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カール

 入り口から前に七部屋、左へ五部屋目の部屋は、四方の入り口に鉄格子が嵌っていて、アーベルたちが閉じ込められていた。薄暗い部屋の中で、アーベルは仰向けに寝て天井を見つめている。ビアンカとカールは座り込んでいる。入り口で中腰になって、ナイフで壁を削っているレオと目があった。


「よう兄さん、来てくれたのか。助かった! 聞いてくれよ、こいつら何もしないんだぜ? 俺にばっかやらせやがって」

「もっと効率のいい脱出方法を考えているところだ。水と食料はまだ余裕がある。焦らなくてもいいだろう」


 相変わらず影の薄いカールが片膝を立てて、座ったままで言った。


「あたしはお手上げよ。男どもに任せたの。タクヤが来てくれて助かったわ」

「アーベル、お前の剣ならこの格子でも壁でもすぐ切れるだろう?」

「言っただろうぉ? 最後の手段だって。刃が欠けたらどうするよぉ」

「兄さん、こういうことだ。頼む、助けてくれ」


 荷物持ちの二人も含め六人で罠にかかったようだ。部屋の四つの入り口とも、上から鉄格子が落ちてきて出られなくなるトラップらしい。レオは一番端の鉄格子と壁の間を広げて脱出しようとしている。岩を削るのはかなり気の長い作業だが、他に方法がなければそうするだろう。



 俺は光る石ころを部屋の反対側に投げた。みんながそっちを見ている隙に、鉄格子をストレージに入れた。


「開いたぞ」

「ちょっと、何したの?」


 ビアンカが驚いた。


「外側からは簡単に開くようだ」


 とぼけた。


「さて、お前たちはどうする?」

「気ぃ抜けたし、一度かえっかなぁ」

「そうか、俺たちはもう少し先に行ってみよう」


 レオが安堵した表情で言う。


「兄さんにはまた助けられたな。帰り道はまっすぐだから大丈夫だ。ここでお別れだな」

「え? まっすぐ?」

「うん、螺旋階段を降りた部屋からまっすぐに来たよ」

「おかしいな、俺はまっすぐから左に五部屋だったぞ」


 その時、地面が揺れた。十秒ほど続いた。レオがウンザリした様子で言う。


「また地震だよ」


 いや、これは地震じゃない。地震大国出身の俺には分かる。地面が横に滑った。


「レオ、地震は何回あった?」

「確か五回か六回じゃないかなあ。閉じ込められてからだよ」


――これは……


 元の世界の映画にあったやつだ……。


「これはおそらく、部屋が動いている」

「部屋が?」

「ああ、左右の端には下へ続く空間がある。この階層全体が横に動き、端に着いたら下に沈み込むはずだ」


 っていうかダンジョン、訳すと迷宮って言われてるけど、今まで一本道で、次は迷路じゃなくていきなり3Dか……。


「左端の部屋の中で待っていれば、下層に降りるはずだ。罠かも知れないし、下へ行く唯一の方法かも知れない」


 これだけの仕掛けを動かす動力、多分魔力だろうけど、とてつもなく大きいと思うんだよなあ。


「エミリー、下に降りる前にこの階層をくまなく調べてみよう。頼りにしてる。何か見つけたら教えてくれ。じゃあなレオ、冒険者たちの事は任せたぞ」

「うわ、兄さん勘弁してよ。あいつら弱すぎなんだよ」


 レオは嫌がったが、責任感が強そうな男なので大丈夫だろう。


「兄さん、炎の剣のマナが切れちまった。行く前に補充してくれ」


 俺は剣を受け取り、一瞬ストレージに入れてマナをチャージした。アフターサービスめんどくさいな……。


 エミリーがみんなに向かって言った。


「螺旋階段まで一緒に戻りませんか?」

「そぉだな。行こうかぁ」


 入り口は牢の部屋から後方に七部屋、左に六部屋だった。


「やっぱりずれてるな」

「予想通りですね。右の端の部屋に行ってみましょう」


 俺はアーベルたちと別れて、右に向かって進んだ。するとカールが付いてきた。影が薄いのでしばらく気が付かなかった。


「お前たちは興味深い。そっちの娘はマナが見えるようだな。エルフ由来の者か。しばらく一緒にいさせてもらうぞ」


 カールは俺より頭一つ分、背が低く、細身だがいわゆる細マッチョだ。顎が尖っていて目が細い。元の世界の伝統的な狐のお面を茶褐色に塗りつぶしてあごひげを付けたような顔だ。年齢は俺と同じくらいか、見かけではなく中身の方の。


 カールの武器は左右の腰に一本ずつぶら下げたダガーだ。


「エミリーはエルフだったのか?」

「違いますよ。祖母がそうだっただけです。マナが見えるのは確かに祖母譲りですけど」


 クオーターか。ハーフエルフはよく聞くが、クオーターは聞いたことがない。そもそもエルフを現実で見たことはないが……。


「へえ、どうやったらマナが見えるんだ? いつも見えてるのか?」

「普段は見えないんですけど、目の焦点をこう、ちょっと違う感じにすると、マナが光り出すんです」


 分からないがなんとなく分かった。俺のストレージや魔闘気もどうやるのかうまく説明できない。同じことか。


 俺はカールに話しかけた。


「俺もカールに興味がある。この間のトロールジャイアントは見事だったな。どういう技なんだ?」

「お前さんも使っているだろう? 魔闘気だよ」

「魔闘気を刃に纏わせているのか?」

「そうだが、お前さんは違うのか?」

「俺のはエンチャントだ。カールはイグレヴ王国出身なのか?」

「そうだ」

「この前、魔闘気を使うイグレヴ王国の男に襲われた。山賊を引き連れていた。その男は素手だったが飛び抜けて強かった」

「俺は国を出て五年になる。最近のことは知らんが、そいつはおそらく第三王子だな」


——第三王子……あんなのが他にもいるのか? 何人兄弟なんだ……?


「名をルスランと言う。この話はダンジョンを出て飲みながらした方がいいだろう。お前さんも酒が好きだろう?」

「タクヤさん、モンスターです」


 警戒をエミリーに任せていたのは正解だった。三部屋先からモンスターが現れた。カールも気づいていたらしい、話の途中で荷物を床に降ろしていた。



 現れたのは、ローパーだった。背の高さは俺と同じくらいだが、その他は丸っきり人とは違う。『Ω』の文字のような形をしていて、皮膚は首なしと同じに見える、灰色で何かが硬質化したような不思議な感じだ。首なしより艶っぽい気がする。


 そして一番の特徴は、ローパーの全身から太く黄色い触手が生えていることだ。長さは五十センチくらい。てかてかぬめぬめしてにょろにょろと動いている。そして、ベースの灰色と触手以外に何も無いのだ。


 目も無い。どうやって俺たちを探し出し襲ってくるのか、仕組みが全く想像つかない。しかしこれは音や温度や匂いや、もしかしたらマナを感知して寄ってくるのかも知れない。触手で感じとれそうなことは全て可能性がある。


「カール、お前ならどうやって倒す?」

「俺には苦手なタイプだ。タクヤに任せるよ」


――え? 丸投げ?


 ローパーはゆっくり近づいてくる。逃走は余裕だが、どこまでも追ってきそうな雰囲気だ。倒しておくか。



「#####アイスショット……#####ファイアショット……マジックアロー……タクヤさん、魔法が効きません。お手上げです」


——まさかのギブアップ


 マジックアローの杖は魔法名を叫ばなくていいんだが、つっこまないでおく。


 俺はペプをエミリーに預け、ロングメイスを構えた。三人パーティなのに戦うのは俺一人。ソロと変わらないな。別にいいさ。いつもどおりだ。



 俺はロングメイスでローパーを横ざまに思いきり殴った。ぐにょん、と音がしたような気がする。ロングメイスはめり込んだが、全く手応えがない。今度は真上から振り下ろした。ローパーは左右に割れたが、元に戻った。弾力がすごい。


 転ばせようと、人間で言うところの足を横薙ぎに払った。ローパーは上体を床に打ち付けたものの、カタツムリで言う腹足みたいな足は地面にしっかりと吸着していて、上体はゴムのように左右に揺れて、数秒後には元どおり真っ直ぐになった。すごいパンチングボールのようだ。素手では殴りたくないが。


——なんかキモいけど、これちょっと欲しいな……


 ストレージへ入れようとしたが、まあ、思ったとおり生物らしく、無理だった。入ったらなんとかしておもちゃにして遊ぼうと思ったのに。


——さて……


 プロテクションの剣なら切れると思うけどなあ。お気に入りのロングメイスを持ってるときに剣を使いたくないんだよな、なんか負けた気がする。


――っ痛!


 右腕が痛い。殴ったときにローパーの触手が触れていたようだ。何か、酸のようなものが付着していて、腕鎧が溶け皮膚に到達した。


 俺は三歩ステップバックして、腕に魔闘気を集中した。しかし酸には魔闘気が効かないようだ。同時にヒールもする。傷が残らなければいいが。そしてもう一度近づき……。


――石!


 軽自動車くらいの巨石でロックフォール。ローパーは潰れ、パン!っと弾けた音がしてパンクし、黄緑色の体液が流れ出て床に広がった。そしてシュワシュワという音とともに床が溶けて、薄く煙が出ている。有害そうだ。俺は急いで距離をとった。


 うっかり超必殺技をカールの前で使ってしまったが、剣で斬ったら体液を浴びてたかも知れないので結果オーライと考えよう……。


「なるほどな。魔族も倒せるわけだ」

「魔族を倒したのはレオだ」

「トドメはそうなのだろうが、大体わかったよ」


 俺はエミリーからペプを受け取った。


「タクヤさん、魔石があります」


 エミリーは、ローパーの体液溜まりの中から、灰色の袋のようなものをナイフで拾い上げた。切ると中からゴルフボール程度の大きさの魔石が出てきた。


「すごいですね。こんなに大きいのは初めて見ました」


——え? もっと大きいのをいっぱい持ってるよ……


「ここは相当儲かるようだな。先に帰ったアーベルはさぞかし悔しがるだろう」


 カールが愉快そうに笑った。俺一人で戦ったので俺が魔石を貰うことにした。いっぱい持ってるけど。



 巨石はそのままにして、俺たちは先に進んだ。入口から二十部屋目が端だった。部屋の構造は他と変わらないが、通路の先が無い。灯りを照らしてみると、部屋と、巨大な壁との間が深い溝になっている。幅は三メートルほどか。


 ここが最上階なのは間違いなさそうだ。下を覗いてみたが、どこまで続いているか分からない。さっきから何個も落としている光る石ころが微かに光っているのが見えた。ちなみに俺は高所恐怖症だ。下を見たら足の力が抜けた気がした。そしてチビリそうになった。


「エミリー、悪いがトイレだ。ペプを預かってくれ」

「え? ここでですか?」


 俺は溝に向かって放った。足は少しガクガクするがとてもいい気分だ。カールは一つ先の部屋で放っている。友情が生まれた気がした。



 と、その時、地面が揺れた。


——うおおおお!


 心の中で叫んだ。幸いにもブーツやコートに引っ掛けずに済んだ。部屋は立っている俺の後ろの方向に動き、新しく現れた床に液体が当たり、ほんの少し反射した。部屋が動くに従って、液体でラインを描いた。


 無事にタスクを完了し、モノを安定位置に格納したと同時に床の動きが止まった。そしてラインが描かれた床が徐々に上に上がっていき、通路の先が塞がれた。


 床の高さが俺の頭の位置を超えたら、下から次の部屋が見えてきた。首なしが三匹、こちらの部屋に移ろうとしている。俺は壁に立て掛けておいたロングメイスを手に取った。


 もう弱点は分かってる。俺はまず一匹目の顔にアイスショットガンを撃った。魔法は敵を貫通した。脳がある位置だ。首なしはドロドロに溶けた。


 二匹目が段差を登ろうとしている。ロングメイスで突いて落とし、アイスショットガンでトドメを刺した。


 三匹目は、立ったまま溶けた。溶けた後ろからカールが現れた。バックスタブで一撃か。ローパーのように前後がない敵はバックスタブのしようが無く、苦手なのかも知れない。


 それぞれの首なしから、五円玉の穴に収まりそうな大きさの魔石を発見した。エミリーがいなければ見つけられなかった。一人一個ずつ分けた。


「右端でせり上がり、左端で沈むのははっきりしたな。しかし、下層に行くのはリスクが高い。一度地上へ出て戦略を練ろう」


 俺たちは螺旋階段に戻り、地上へ向かった。


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