小川
森を抜けて視界が開けそうな方へ歩いて行く。チョロチョロと水の流れる音がしてきた。小川がある。ペプを地面に下ろすと川の水を飲み始めた。
——この水、確保できないだろうか……?
小川に手のひらを近づけ、ストレージに入れる。途端に川は干上がった。小魚がピチピチ跳ねている。それにペプが飛びついた。上流からじわーっと水が流れてくる。ペプは驚いて飛び退く。足先が濡れたが無事に小魚をゲットしたようだ。前足をブルブルしてから食べ始めた。
俺のストレージには結構な量の水が入った。なんとなくだが、不純物は混ざってなさそうな気がする。俺は皮袋を取り出し、ストレージの水で一度濯いでから水を満たす。飲んでみるとスッキリとした冷たい水の味がした。美味しい。
次に俺は両手にストレージの水を溜め、顔を洗う。酷い二日酔いで大変な事件に遭ったせいで、顔から使い古しの天ぷら油が滲み出たようにベタベタする。サッパリした。
ふと、水面に映る自分の顔に気づいた。もっとよく見るために、膝をついて小川に映る自分をじっと見る。
――間違いなく俺だ。それにしても、老けたな… …。
毎朝鏡で見てる顔だが、マジマジと見るのはいつ以来か思い出せない。自分の顔なんだが、こんな顔だったっけと思う。
社畜人生だった。仕事して、酒でストレスを吐き出して、また仕事して、少し休んでまた仕事して……。
俺の仕事はシステムエンジニアだった。プログラミングが好きでシステムの会社に入ったが、作らされるのはつまらない業務システム。誰かが決めた仕様が流れてくる。そして後日、その仕様に変更が入って流れてくる。無駄の多い不毛な仕事。
それにしてもこんな、もう若者とは言えない男を召喚(?)して何をさせたかったのか。嫁はどうしてるだろうか? 幼女神が、元の世界の俺はちゃんと死んでるって言ってた気がする。それならまだマシだ。いきなり消えて行方不明じゃ、嫁がずっと俺を探し続けることになる。蒸発した理由とか、余計なことで心に負担をかけてしまう。
ってことは、帰るところはないのか。でも、死人が生き返ってもいいかな。まてよ、帰ったら再婚してたりして。そしたら微妙な感じになっちゃうよな。帰れたら帰るくらいの気持ちでいようかな。そもそも帰れるかどうかわからない。ペプも連れて帰れるならそうしようか。
魔術師ギルドで召喚されたのなら、魔法を覚えたら帰れるかも。とりあえずは、ライフラインの確保と、この世界のことを知ろうか。
元の世界じゃ、年齢的に身体がだんだんときつくなってきてるのに、出世の目も独立する度量もなかった。残りの半生、もう半分ないけどこの世界で気ままに生きるのもいいかも知れない。嫁に会えないのが悲しいけど。
俺は水をもっと確保しておこうと、先ほどと同じように川の水をストレージに入れる。魚は捕まえられないかなと、ピチピチ跳ねてる魚に手を伸ばしてみるが、入らない。水の中にいた昆虫も入らない。生物はダメなのかな。
後ろと、川を渡って向こうは森が広がってる。上流は岩山のようだ。下流に向かって歩けば、街か港町に着くだろう。
俺はペプを抱き上げて歩き出した。