを見て【北極星】の崩壊は近いなと、嫌でも思い知らされたのだから。
この状況を見て、何故だか急に、ある結論がストンと落ちてきたのを、あたしは感じた。
そして妙に、それに納得してしまった。
彼は”【北極星】のメンバーとして”皆を見てはいるが、彼らを”個の人間”としては、これっぽっちも見ていないのだ……と。
そう。彼は、そういう人間だ。身内の”裏切り”に常に怯え、故に身内を”疑う”。
だから誰も信用せずに、最後は全て自分の力だけで成し遂げる。
彼にとって、先代のおじ様達だけは違った。だから、逆に彼は、今の様な頑なな人間になってしまったのだ。と。
最後まで【北極星】の名声、その存続こそが彼の全てであって、あたし達はただの添え物に過ぎないのだ……と。
「……キシリアさん。貴女は、どうなんですか?」
「あたし? そうねぇ……」
……だから、試してやろう。
この内に落ちてきた結論が、正しいモノなのか。
そして、一度でも彼を”疑ってしまった”皆を、ここで整理しよう……と。
「……空きました。キシリアさん、最後の魔法の言葉をお願いします」
アリアが五つ目の金庫のロックを解いた。後はあたしと彼しか知り得ない魔法の言葉で、最後の封が開く。
「へっへっへ。この中に、どれだけのお宝が入っているんだろうなぁ……」
元凶の糞餓鬼が、大きな金庫を前に下品に嗤う。ホント死ねば良いのに……
「先代からの遺産も入っているのだろう? ちょっと気になるよな…」
「グランツはあまり贅沢しない人でしたし、結構貯め込んでいるやも知れませんな」
「……じゃ、いくわよ? 『今を、ただ生きろ』」
あたしが口にした魔法の言葉で、金庫最後の封が解かれ、ゆっくりと金庫の扉が開く。
そこには。
「「「ああああ、畜生っ!」」」
「「……ああ、やっぱり……」」
その反応は、男女で完全に分かれた。
『ばーか』
その紙を見て、あたしの内に降りてきた結論が正しかったのだと、嫌という程に思い知らされた。
書いてく内にグランツがどんどんひとでなしになっていった気がします……
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。