少年
遠くに見える農村の方向に歩いて行く。途中で気まぐれで森の中に入った。追っ手とかいないか怖くなって、念のため。落ちてる燃えそうな木の枝を拾って歩くが、すぐ燃えてなくなるので非効率な気がする。やっぱ丸太から薪を作るのが量的によさそうだが、かなり手間がかかりそうだ。
——大木を丸ごとストレージに入れられないかな……
足を止めて上を見上げる。木の高さはビルの三階か四階くらい。試しに木を丸ごとストレージに吸い込んでみる。
卒倒した……。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと俺は地面に大の字になって、腹の上でペプが丸くなっていた。目を覚ましたのに気づくと胸の上に乗って顎を舐め始めた。俺はペプを抱き上げて立ち上がった。ふらふらする。太陽は真上に上がっている。
木があった地面は星形にえぐれている。頭の中に大木が入ってる。魔力?なのかな? 俺の中の、元の世界では感じたことが無かった何かの力がなくなっているのが分かる。成功は成功だが、魔力?を使いすぎて気を失ったようだ。他に心身に影響は今のところなさそうだ。
ストレージから出すときも同じ事になるのかな? 物体の大きさか重さによってストレージの出し入れに、多くの魔力が必要になるのかな。重い岩を吸い込んでもさほど魔力を使わなかったことを考えると大きさか。
軽く目眩がするが、ペプを担ぎ直して歩く。
腹が減ったのでジャーキーを出して囓る。酒のつまみ用ではないためか分厚つくて、噛みちぎるのに苦労する。よだれが口の端から垂れる。ペプはまだ空腹ではないようだ。
木々の間を進むと小径に出た。実はちょっと迷子になっていた。森は怖い。小径の先には何かの遺跡のようなものがある。ギリシャの様式を思わせる。ちっちゃい神殿? おもしろそうだけど、まずはライフラインと情報収集。いったんスルーして小径を逆方向へ。
小径を行くと農村があった。一番近い家に薪がたくさん積んである。その家の前で、少年が薪を割っていた。中学生くらいだろうか。
「こんちは、旅の者なんだけど、ちょっといいかな?」
あからさまに怪しまれている。そりゃそうだ、元の世界じゃこんなふうに声をかけてくる大人はもれなく悪者だと昨今では教えられている。しかし少年は逃げたり騒いだりする素振りはなく、視線を俺の肩に乗った灰色の猫に向けると、少し微笑んだ。
「薪を売ってくれないか?」
「一束で銅貨二枚だよ」
「じゃあ二束だ」
俺は銅貨四枚を払った。
「薪は街に売りに行ってるのか?」
聞くと薪と松明を街——ヨーギという名前らしい——の雑貨屋に卸しているとのこと。ついでに松明も二本買った。
「おじさんはどこから来たの?」
「遠くの街だ。東京って知ってるかな?」
少年は首を横に振る。
「信仰上の理由で神の遣いであるこの猫のお世話をしながら旅をしているんだ」
「へえー」
怪しまれないためとはいえ、変な大嘘をついた。
「触ってみるか? 御利益があるぞ」
少年は恐る恐るペプを撫でる。そういえば、この世界に爪切りは、ないだろうな。人間の爪はナイフで切れるが、猫の爪はどうすればいいのだろう。こまめに切らないと特に俺の肩に刺さる。他人にも刺さる。ペプは爪切りを嫌がらないが、さすがにナイフは危ないよな。
「ここから海は近いのか?」
ヨーギの街を南に行くと港町シーナに着くらしい。ヨーギから馬車で半日の距離とのこと。逆方面、北東の方向に街道を進むと、ハロン王国の王都シンシアに着くとのこと。ヨーギは宿場町ということか。
「この辺の人たちはみんな魔法が使えるのか?」
まさかそんな、って顔をされた。ヨーギの修道院の人たち、魔法大学と魔法ギルドの人たち、王都の偉い人たち、余所から来る冒険者は魔法が使えるらしい。つまり一般人には全く浸透していないってことか。
「来る途中に遺跡をみたんだけど、あれはなんだ?」
「チカシンデンだよ」
少年は神殿というものを知らないらしい。俺も洋式のものは実際に見たことはないが。ずっと古くから存在しているらしく、本当に神殿なのかどうかも分からないがそう言い伝えられているとのこと。今は中にモンスターがいるので誰も近づかないとのこと。モンスター!つまりダンジョンか!
「モンスターはこの辺にも出たりするのか?」
「たまに出るよ。オオカミとかクマとかイノシシとかゴブリンとか」
ゴブリン以外はモンスターじゃない気がするが……
「あっちの方に誰も住んでない家があるんだけど、モンスターが住み着いたから近づいちゃいけないって言われてるよ。うなり声とか叫び声が聞こえるんだって」
なんかちょっとおもしろそう。行ってみるしか。
俺は少年にお礼を言って、薪の束を二つ持って歩き出した。重い……。少年から離れてから、隠すようにして肩掛け鞄に入れる振りをしてストレージに入れる。誰が見てるか分からないから、一応、振りで。
目指すはモンスターが住んでる家。モンスターってやつを見てみたい。ワクワク。