光るヘルメット
ししゃものような焼いた小魚をあげたら、ペプは機嫌を直してくれた。
時間が少し戻っている、と思ったら、ダンジョンの中で丸一日たったようだ。腹も減っている。ペプには心配させてしまった。かわいそうに。
ダンジョンのことを思い出すと、なんだか複雑な気持ちになる。大オオカミが、普通の狼サイズか、いっそ犬だったら嬉しかった。大オオカミじゃ圧死する。普通に死ぬ。それに唾液がかなり臭い。なにより、今まで大オオカミをいっぱい殺してるから罪悪感がもの凄い。最初から仲良くしてくれれば殺すことはなかったのに。
それにしてもあの花。もう、ラフレシアでいいや。ラフレシアの花粉には人間を混乱させる作用があるようだ。大オオカミに好かれたのはなんでだろう? アミュレットも関係してるかもしれないが、混乱する前は襲ってきてた。もしかしたら、魅了効果? 人間の敵になったから大オオカミに好かれた? 俺、混乱中に人間を襲ってないよな……誰もあのダンジョンに来るわけないしな……。いや、わからないか、冒険者ギルドが知らないだけで、こっそり潜ってる人間はいるかも知れない。でも、剣に血はついてなかったから大丈夫なはずだ。
もうダンジョンに行く気はしなかったので、森でスパーをした。
日が暮れたら外で、以前に作った猪鍋のスープを入れて新しい鍋を作った。ブイヨン作るのって、こんな感じでホットボードで煮詰めていけばいいんだろうか? よくわからないが、出汁がとれたスープにさらに肉と野菜から出汁をとって貯めていこうと思う。
ジンロックをがぶがぶ飲みながら煮込んでいたらかなり酔ってきたので、途中から水割りに変えた。
光る石ころを灯りにしていたが、眩しい上に白色光で、昼間のような感じがする。俺は木の枝の先にオレンジ色のゆるいライトをエンチャントした。木の枝にしたのは地面に挿せるからだ。
ペプにも煮込んだイノシシの肉をあげた。さっき魚を食べたばかりなのに、ハグハグ言いながら悪い顔をして食べた。
ホットボードは火を使わないので、鍋を火にかけたまま安心して寝そうになった。と言っても木製なので、そのうちホットボードから火が出るんじゃないかと思ってる。でもこれ、そのままストレージの中でグツグツできそうだなあ。弱火ボードを作ってやってみようか。
せっかくの鍋が台無しになると残念なので片付けて、ハウスに入って寝た。寝る前に大オオカミのモフモフを思い出しながら、ペプを抱きしめて寝た。幸せだった。
◇◇◇◇◇
目が覚めて、朝のルーチンをこなし、骨先生とスパーをした。俺も骨先生も硬くなったので、先生のスピードをかなり上げてみた。剣でガンガン殴られるけど、いい修行になる。
プロテクションの集中が間に合わない状態の首を剣で斬られた時はヤバかった。瞬間的に骨先生をストレージに戻してヒールした。血が噴き出て死ぬかと思った。首と頭部は防御力を高めに維持しておく必要がある。鎧で守られているボディは防御力を薄めにして、その分を攻撃とピンポイントバリアに割り当てるのがバランスがいいようだ。
そういや、魔闘気の男は手のひらで剣を止めていた。手のひら以外も硬かったけど剣を止めるほどじゃなかった。もとから両手だけに魔闘気を集中させて、攻防力を移動させないシステムだろうか? ピンポイントバリアなし? それっぽいよな。俺が今、修行してるやり方は、やつより高度のはずだ。これは強みになる。
魔闘気の弱点は、物理以外の攻撃が通ることもあるが、ダメージを防いだ分だけマナが減ることだと思う。思いっきり殴っていれば、そのうちマナが枯渇して、魔闘気が使えなくなる。マナの総量が多ければ多いほど強い。
昼までずっとスパーをした。一日中スパーをするつもりだが、ランチは気分転換を兼ねて街で食べることにした。
ペプを抱いて街の商業地区の方へ向かってると、前方からシスターが歩いてきた。
「ちょっと、探したのよ?」
「またゾンビが出たのか?」
「そうなの。でもちょっと違う感じなのよ。村に被害が出ているらしいの」
「マジか。すぐに行こうか」
ランチは抜きだ。まあストレージにいっぱい入ってるからいつでも食べられるが。
村の場所は街の西門から出て北西の方。門を出て一時間ほど歩くと見えてきた。
ゾンビが村を襲ったのならば、感染が広がって村人の全員がゾンビになっているかも知れない。ゾンビが王都に辿り着く前に殲滅しなければならない。被害が増えれば増えるほど、パンデミックの確率が高まる。どのくらいの規模の村なのか、襲撃されてからどのくらい時間がたっているのか……もしかしたら、手遅れの可能性もある。
俺は戦慄した。
村に着いた。辺りは静まり返っている。広場にいる化け物の咀嚼音だけが聞こえる。そいつは村人の死体を、口から下を胸まで真っ赤にしながら食べていた。
「いやああああ!」
俺が止める間もなくシスターが絶叫しながらメイスで殴りかかった。いきなりファイアウォールを唱えなかったのは成長だろうか?
シスターはそいつの頭に一撃を食らわせたが、反撃のパンチを食らい、吹っ飛んで帰ってきた。そして地面に仰向けに倒れたまま、動かなくなった。
「シスター、あれはゾンビじゃないな。グールだろう。触られたら麻痺する」
遅かったようだ。シスターは目で何かを訴えている。声は出るが口が動かないので言葉にならない。
——ファイアボール
いい感じに威力が調整されたファイアボールをストレージから放った。グールの全身は火に包まれ、動かなくなった。そのうち黒焦げになった。
「さて、どうしようか。麻痺を治す魔法なんで知らないし、そもそも俺は魔法が使えない」
「あおおおおおお……」
「放っておくしかないか……」
「あおおおお」
「あ、ヒール効果のある水があるよ」
「あおお!」
「でも、効かないかもなあ」
「あおおおお」
「麻痺してたら飲めないかな」
「あおおおお」
「無理やり飲ませたら窒息するかも」
「あおおおおおお」
「試してみるか」
「あ?! あおおおおお!」
俺はヒール水をシスターの口から流しこんだ。
「あぐ……ごぼごぼ……ちょっと何するのよ……ゲホ……」
すごい、麻痺が治った。どういう仕組みなんだろう?
「タクヤのバカーーー!」
シスターは泣きながら走って行ってしまった。麻痺から治ってすぐに走ったから途中でコケた。すぐに立ち上がって走っていった。
——まだやることあるのに
村の人たちの気配がない。そろそろ出てきてもいいはすだが……それに、グールはどこから来たのか。どうやって生まれたのか。俺の勘では吸血鬼案件のような気がする。
俺はペプをハウスに入れ、一人で村を見て回った。人はいないし、全滅したならもっと死体があるはずだ。グールだって、丸ごと飲み込むことはできないだろう、何らかの跡が残るはずだが……。
なんの手がかりもないまま日が暮れてしまう。夜の移動は危険だから今夜はここに泊まりかな。でもそろそろ夜に慣れたほうがいいのかな。真っ暗で怖いんだよな……。
ふと、木の影に何かいることに気づいた。子供……? 俺はそいつの足元に光る石ころを投げた。
「うわっ!眩しい!」
ややみすぼらしい子供だ。村の子供としては平均的だろう。眩しいのが嫌でも光る石ころには興味があるらしく、木の棒で突いたり、足で蹴ったりしている。
「坊主、村の大人たちはどこだ?」
「あっち」
村とは反対側の森を指差した。そして、その子供の目が赤く、口には牙がある。吸血鬼だ。もうわかった。だいたいわかった。パターンだろ。
「坊主、大人たちのところに案内してくれるかい?」
村の子供に先導させて、吸血鬼の隠れ家に向かった。昼は隠れてて、夜になったら出てくるはずだ。
隠れ家に着いた。
「坊主、村の大人を一人だけこっそり呼んできてくれるかい?」
しばらく待つと、ぞろぞろと出てきた。なんとなくこうなるのは分かってた……。
一際目立つ格好をした、血色の悪い長髪の男がヴァンパイアだろう。ロック歌手のような服を着ている。
「お前が親玉か? 村人を吸血鬼にしてどうするつもりだ?」
「軍団を作ってこの国を支配するのさ」
「夜しか出歩けないのに支配できるわけがないだろう」
「そういうお前は暗闇では戦えまい。俺達に勝てるつもりか?」
「灯りならいくらでもある」
俺は光る石ころを三つ放り投げた。真昼のように明るくなった。それを吸血鬼は、素早い動きで拾い上げて、遠くへ投げた。また暗くなった。
「いくらでもあるぞ」
また三つ投げたら、地面に落ちる前に拾って遠くへ投げた。素早い。
俺はまた石を三つ投げた。そのうち一個は焼け石だ。右手の熱防御があっても火傷するほど熱かったが……。
「うおあっちいい!!! おのれ!騙したな!」
吸血鬼は思い切り握ったようだ。俺は腹を抱えて笑った。
「笑うな! 貴様には眷属の栄誉は与えん。死んでもらう」
「死ぬとグールになるのか?」
「我が血の栄誉を受け入れられなかった者達がグールになるのだ。貴様はグールにすらなれん」
そういう仕組みか。元凶はこいつだな。
「お前、あれか? 吸血鬼のボスが復活したから怖くて逃げてきたんだろ?」
「貴様! 侮辱したな! 許さんぞ!」
「図星か」
そうだったらしい。
俺はライトのエンチャントをした兜を被った。こういう時のために作っておいた。明るいし、これを放り投げに近寄ってくるならカウンターだ。
「村人たちも一緒に戦うのか? 戦わないなら助けてやる」
吸血鬼の眷属への束縛はどの程度のものなのか。以前に会った吸血鬼のエリザベスは、主人には逆らえないと言っていた。襲ってくるようなら……悪いがそういう対応をさせてもらう。
村人たちは十人ほどで俺を囲む形になっている。だが、その場から動かず見ているようだ。どっちにつけばいいのか計りかねてるのか。吸血鬼の親玉は散々挑発したので、自ら襲いかかってくるだろう。
と、思ったら後ろにいた。俺は間一髪で手刀の一撃を避ける。速い。まともにやったら厳しいかも。俺は至近距離から心臓めがけてストレージショットを放った。
——サクッ!
矢が刺さった。吸血鬼の動きが鈍くなった。心臓に杭を打つと死ぬらしいが、矢が刺さるだけでも効果があるんだな。
——サクサクサクッ!
続けて三発命中した。一気にカタを付ける。俺はストレージからエンチャントしたメイスを出した。ファイアの魔法をエンチャントしてある。充填したマナが切れるまでの十秒間、火が出っぱなしになる。火炎放射器だ。マナ効率は悪いが火をつけるにはもってこいだ。
——ボワーーーーーーーーーー!
「グアアアアアアア!」
吸血鬼は炎に包まれてあっけなく死んだ。
村人たちは眷属の束縛がなくなり、少し楽になったようだ。心理的なところもあるのだろう。
「ありがとうございます。しかし、わたしたちはもう吸血鬼。村に戻ることはできません。これからどうやって生きていけばいいのか」
魔石を渡してもいいんだが、その前に確かめたいことがある。
「これを飲んでみろ」
コップにヒール水を入れて渡した。麻痺さえ治すヒール水。ヴァンパイアになる原因はウイルス、つまり病気だから、ヒールの消毒で治るかもしれない。
ヒール水を飲んだ村人の目が、赤から黒に戻った。
「ありがとうございます! 治りました! ほら、おめえたちも飲んでみろ」
効いた。牙は治らないようだが……。
全員治ったのを確認して、グールの話をして、ヒール水を皮袋に入れて渡した。お宝は持ってなかったようだ。燃やしちゃったかも知れないが。吸血鬼って貧乏なのか? まあ、どこかから逃げてきた吸血鬼ぽいからなあ。
そんなところで、俺は村人たちと別れ、しばらく光るヘルメットを頼りに歩いていたが、森に入ってハウスに入った。夜更かしになってしまう。最近は日が暮れたらすぐに夜。都会っ子の俺には考えられない生活だ。
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