TRICK&TREAT!! 罰ゲームで富豪の家にお菓子を貰いに行ったら逆に悪戯されちゃいました?
秋も深まり、今年もハロウィンの時期がやってきた。
そう。アニメのキャラや怪物のコスプレをして街中で馬鹿騒ぎをする、あのイベントだ。
あんなのはただ通行人に迷惑をかけるだけだって?
いやいや。本来のハロウィンなんて、子どもが誰かの家へと訪れては「トリックオアトリート!」って大声で叫ばれるし、その意味も「お菓子をくれなかったら悪戯するぞ」だぜ?
普通に考えたら理不尽極まりないイベントじゃないか。
――まぁ俺だったらコスプレもトリックオアトリートもやりたくはないけどね。
そんなことを朝のテレビでやっていたハロウィン特集を観ながら思っていたセイだろうか。
リア充イベントには無縁だった俺にも、悪戯好きな悪魔の手によって未曽有の危機が訪れようとしていた――
――ことのキッカケは、ハロウィンを前日に控えた金曜日。
午前の授業も終わり、昼休みの息抜きに友人とやっていたトランプゲームが原因だった。
「はぁ? ハロウィンの仮装をして他人の家にお菓子を貰いに行けだって!?」
見事5回連続で大貧民になった俺、秋野空護は幼馴染みであるナオキとユウにとんでもない罰ゲームを命令され、声を荒げて抗議した。
「学校に来る途中でパンチラが見えた俺は今日最高にツイてるから絶対負けねー、とかアホなことを言ってたのはクーゴだろ〜? 男ならちゃんと言ったことは守れよな〜」
「アレをキメ顔で言い切ったクー君は、誰から見てもヤバいくらい気持ち悪かったもんねー。僕なんて鳥肌が立ちそうだったもん」
紙パックの紅茶をストローでズズズ〜と飲みながら文句を言うナオキと、タケノコの形をしたチョコ菓子をボリボリと貪りながら俺をジト目で見つめるユウ。
「いや、このご時世に赤の他人の家を訪ねるなんてヤベーだろ。下手すりゃ警察呼ばれるぞ?」
まだ高校2年生なのに、こんなくだらないことで警察のお世話になるなんて嫌すぎる。
俺は持っていた手札を机の上に放り投げると、残り少なくなっていたタケノコチョコを鷲掴みにして口へと放り込んだ。
「あっ、やりやがったなぁ!? 俺まだ食ってねーのに! ……まぁ心配すんなって、その辺はちゃんとリサーチしてあっから。なぁ〜、ユウ?」
「とーぜん。ほら、僕らが卒業した小学校の裏に、ちょっとした豪邸があったでしょ? クー君にはあそこに住んでるお爺ちゃんの家に行ってもらおうと思って!」
……あぁ、毎年クリスマスにやたら金の掛かってそうなイルミネーションを飾っていたあの屋敷か。
小学校の運動会とかのイベントに時たま顔を出すような、子ども好きの優しい好々爺って感じの老夫婦が住んでいた記憶がある。
この二人の話によると、その老夫婦は元々先生だったらしく、遊びに来てくれるのはいつでも大歓迎らしい。実際にユウは今でもその家を訪れることが偶にあると言っていた。
「……で? お前らは俺にどんなコスプレをさせる気なんだ?」
「ふっふっふー。実はそれはもう決まってるんだよね。ねー、ナオキ?」
「おうよ。俺が前もってママゾンで丁度良さそうなのを見つけておいたぜ。そしてクーゴが負けた時点で、ポチっと注文済みだ!」
――なんて余計なことを。ていうかそのコスチューム買う方が金もかかるし、よっぽど罰ゲームらしいんじゃないのか?
俺が首をかしげている間に、ナオキはスマホをスイスイと操作して購入した画面を見せてくる。
「なになに? ……おい、この犬耳はなんだ。このピコピコ動く尻尾っていったい何なんだよぉ!?」
その画面に映し出されていたのは、モッフモフ仕様の犬耳とフサフサな尻尾。
そして柴犬のようなクリーム色のパーカー風コスチュームだった。
「それになんだこの追加オプションって! 首輪とリードは完全に用途がちげーだろ!」
「「声が大きい!」」
おっと、つい大声が出てしまった。
クラスを見回すと、女子の数人がこちらを見てヒソヒソと話をしている。
俺がナオキとユウとつるんでいるのを見かけるといつもニヤニヤしている奴らなので、今回もきっと俺達のことを陰で馬鹿にしているのだろう。
威嚇をするようにキッと睨むと、彼女たちはサッと目を逸らしてどこかに行ってしまった。
「……と、いうわけでもう注文はしたぞ。ハロウィン当日である土曜日にはお前ん家に届くようになってるから、それを着てちゃんと行くように」
「そうそう。僕もクー君がどうなったか、結果を楽しみにしてるからね。頑張れー?」
「いやいやいや、ちょっと待てって!!」
その後も俺は下校の時間ギリギリまで抗議を続けたが、残念ながら二人は聞く耳を持たなかった。
それどころか中学時代の恥ずかしい失恋話をクラスメイトにバラすと脅された俺は、仕方なく罰ゲームを受け入れるしかなかった。
――そして土曜日の朝。
配達が来たことを知らせるチャイムが家に鳴り響いた。
はぁ。何もしないまま逃げるという選択肢は完璧に消え失せたじゃないか……
あのスマホで見た恥ずかしい恰好を自分が着ている想像をすると……あまりに憂鬱で、昨夜は一睡もすることが出来なかった。
寝不足のひどい顔のまま荷物の受け取りをしたので、配達のお兄さんも心配そうな表情をするほどだった。
荷物を家族に見つからないように自分の部屋に運び終えると、眠い目をこすりながら包装を開封していく。
おそらくネット上の配達記録で、俺の家にブツが来ていることは今頃あいつらもきっと把握しているだろう。
さっそく試着しながらそんなことを考えていると、丁度メッセージアプリのLIMEで二人から『届いたか?』と通知があった。
「くっそ。ガチでもう逃げられないじゃないか。しかもコレを着たらちゃんと写真を送れって? おいおい、マジかよ!?」
もうコレを着たんだし、罰ゲームは許してくれよ……そう思いながらも、ついつい姿見の前でポーズをしてみてしまう俺。
とはいっても下は普通のジーンズだし、上はオプションパーツを装着しなければただパーカーを着ているだけのようにも見える。
これなら案外いけるかも?
……まぁ他のパーツも見てみよう。
「なになに? え、耳って動くの? おっ、すげぇ! なんか動きもリアルじゃんか!」
一つ一つ包装から取り出して装着していくうちに、次第に俺は楽しくなってきてしまっていた。
無駄に細かい動きをするカチューシャ型の犬耳に、ブンブンと生き物のように揺れる尻尾、そしてなぜか南京錠付きの首輪に無駄に高級そうな革製のリード。
それらを一通り装着して鏡の前に立つと、そこには「くぅ~ん」と鳴いているような可愛らしいワンコ人間が映っていた。
……そういえば俺の顔は元々、姉や従姉妹に「かわいい系の顔だよね! 女装してみたら!?」と言われるくらいの女顔だし、こういう系統のコスプレは案外イケるのかもしれない。
「……ってなにがイケるんだよ。今回の罰ゲームが終わったら、絶対あの二人に仕返ししてやるからな!」
そんな独り言をブツブツ言いながら出かける準備を終えると、俺は老人夫婦が住む家に向けて出発した。
「ここか……」
俺は久しぶりに小学校への通学路を辿り、学校の裏にある邸宅へとやってきた。
相変わらず大きな家で、周りは豪華な装飾の付いた塀で囲まれ、庭には丁寧に剪定のされた植木が立ち並んでいる。
立派な門の前に立って中をこっそり窺ってみると、外車っぽい高級車や名前の分からない石の塔、鯉のいる池などが目に入ってきて、完全に自分が場違いなところに来てしまったという実感が湧いてくる。
「ふぅ……やっぱり緊張するなぁ」
いくら優しいお爺さんが出てくると分かっていても、やはり躊躇ってしまう。
俺は周りに人が居ないことを確認すると、鞄から耳や尻尾を取り出して手早く装着していく。
そして首輪とリードは少し目立たないように念入りに服で隠して準備は完了だ。
「……よし。これでいいか」
俺は意を決してチャイムに指を伸ばした。
――ピンポーン♪
『……は~い!!』
「――えっ!?」
……ちょ、ちょっと待て!?
インターホンのスピーカーから聞こえたのは、お年寄りではなく明らかに若い女性の声だった。
は、話が違う。ここっておじいさんとおばあさんの二人暮らしのはずじゃ……や、ヤバい!?
「とっ、とととととりっく!?」
『はい? なんだろ、届け物かな……』
やばい、家の人が出てくる前に逃げなきゃ!?
動揺して硬直した身体をどうにか再起動させようとしたが、もはや手遅れだった。
玄関のドアがガチャリと音を立てて開かれてしまう。
「お疲れさまでーす、ハンコで良いですか……ってアレ?」
「す、すすすみません!! ま、間違えましたぁぁあ!!」
ドアの隙間から聞こえたのは、インターホンから出ていたのと同じく女性の声だった。
完全にやらかしてしまった俺は、相手の顔も見ずに踵を返して逃げ帰ろうとしたが……
「ま、待って!!」
背中越しに制止の声を掛けられた挙句、左手を掴まれてしまった。
もう駄目だ、これから警察を呼ばれて俺は前科持ちに……
「ね、ねぇっ! キミって……クーゴ君だよね!?」
「……えっ?」
な、なんで俺の名前がバレてるの!?
終わった。身バレもして完全に逃げられない状況だコレ……
全てを諦め、涙目になりながらつけ耳と尻尾もしょんぼりと垂らして女性の方へと振り向く。
「あの、すみません。その、僕。お菓子が欲しくて……」
もう、正直に言って許しを請うしかない。
そう思って未だ俺の腕を掴んだままの女性の顔を見た。
「ふふふ、やっぱりクーゴ君だ。キミってそんな可愛いことも出来たんだね?」
「〜ッ!? お、お前はッ!!」
俺は目を見開いて驚きの声を上げる。
そこにいたのはもちろん、ヨボヨボの老人などではなかった。
明るめな茶髪のボブカットに、猫耳のついた三毛猫模様のモコモコポンチョを着た背の小さな美少女だった。
「あは。気付いた? そう、私。古枠愛奈だよ〜」
コテン、とあざとく首を傾けながら彼女は俺に満面の笑顔を向ける。
そうなのだ。俺はこのマナという女をよく知っている。
それも俺にとっては大変イヤな思い出のある、あまり再会したくはなかった人物だった。
「久しぶり〜! 会ったのは中学の時に私が転校して以来かな? クーゴ君は変わらず元気だった……みたいだね。ぷぷぷ」
俺を頭の先から爪先まで舐めるように見て、その格好に堪えきれず馬鹿にするように笑うマナ。
コイツが言った通り、俺たちは中学生時代の同級生だった。
3年生に上がる前にマナの親が転勤する都合で、県外の学校に転校するまではコイツとそれなりに仲の良い友達だったのだ。
まぁコイツがこの家に住んでいたなんて知らなかったし、転校してからは次第に連絡を取らなくなっていたのだが……
「こ、これには深~い事情がだな……」
「ふ~ん? こんな首輪とリードまでするような深い事情?」
「~ッ!!」
――そうだった。
たぶん動揺した隙に、服が乱れて隠していたのがバレたのだろう。
マナの視線の先には、首にしっかりと嵌められたリード付きの首輪がある。
ここまでバッチリとコスプレしておいて、適当な言い訳など通用するはずがなかった。
少し冷静になって周囲を見渡せば、学校帰りの小学生たちがこっちをジロジロと見ていてるし、明らかに不審者と化していた。
「くっ、ぷぷぷ! え、えっと。クーゴ君はウチに用があったんだよね? このままじゃアレだし、取りあえず中に入りなよ!」
たしかにこのままでは通報されかれない。
ちびっこ共に馬鹿にされるのはかなり心にクるし、ここは大人しくマナに従っておこう。
うぐぐ、と喉から変な声を出しながら、笑い続けているマナに導かれて家に入っていく。
――ちきしょう。どうして、どうして俺がこんな目に。
案内されたリビングらしき大きな部屋のソファーで、場違い感丸出しのケモ耳男子高校生がガックリとうなだれる。
そこへオレンジジュースを入れたグラスとお茶請けの入ったトレイを持ってマナが帰ってきた。
「で、今日はどうしたの? 久しぶりに会ったと思ったらそんなカッコして……あっ、もしかして!」
「……その通りだよ。ほら、同級生にナオキとユウっていただろ? アイツらとカードゲームして負けた罰ゲームで……」
「それじゃあ……」
「そう……」
「「トリックオアトリート!」」
――やっぱりバレてるよね。
そりゃあ10月の終わりにこんなワンワンな姿をしていて、ハロウィンの仮装じゃなければただの変態だ。
ここまでバレてしまったのなら、さっさとやることをやって帰ろう。
そう開き直った俺は、極度の緊張でカラカラだった喉をジュースで潤し、テーブルに出されたポテトチップスに手を伸ばしてムシャムシャする。
「ふふふ、それじゃあクーゴ君は私に悪戯しにきたのかな?」
「ぶふぉっ!?」
思わず食べていたお菓子が喉に詰まってしまった。
慌ててジュースのお代わりを貰って呼吸を整える。
いや、言葉にしたらその通りなんだけどさ。
あまりにも想定外が多すぎて、俺の頭では処理しきれなくなってきた。
「ち、違うよ! 俺はただお菓子を……」
「ていうかもう、お菓子、食べたよね?」
「あっ……」
そういえば友達の家にいる感覚で、何も考えずに目の前に出されたお菓子を食べてしまっていた。
あれ? てことはもう任務完了?
「そ、それじゃ俺は用も済んだので帰りま「知ってた? このイベントって、家主にお祈りとか役に立った見返りにお菓子を貰うんだよ? クーゴ君……まだ何もしていないよね?」も、もちろん? なんでも喜んでやるに決まってるじゃん?」
くそっ、逃げる前に回り込まれた!
ていうかコイツ、分かっててお菓子出しやがったな!?
「あはっ。そうだよぉ? それに急に連絡をくれなくなったクーゴ君に久しぶりに会えたと思ったら、こんな可愛い恰好で会いに来てくれるなんて。しかも私の大好きな犬のコスプレでだよ? これはもう運命だよね!」
「あ、あの時はお前が好きな人がいるとかって言うから、俺は遠慮をしてだな……」
そう。このマナという女は転校して早々、LIMEで「好きな人が居る」と暴露してきたのだ。
俺と同じ学校だった時には、コイツが誰かと恋愛をする気配なんて無かったのに。
「へぇ~? ふぅ~ん? ……クーゴ君はその好きな人が誰かなんて聞いてくれなかったもんね。この意気地なし!」
「うえぇ!? 俺が悪いのかよっ!」
俺が女心なんて分かるはずないだろ!?
だいたい、俺は中学の時からマナの事を好きだったんだ。
でも県外に引っ越していきなり好きな人が居るとか言われたら普通は諦めるだろ!
……昔好きだったといえば、高校生になったマナも可愛くなったよな。
着ているネコ型のルームウェアも相まって、子猫みたいな可愛さがある。
中学の時にもモテていたけど、結局その好きな人とは付き合ったりしたんだろうか……
心の中をモヤモヤとさせながら、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば何でマナはこの豪邸に居るんだよ?」
「え? そりゃあ、ここが元々私の家だもん。この秋からまたここに住むことになったの。あ、私もクーゴ君と同じ高校に通うことになったから!」
「はぁっ!? マジかよ!」
「この街の公立校だよね? 明日からよろしくね!」
そ、それは嬉しいけど……
「だから今日はせっかく再会したことだし……お菓子のお礼に、クーゴ君をトリックさ、せ、て?」
「……は?」
そういうとマナはソファーから立ち上がり、両手をワキワキとさせながら正面にいる俺に近づいてくる。
かなり悪い顔でニヤニヤとしているので、男の俺でもかなり怖い。
思わず身体をのけ反らせるが、こちらはソファーに座ったままなので簡単には逃げられない。
「ま、マナさん? いったい何を……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。やさしくするから。ねっ?」
「やさしくって、えっちょまっ、やっやめてっ!?」
俺はそのままソファーに押し倒され、マナに馬乗りにされる。
女の子らしい彼女の小さな両手が触手のような動きをしながら、ゆっくりと俺の頭に伸びてきた。
それが俺の耳にそっと触れて……
「……あぁっ、かわいい~!! やっぱりクーゴ君ってワンコ派だよね。この犬耳もすっごく似合ってる! ねぇ、コレって最近流行りのリアル志向のやつだよね? すっごい、ふわっふわだよぉ」
――ち、近いよ顔がっ!?
まるでキスでもするかのような距離で、俺のつけ耳を優しくサワサワ、モミモミ、ナデナデと手技を巧みに変えて感触を確かめるマナ。
作り物の耳越しだけど、撫でられている感覚が頭に伝わってきて何だかボーっとしてくる。
それが絶妙に気持ちよくって、更には緊張が一気にほぐれたことも合わさって少しずつ瞼が重くなってきてしまった。
くそ、今になって眠気が……
「う、くぅ……ん」
「うふふ、かわいいなぁクーゴ君は。いいよ、このまま私にまかせて?」
「ふにゅ。ま、マナ……ぁ」
「はい、おやすみ。さぁって、や……ポ……かな? リード……キ……て……」
な、何か不穏なことを言っている気がするけど、もう眠気に抗えない……
そうして俺は、初めて入った他人の家のソファーで深い眠りに入ってしまった。
それもずっと好きだった女の子に甘えながらという、最悪に幸せな状況で……
「あっ……駄目……! ……君、……きて?」
「んっ。ん、んぅ?」
「起き……よ、クーゴ君! ――もぅ。えいっ!」
「ふぎゃっ!! な、なに?? ……ってええっ!?」
身体を揺らされる衝撃に目を覚ますと、ソファーの正面にあったローテーブルに腰を掛けたマナがニンマリと笑っていた。
しかも足のつま先で俺の胴体をツンツン、グリグリするというオマケ付きで。
何が起きているのかは全く分からないが、とにかく彼女の真っ白な足が変なところに当たって何だかくすぐったい。
「な、なにこの状況!?」
「あ、やっと起きた? もう暗くなる時間だよ~。私の家族も、そろそろ帰ってくる時間だし」
そう言われて壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に18時近くになっている。
さすがにこの状況をマナの家族に見られたら非常にまずい。
変な勘違いをされることは間違いないし、今後マナと会うのも許されなくなりそうだ。
「じゃ、じゃあ俺はもう帰るよ」
「……うん。また学校で、ね」
マナはそう言うとテーブルから立ち上がり、ちょっとめくれ上がっていたスカート部分を直す。
――はぁ。こんな美少女が同じ学年に来たらコイツはまたモテるんだろうなぁ。
マナがクラスの男子達からチヤホヤされ、そのうちイケメンと付き合い始める――そんな姿を想像すると、俺はもう我慢が出来なかった。
昔と同じような後悔はしたくない、そう思ったら俺の口は勝手に開いていた。
「なぁ……マナ。ちょっといいか?」
「ん? なぁに?」
ふいに名前を呼ばれたマナは、不思議そうな顔をこちらへ向けた。
さっきインターフォンを押した時の何倍もドキドキしているけど、今度はもう躊躇わない。
「俺、さ。……マナのこと、ずっと前から好きだったんだ」
その言葉を聞いたマナは、大きな目を更に大きくさせる。
「でもマナが居なくなって、好きな人が居るって聞いた時はガキみたいに嫉妬して、ウジウジ拗ねて。彼氏の話なんて聞きたくなくて、勝手に距離置いたけど……今日会って、久々に話してみて、改めて俺はマナが好きなんだって気付いたんだ。全然、マナのことを諦められてなんてなかった」
「……そう、だったんだ」
「俺、きっとまだガキのまんまなんだ。昔みたいに俺の気持ちを伝えないで、マナが同じ学校で他の男子と仲良くなって、彼氏ができたなんてなったらまた嫉妬するし、後悔すると思った」
「……うん」
「だから再会できた今、ここでちゃんとマナに伝えたいんだ。……古枠愛奈さん、好きです。俺と、付き合ってくれませんか?」
俺はマナの目をしっかりと見つめながら、精いっぱいの想いを込めてそう言い切った。
いろんな言葉でカッコつけるより、感情を全力で込めた方がマナには伝わる。
そう思って飾らない言葉で言ってみたけど……
俺の告白を聞いたマナは、目を涙でウルウルとさせていて――
「……ごめん。私、ちょっといきなりでビックリしちゃって。あの……少し、考えさせてくれる?」
「そっ、そうだよなッ!? ごめん、いきなりだった」
「ううん、クーゴ君の気持ちは嬉しいよ。ただ、ちょっとだけ時間が欲しい、かな……」
申し訳なさそうにそう答えると、俺から目を逸らして後ろを向いてしまった。
そんな顔をさせたくて俺も告ったワケじゃないんだけど……こればっかりは仕方がない。
「そう、か……なら、いつかマナの心が決まったら、その時は答えを教えて欲しい。俺は……待ってるから」
「……うん。ありがとう」
消え入るような声でマナが言ったあと、俺は「じゃあ、帰るね」と言って荷物を持って玄関に向かう。
マナは俺の後ろをついてくる気配があるが、俺も気まずくて彼女の顔を見る余裕はなかった。
そして俺たちは玄関を抜け、数時間前に再会を果たした門で別れの挨拶をする。
「今日はありがとう、マナ。びっくりしたけど、久々に会えてうれしかったよ」
「私もクーゴ君に会えて良かった。またこれからも……よろしくね?」
頷いたマナの猫耳がへにょんと折れ、夜の寒さで俺の犬しっぽがふるるっ、と震えた。
ばいばい、と言って手を振るマナに背を向け、俺は気分も太陽も落ち切った帰り道をトボトボと歩く。
「はあぁぁ……」
秋の肌寒さで冷えた頭で今日まで起きたことを冷静に考えてみると、ナオキとユウは最初からこうなるって分かってて仕組みやがったんだろうな。
俺がずっとマナのことが好きだったことは知っていたし、マナがこっちに戻ってきたことを利用して今回のことを計画したんだろう。
そう考えると、嬉しさよりも嵌められたことに対する怒りがふつふつと湧いてきた。
「あいつら、月曜日になったら覚えてろよ~。いや、今のうちに報告がてらLIMEで文句を『ピロン♪』……ん? なんだ?」
ポケットからスマホを取り出した瞬間、LIMEの通知を知らせる音が鳴った。
二人のどちらかがこの茶番の結果を聞いてきたのだろうか?
俺は通行の邪魔にならないように街灯の下に歩いていくと、アプリを開いて通知の中身を確認してみる。
「――マナからのメッセージ? いつの間に俺の連絡先を……って、画像?」
そこにあったのは"古枠愛奈"の名前と、マナから送られてきた画像が二枚。
読み込みはすぐに終わり、1枚目が画面上に表示された。
「ええぇぇえぇぇえっ!? な、なんだよこれッッ!!」
スマホに映っていたのは、ソファーでぐっすりと眠っている俺の頬にキスをしているマナの自撮りだった。
もちろんあの場には二人しかいなかったはずだし、当然これを撮ったのは……
続いて2枚目のダウンロードが終わり、見覚えのある革製品がパッと映し出された。
「これって……俺の首輪じゃねーか!」
そういえば今の俺は、ずっとつけていたはずの首輪をしていない。
外した覚えはないが、そういえば……起きた時には既にしていなかったような?
写真をよく見てみれば、誰かが首輪とリードを持っているのが分かる。
この白く細い手は確かにマナのものだ。
でもいったい何故……?
脳内がクエッションマークで埋め尽くされていると、マナから追加で絵文字付きのメッセージが着た。
「っと、なになに……?」
『ハロウィンだからイタズラしちゃった! 明日からよろしくね!』
――ピコン♪
『もう、逃がさないからね? 大好きだよ、私の彼氏君』
「……!!」
……俺は数分かけて書いてある内容を理解すると、無言のままスマホの画面を何度も何度もスクショした。
そしてそのまま街灯のスポットライトを浴びながら、見事なガッツポーズを決める。
その後もそのポーズのまま暫らく余韻に浸った。――が、道を行き交う人たちに変な目で見られていた。
そのことにやっと気付いた俺は、恥ずかしさと嬉しさに顔を真っ赤にさせながら家へと走って帰った。
まぁ結局家に帰ったあとにも、犬耳と尻尾をつけたままの俺を見た姉貴に爆笑され、完全に撃沈した俺は夕飯も食べずにふて寝することになったんだけどね。
そして月曜日――
俺はスッキリした顔でいつもの通学路を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ、クーゴ君。学校まで一緒に、朝のお散歩……しよ?」
「ゲホッ!! 散歩って!? お、おはよう、マナ。一昨日は、その。……ありがとな?」
朝の挨拶ついでに、いろんな意味を込めてそう言ってみる。
マナはえへっ、と悪戯のような笑みを返すと、自然な仕草で俺の腕に手を絡めてきた。
それは、LIMEのメッセージにあった「もう逃がさない」を実行するかのように。
……俺はもう、マナから離れるつもりはないけどね。
なんだか首を見えない紐で繋がれてしまった気もするけれど、こんなに可愛い飼い主だったらそれもいいかもな。
そんなことを考えながら、俺は同級生たちからの嫉妬の目を浴びつつ仲良く学校へと入っていった。
「……なぁ。クーゴからハロウィンの結果が送られてこないし、心配して早目に学校にきてみたけど。どうやら必要なかったみたいだな」
「そうだねー。まさかあのヘタレなクー君が、その日のうちにマナちゃんに告白するとは思わなかったけど」
今回の出来事の最大の功労者である二人組は、教室のベランダから出来立てホヤホヤのカップルを感慨深げに眺めていた。
クーゴとマナは、悪戯好きな二人の掌の上で見事に踊ってくれた。
ナオキが道具と台本を用意し、マナと連絡を取っていたユウがセッティング。
そんな親友二人の連携によって、数年間も疎遠だったクーゴとマナは無事に結ばれたのだ。
クーゴにとっては恨みもあるかもしれないが、結果的にはマナと付き合えたのだから感謝をしなければならないだろう。
「あーぁ、僕もあんな風にイチャイチャしながら一緒に登校とかしてみたいなぁ」
「ん~? 空護も愛奈とやっとくっついたしな。由羽がしたいなら、そろそろ俺達が付き合ってる事もオープンにするか?」
「えっ、いいの!? やったぁ! 直樹だーいすき!」
こうしてこの世に、二組の幸せなカップルが誕生した。
なんだかんだ言ってこのハロウィンの悪戯は、この4人のように誰かを幸せを運んでくるのかもしれない。
そして次に悪戯されちゃうのは――これを読んでいる貴方、なのかも……?
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