たった一人。誰も居なくなった町の残骸で
「誰もいない崩れた町で、あなたは何を思う」
わたしは、目の前の硬い椅子――建物が崩れて、眼下を一望できるようになった建物の淵をそれというのなら――に腰かけた、ひとりぼっちの色を失った竜に問いかけた。
周りは、木でもない。鉄でもない。ましてや、土やレンガでもない不思議な素材で作られた建物が半ば規則的に、半ば自然的な土地が残った、明らかに人工的な町。むかし、ずいぶんと昔にこの建物が流行してみなせっせと立てていた時を、わたしはまだ覚えている。
酷く歪な環境で、自分たちが生きる姿こそが正しいと信じて、目の前で黄昏ている竜を幻と嘲笑って姿の見えない自分たちの無力さを認めようとしない人間たちがひしめき合って、我先にとこの建物を建設していた光景。人間たちはあれを発展の証拠ととらえていたようだけれど、あれは本当に発展だったのかと、何千年もたったいまもずっとずっと分からないままだった。
ただ、そこにあったからわたしは記しただけだし、ひどく暗い色で仕上げてしまったけれど、あの色はたぶん変わらないだろう。そう言う色だったのを、わたしは覚えている。
今、竜が座っているのもそんな人間たちの栄華の一端。崩れかけてこそいるものの、竜が座ったその場所はひどく固着していて、よほど強い呪いで世界から固定されているのだとうかがい知ることが出来る。
こんな場所を残して、なにを伝えたいのか、それも興味深かったけれど、今は竜の答えを聞きたい気分だった。
色を失った竜はわたしの問いが聞こえているのに、どこか儚い夢を見るかのように曇った灰色の、変わらない空を見つめ続けていた。吐息からは生の息吹を感じず、色も無い。ああ、この人も疲れてしまっているのだろうと思うと、感傷的な気分になりそうだったし、竜に感情移入をしてしまいそうな幻想にとらわれそうになっていく。
けど、この人はこの人で、わたしはわたしでしかない。
わたしは観測者なのだから、ただ私たちの役割をこなせばいいだけ。わたしはわたしの役割を続けるためだけにわたしを取り出した。
「ねえ、竜さん。あなたの色、無くなったのね。どんな色だったの?」
今度はそう聞くと、竜が縦割れの瞳をゆっくりと動かしてわたしの方を見てくれる。多少の興味を持ってもらえただろうか。
でも、竜さんの瞳はどこか遠くて、濁っていて。ただわたしの声が聞こえたから反応しただけだった。
暫く待ってみると、竜が瞬きをする。
「さあ、忘れたよ」
「忘れちゃったの?」
「ああ、忘れた」
「どうして?」
「どうして?」
同じ言葉を繰り返されただけなのに、わたしと全く違う色の返事が返ってくる。それがおかしくなって、ふっと口元がほころんだ。
「あなたは色があったもの。薄まって、濁って、消えて、溶けて。全部全部なくなってるだけ。どうして?」
「……。昔、この町を助けたことがあった」
「ええ」
「たった一人。たった一人のためだけに守ったことがある。その子が居なくなっても、約束を守ってここにいた」
「不思議」
「不思議?」
「不思議。だって守るものは居ないのに」
「守るものはここにある。最初はあったんだ」
「それ?」
わたしは硬い椅子を指さすと、竜は静かに首をもたげて、小さくため息をついた。大きい竜が一息つくだけで、わたしは飛ばされそうになった。
「ああ、それだ。だが、もうなくなりそうだな」
「そう。凄く残念。そう言う色――歴史だった」
「そういう色?」
「ん。そう言う色だよ。何度も見たし、本当はあなたみたいな人が生まれないようにするのが世界なのにね」
「そうか」
「うん」
「どういう色か、聞いてもいいのかい?」
「もちろん」
「では、君から見て、ここはどういう色だったんだい?」
興味を持ってくれた竜を見たくなくて、わたしはすっと目を閉じた。
「『 』の色」
わたしはそう言って、一人ぼっちで、誰も居なくなった町の残骸にたたずんでいる竜を見上げた。