騒音の主
家が見えてきた。家というか小屋だ。ボロい。長期間、人が住んでいなかったようだ。入り口の扉はない。壊れたのか元々ないのか。中は外からは暗くて見えない。俺はストレージから剣を取り出し、恐る恐る近づいていくと……
——ゴアアーーーー! ガシャン!
ビクッとした。ちょっと飛び上がった。いきなりかすれた叫び声と大きな騒音が聞こえてきた。俺のことに気づいたんだろう。騒音の主は小屋から出てこれないようだ。小屋の手前でペプを降ろし、ゆっくり近づいていく。
モンスターが見れるかもと思って来たものの、実際来てみるとものすごく怖い。このまま帰ろうかと迷っていたが、物音がするだけで襲ってきそうもないので、勇気を出して進んでみる。
松明を取り出して火をつける。小屋に入って、中の部屋を照らしてみると…… ゾンビがいた。飛びかかってこようとするが、足首を鎖で繋がれている。鎖の先は杭が、床を通して地面に打ち込まれている。側にはベッドがある。
鎖がしっかり繋がってるのを確認し、襲われる心配がないので恐る恐る観察してみる。顔は土気色で、黒目が白みがかっている。皮膚は乾燥している。だが服は綻びていない。真新しく感じる。そして死人だと決定づける証拠のナイフが、心臓の位置に刺さっている。ベッドに血がついているので、寝た姿勢で刺されて殺されたようだ。自殺の可能性もあるが、そうであれば鎖で繋がないだろう。
出会う最初のモンスターがゾンビって、ちょっと残念だ。俺の中でゾンビのイメージはどっちかというとファンタジーよりもむしろ現代か近未来だ。俺が持っている知識では、こいつらはゾンビウイルスに感染している。感染経路は血液感染だ。俺の血液にゾンビの体液が入らなければ感染しない。と言ってもこちらが傷を負っていたり、戦闘中に噛まれたりすればアウトだ。死なない限りは発症しないが、ウイルスが脳を侵すと死ぬ。人間としての死を迎えたあとにゾンビとして再生する。
小さなウイルスが人間や動物の身体を直接動かすことはできない。人間の脳を乗っ取って運動機能を支配し身体を動かす。なので、脳や中枢神経系にダメージを与えれば活動を停止する。特殊なウイルスでなければ、身体機能は死ぬ前の人間のものと同じだ。しかし、生前とは違い、躊躇というものがないのでパワーアップしたように感じる。対峙すると非常に危険である。
まあ、全てフィクションから得た知識だが……元の世界にゾンビはいない。
俺は枕と同じくらいの石を出して、その上に松明を置いた。だってこれ普通に置いたら小屋が燃えるよね? そしてゾンビをどうやって倒すかシミュレーションしてみる。
——ボア!ボアーーーーー! ガチャガチャ!
っていうかうるさい。早く倒したい。しかし剣を使うのに慣れてなくて、うまく斬れるのかそれとも刺した方がいいのかわからない。まあ、何事も経験だ。斬ろう。まず、邪魔な左腕を狙って、剣を右下から左上に斬りあげる。スパッと切れた。血は流れない。
うまくいったのに気を良くして、切る必要がない右手を袈裟斬りに。ちょっと斜めに入ったらしく、あまり気持ち良くは切れなかった。そして、今度は刃筋を真っ直ぐにすることだけを心がけて、剣を横に払って首を斬った。ゾンビはようやく大人しくなった。
初めてのモンスター退治。なんか俺、この世界でなにかやれそうな気がする。まあ、俺が知ってるフィクションと同じ世界ならだけど。それにしても、ギョロ目を倒したときのような、恐怖やショックが今回は無かった。鎖で繋がれていたからだろう。ゾンビも元は人間のはずだが、人を斬ったという感じがしない。達成感すら感じる。もちろん死体はグロいし触りたくない。
「ペプ、おいで」
声をかけると走ってきた。しゃがんで迎えてやると、いつものポジションで顎を舐め始める。
「ペプ、ゾンビの死体を燃やしたいけどさ、小屋も燃えるよなあ……」
出来れば住みたいが、ゾンビが居たってだけで嫌だよなあ。朝起きたらペプがゾンビになってたりして。
――そうだ! 小屋だけストレージに入れればいいんじゃね?
どうやらストレージには、意識して吸い込めば、余計なものは入らないらしい。ゾンビ菌、みたいなものがあったとして、生きてるなら入らないだろう。もちろんゾンビも、床に流れてるゾンビの血も。
小屋だけ吸い込んで、どこか別のいい感じの場所に建て直せばいい。
そして俺は卒倒した。
◇◇◇◇◇
目を覚ますとゾンビと目があった。心臓が止まりそうなほど驚いたが、ゾンビは死んでいた、もともと死んでいたが、更に死んだので、ほっと胸を撫で下ろした。ドキドキはしばらく止まらない。
俺は小屋が無くなった、湿った土の上に、ゾンビと一緒に倒れていた。ペプは俺の腹の上で寝ていたが、俺が驚いたのに驚いて飛び退いていた。俺はペプを抱き上げて立ち上がる。松明がまだ燃えているので、気を失ってた時間はそう長くはなかっただろう。
ストレージから薪や枝を出して、たき火を作る。薪の先でゾンビの死体を集めて焼べる。やばそうな煙が出そうなのですぐに離れた。
さて、小屋が手に入ったわけだが、どこに建てようか。この場所はちょっと嫌だなあ。でも他の場所に建てるのに整地したり穴を掘って石を埋めたりしなきゃいけないわけで……。
「ペプ、もしかして、ストレージの中に住めるかな……?」
ストレージには生き物は入らないようだが、もし自分が入れたら、完璧なセーフハウスだよな。ペプが入れるか心配だけど、それはまたあとで考えるか。とりあえず、空気、これがないとヤバい。それと時間。時間が止まっていると入った瞬間に、ヤバい。
俺は俺の周りにある空気を、ストレージの小屋のあるところに取り込んだ。ストレージはアイテム毎にそれぞれ別のところに入るが、複数のアイテムを一つのところに入れることもできる。ギョロ目の死体が装備ごと一つのところに入ってるように。このポケットの数は今のところ限界に達していない。無限かも知れない。ポケットの大きさは大木や小屋が入るくらいはある。
そして、ペプを降ろして松明を持つ。準備は整ったが、正直言って怖い。入って出れなくなったらどうしよう。入れる前提で考えているが、いける気がするのである。いや、確信に近い。ただ、怖いものは怖い。
「ペプ、行ってくる」
「ナア」
俺は思い切って飛び込んだというか、自分を自分の頭の中に入れた。
俺は小屋の中に入った。重力がある。空気も問題ない。そして動ける。明かりはないので松明頼みだ。小屋の中から見ると、小屋の入り口が黒い空間に見える。それが出入り口かと思ったら、通り抜けられないボヨボヨした壁になっていた。
俺は俺を頭の中から出すようにして、いったん小屋から出る。ペプが心配そうな顔で待っていた。
「ペプ、一緒に新しい家に行こうか」
「ナア」
ペプを肩に乗せて、もう一度小屋に入る。うまくいった。すごいものを手に入れた!