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気になるあの子がVtuber!?  作者: 久我拓人
3/5

アナログ少年と雪ノ原月夜

「ただいま!」


 家へと帰り着いた僕は、自分の部屋である二階へ向かって階段を駆け上がった。手に持ってるカバンのせいで壁にちょっとだけ引っかかるのがもどかしい。RPGみたいに自動で壁にそって移動してほしいものだ。

 自分の部屋に到着すると、カバンを適当にベッドへと投げ捨てる。さすがにPC端末が入っているので、床には投げられない。


「はやくはやく」


 制服の上着を脱ぎながらもパソコンの電源を入れた。並列作業をこなしてこそ、アナログというものだ。いやべつにデジタルだって出来る作業だと思うけど。

 ブン、と軽く生じるパソコンが立ち上がる駆動の感覚。それが静電気なのか、はたまた気のせいなのか、僕には分からない。けれど、冷却用のファンが回りだしてブイーンとなったところで安定した。

 時間は……うん、まだ大丈夫!

 時計を流し見しつつ、OSの立ち上がりを見届ける間もなく、僕は一階へとドタドタと駆け下りた。


「帰ってたの?」

「あ、うん。ちょ、ちょっとシャワーを」


 騒がしい僕の足音を聞いてお母さんが声をかけてきた。だが、ノンビリと立ち止まって話をしている場合ではない。


「はいはい、今日は生放送だったわね」


 理解のある母親で僕は幸せです!


「そう!」


 と、一言だけ答えて僕はバスルームに突撃した。

 なぜ雪ノ原月夜の生放送前にシャワーを浴びるのか?

 そんな質問の答えは簡単だ。

 清めである。

 聖なる者を見るには、自分の身を清めないといけないのだ。


「いや、むしろ聖域に入るようなものだ」


 月夜さんの姿を見るには、制服姿では申し訳がない。冠婚葬祭は、学生ならば制服で良いそうなのだが、真っ黒な学生服ではどうにも盛り上がらない。

 だからといって、部屋着が豪華なわけがない。もしも僕がスーツを持っていたならば、それに着替えているところだ。

 が、しかし、残念ながら持っていない。

 身なりの良い服っていうのは、学生において制服意外は存在しないようだ。

 ざんねん!

 と、嘆いて諦める僕ではない。

 そう!

 だからこそ!

 だからこそ、だ!

 だからこそ、せめてシャワーを浴びて一日の汚れを落とし、綺麗な身で彼女の前に立ちたいのだ!

 いや座ってるし、前でもないんだけどね。

 でもまぁ、彼女はデジタルな存在。そりゃ中の人がいるくらいは理解している。バーチャルユーチューバーにとって、それは声優以上の意味合いを持っているのは知っている。

 でも。

 やっぱり彼らや彼女たちはバーチャルな存在なわけで。

 パソコンの画面に映っている姿こそが彼女の肉体とするならば。それが雪ノ原月夜本人の姿だとするのならば、そのパソコンの前に座っている僕は、彼女の前に立っているも同然なのだ。

 だから、体を洗う。

 彼女に失礼のないように、きっちり清潔にして、彼女との時間を過ごすのだ。

 キモチワルイ、と僕を笑うのならば、笑ってもいい。


「うん……」


 でも、僕は彼女に……雪ノ原月夜に助けられたのだから。

 だからこそ、僕は月夜さんの前では、できることを何もかもやる。

 何もかもをやらないと、僕の気がすません。

 僕からはお礼ができないけれど。投げ銭とか、そういう具体的な支援は全く出来ないけど。学業に余裕が出てきたらアルバイトををして、貢ぎたいと思ってるけども!

 今は、ファンのひとりとして全力で応援する。

 それだけだ。

 それだけでいい。

 だから、僕は笑われたっていい。

 仮に僕を笑うヤツがいたとしても、大丈夫だ。

 僕は変われたんだから。


「……ぶっは!」


 なぜか息を止めていた。

 盛大に息をして、呼吸を取り戻す。

 うん。

 こんなところで死んではいけない。死んだら月夜さんの放送が見れないので、死んでも生き抜かないといけない。

 というわけで、体を洗ってさっさと着替えて、自分の部屋へと戻ってきた。

 パソコンはすでに立ち上がっているので、ネットブラウザを起動。ブックマークから動画サイトへと移動すると、真っ先に『雪ノ原月夜』の文字をクリックした。

 一秒、も待たずに画面が切り替わる。

 そこには彼女が今まで投稿してきた数々の動画が並んでおり(でも歴戦のVチューバーに比べれば、まだまだ少ない!)その一番上に、本日予定しているライブページへのリンクが表示されていた。

 僕は迷いなくクリック!

 画面が変わり、上部に『準備中だよ~!』という文字と、雪ノ原月夜の公式絵が表示されている。

 ちなみに、この絵は月夜さん自身がデザインして描いているらしい。

 絵は上手いし、それを元に3Dモデルも作ったそうで、凄い女の子がいるんだな~、なんて思ったのが最初の感想だ。

 僕は残念ながら絵も描けないし、パソコンを扱う技術もネットや文章製作程度。プログラミングも苦手だし、まったく向いていない。どうにも、頭の中の物を出力する、という作業が苦手のようだ。

 結局のところ、アナログ君というあだ名を襲名してしまったことにつながっている。中学時代、読書感想文を原稿用紙に書いてきた猛者として名付けられたのなら、本望かもしれない。


「ふぅ~」


 間に合った、と僕は息を吐く。

 ちらりと時計を見れば、もうすぐ開始の時間だ。遅刻なんかしたら最悪だし、今から二時間ぐらいはトイレも我慢!

 今か今かと生放送の開始を待つ。


「来た!」


 予定時刻になると同時に画面が切り替わった。いつも彼女がいる部屋が映し出される。

 部屋といっても現実の部屋ではない。電脳空間というべきだろうか、バーチャルな四角い部屋が映し出された。

 ちなみにVチューバーの中には専用のVR空間を用意している人もいて、生放送でリスナーといっしょに部屋の中で遊んだりしている人もいる。

 みんなでバーチャル積み木を高く積み上げよう、とか。バーチャル空間で、わざわざスゴロクをしたり、凄い人なんかはサッカーや野球をやっていることもある。

 もちろん悪意ある邪魔が入ったりすることもあるのだが……それはそれで面白い。

 雪ノ原月夜は残念ながらVR空間に進出はしていない。

 彼女は個人勢と呼ばれる、いわゆるアマチュアだ。バックに芸能事務所などが付いているのは、企業勢と呼ばれている。

 やっぱりお金と技術力のある企業勢は強いので、なかなか個人勢でVR空間を用意している人は少ない。

 インタビューによると雪ノ原月夜は、実際の自分の部屋とバーチャル部屋をリンクさせているらしい。まだまだ技術的な問題と予算の都合があるようで、VR空間は未定だそうだ。


「あれ?」


 いつもの部屋が写っていて、リスナーのコメント欄が浮かぶように表示されているのだが……肝心の本人の姿が無かった。


「遅刻?」


 僕は疑問をコメントする。

 雪ノ原月夜の生放送を視聴するにあたり、猛烈に練習したタイピング力が火を吹いた!

 いや、嘘です。

 普通くらいの速度です。

 でも以前と比べたら亀とロケットぐらいの差があるので、褒めて欲しい。

 できれば月夜さんに褒めて欲しい!


「ふむふむ」


 流れるコメントを見ると、同じように遅刻を疑っているようだ。

 Vチューバーが遅刻するのはまぁ、時々ある。放送開始予約システムで、勝手に放送が開始するのだが、本人がまだ部屋にいない状態、というわけだ。

 中には毎朝、みんなで朝ごはんを食べようっていう企画をしているお兄さんもいて、彼が寝坊してしまった事件もあるらしい。そんな時も、ファンは温かくいつも通りにみんなで朝食を食べたらしい。

 ハッキリ言って、その民度の高さは素晴らしいと思う。

 正直、僕も月夜さんと朝ごはんとか食べれたら絶対に寝坊なんてしないと思う。

 うん。


「おッ!」


 と、カメラの下からひょっこり月夜さんが現れた。

 なんと顔のドアップ!

 ガチ恋距離いただきました!

 ありがとう!

 僕は画面に近づきそうになる衝動を懸命におさえる。

 不敬である。

 うん。


「ご、ごめんね! もうちょい待ってて! 待ってね! あははははは! 遅刻じゃないからね~! 待っててね~! 帰っちゃダメだからね!」


 といって、月夜さんはまたひょっこりと消えてしまった。

 なんだなんだ、とリスナーたちが盛り上がる。

 リスナーの数はすぐに千人を越えた。う~む、新進気鋭なだけにファンも多い。月夜さんの元気は、みんなを笑顔にするのだ。

『トイレじゃね?』『月夜なら、俺の隣で着替えてるよ』『心配だな、ちょっと覗いて、いや見てくるよ』『シャワーに一票』『ごくごくごくごく』

 なんていうファン同士がコメントで遊んでいくが、僕は参加しない。

 いやまぁ、月夜さんと性的魅力みたいな視線で見ることは別にいいんだけど、なんていうかもっと、僕は純粋な感じで彼女のファンをやりたいわけで。


「いや、言い訳なんだけど」


 と、つぶやいてみる。

 さてさて、そんな風にコメント欄を見ながら待っていると、不意にバーチャル空間の中央に青いリングが現れた。


「おっ」


 その演出は、彼女が『始めまして!』の動画で使われていた演出だ。まさかリアルタイムでもできるとは思っていなかった。

 リングがほのかに光を放つとスポットライトのように青白い光が中央を照らす。そして、まるでブロックが構築されているように、雪ノ原月夜の姿が現れた。


「えっ――」


 だけど、僕はそこで固まってしまった。

 パソコンがフリーズしたのではない。

 僕が。

 僕自身が……驚きのあまり、動けなくなってしまった。


「ど、ど――」


 いや、動く。

 顔は動いた。

 その視線は、お風呂から上がった際に額縁に入れて飾ったログネェ先輩の絵。

 そこに注視される。


「なんで――」


 右手の人差し指を頬に当て、ポーズを取っている雪ノ原月夜。

 そのポーズを。

 その絵と同じポーズを、リアルタイム配信である月夜さんが取っていた。


「偶然じゃ――ない……?」


 コメント欄が、かわいい、という言葉で流れていく。

 その中で、指摘されていることがあった。

 もちろん僕もそれに気づいた。気付いている。

 だからこそ、そのポーズと相まってますます疑問が積み重なっていく。


「星のアクセサリー」


 彼女のアバターが更新されていた。

 ツインテールを結うリボン。

 それが、変更されていた。

 他の部分は、ディティールがアップしている。ただ単純にデザインが変更されているだけではなく、いろいろな部分のクオリティがアップしていた。

 その中で、唯一の変更点。

 それが、新しく星の形をしたアクセサリーだ。


「で、でも――」


 でも。

 でもそれは――!

 でもそれは、先輩の絵とまったく同じデザイン!?


「ど、どうなって!」

「みんな~、遅刻してごめん! 新しい月夜になってたんだよ~。いやぁ、ちょっぴり遅刻しちった! まぁ、かわいいからいいよね! ほら、ポーズぽーず! いええええええい! あっはっははは!」


 またしても絵と同じポーズをとる雪ノ原月夜。


「それってろぐねぇせんぱいのえ」


 と、打鍵したところで僕の手が止まる。

 Vチューバーの中の人に迫るのはご法度だ。中の人などいない、みたいな話ではあるんだけど、そもそも個人を特定すると危険がつきまとうこともある。

 いわゆるストーカーみたいな話。


「……」


 僕はバックスペースを押した。ゆっくりと消えていく文字は次第に加速して全部消えてしまう。

 でも、僕の疑問は消えない。

 いや、むしろ増えていく。


「ログネェ先輩の絵は……偶然?」


 偶然にも同じデザインで、偶然にも同じポーズを取った?

 そんなバカな!

 そんな偶然があるんだったら、今ごろ僕は――


「僕は……なんだっていうんだ」


 画面の中で月夜さんがはしゃいでいる。

 かわいい、と言われてニューバージョンになった自分の姿をいろいろと披露していた。ディティールがアップしているし、指先の爪まで表示されるようになった。

 ますます可愛い。っていう感情を置き去りにして、僕の思考がぐるぐると脳内をまわった。


「雪ノ原月夜の正体は……ログネェ先輩?」


 もしも。

 ログネェ先輩だとしたら、前々から絵を用意していた先輩だったら、実装できる。

 ポーズも取れるのも当たり前だし、なにより星のアクセサリーをデザインしていたんだから描けるのは当たり前だ。


「でも」


 しかし、違う。

 違うはずだ。

 だって、ログネェ先輩は僕と同じ『アナログ派』。Vチューバーなんていう『デジタルの塊』には、手を出さないはず。

 加えて、先輩は漫画家を目指しているのであって、イラストレーターではない。ましてや、二次創作的な活動は一切としてする気がなく、今回の絵は、それこそ僕は意地でももぎ取った特別な一枚だ。

 それに、あえて言うのならば。

 もし先輩が雪ノ原月夜だったなら、こんな絵は描かない。わざわざ星のアクセサリーを付けたニューバージョンの絵は描かないし、なんならポーズだって取る必要はない。


「リスクだらけだ」


 僕が、雪ノ原月夜の大ファンなのは明確だ。そんな僕に、正体を知らせて、いいことなんて、なにも、ない、はず……


「――でも偶然にしては」


 納得ができない。

 ひとつだけなら分かる。偶然の一致がひとつだけなら、理解できる。

 でも。

 星のアクセサリーが追加されただけでなく、同じポーズを取った。

 ふたつ同時にそれが実装されるのが、理解できない。


「やっぱり先輩が雪ノ原月夜?」


 アナログだからこそ、手描きだからこそ、この絵をインターネットで見ることはできない。ましてや先輩は、それを嫌った。

 公開するなと言った。

 このニューバージョンの雪ノ原月夜を知っているのは、僕と先輩だけ――


「違う」


 もうひとりいた。

 夏樹さん。

 夏樹ひなたさん。

 僕は、彼女に……絵を見せた。


「さっき遅刻したのは、星のアクセサリーを実装していた?」


 疑問が自然と口に出た。

 時間にして三十分ほど。僕には分からないけれど、もしかしたら帰宅してからさっきの間に追加したんじゃないだろうか。


「でも」


 普段の夏樹さんから、雪ノ原月夜の要素は感じられない。

 あんな大人しくて静かで、今までクラスにいたのかも曖昧な目立たない女の子が、こんなに元気なVチューバーとは思えない。

 今も、元気に笑いながらバーチャル空間を走り回ったり飛んだりしている。カメラに写った表情はアバターに変換されて、リアルタイムで口も動くので、月夜さんが本当に楽しそうに笑っているのが、見て取れる。


「……夏樹さん、なのか?」


 彼女が持っていた限定版のUSBメモリ。もしも、夏樹さんが本人だというのなら、持っていても不思議ではない。むしろ、持っているのが当たり前だと思えた。


「あ、明日聞いてみ――」


 だから、それはダメなのだ。

 正体を探ってはいけない。

 迷惑になる。

 イイことなんて、ひとつもない!


「けど――」


 知ってしまった。

 気づいてしまった。

 だから、どうしようもない。

 だってこんなの、気づいてくれと言っているようなものじゃないか!


「ログネェ先輩なのか!?」


 それとも――


「夏樹さんなのか!?」


 画面の中で無邪気に遊ぶ雪ノ原月夜。その面影には、ふたりの影は欠片も存在しない。

 クールな先輩と大人しい夏樹さん。

 ふたりとも、違っている。

 でも、ふたりとも合っている。


「――――」


 僕は生放送中、いや、夜になって無理やり寝てしまうまで、頭の中でグルグルと回り続けるログネェ先輩と夏樹ひなたさんと、そしてVチューバーである雪ノ原月夜を眺め続けるのだった。

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