先生
街の家具屋に入った。目当てはベッドだ。新品の真新しいまだ誰も寝ていないであろうベッドがあった。欲しい。金額は金貨一枚とのこと。迷っていると店主から、
「お住まいはどちらで?」
と聞かれた。まさか俺の頭の中とは言えない。住所不定と言ったらバカにしてるのかと怒られそうだ。
「実はこれから家を買う予定なんだ」
と言っておいた。金貨一枚は配達費込みの値段らしい。持ち帰りはできないよな……。店先でストレージに入れるわけにもいかず、諦めるしかない。
代わりに、ちょっと分厚い敷き布団だけ買った。布団というかマットと言うか。くるくると丸めて束ねてもらって、家具屋をあとにした。誰にも見られてなさそうな路地でストレージに放り込む。
賑わっている市場で食料を買い増ししてから、なんとなくいつもと反対の方角へ歩く。真っ直ぐ行くと港町があるらしい。ってことは海だ。港ってことは船が着くんだろう。他の大陸や島があるんだろうか? そういえばここが大陸なのか島なのか知らないや。
川沿いに街道が伸びていて、右側は放牧地になっている。奥の方に山が見える。左側の川を越えて向こう側は森になっている。俺はちょっと街の方に戻って、橋を渡った。まっすぐ行くと村があるらしい。俺は森に入って、ハウスに入った。まだ時間は早いが、今夜はここで泊まる。
蒸留酒をちびちびやりながらスケルトンについて考えてみる。
どういう原理で動いてるんだろ? 筋肉がないのに人の形を作って動くってのも不思議だが、あの再生、そして途中で止まった。成仏できない人の魂が動かしてましたっていう止まり方じゃないよな。それなら再生する前に行動停止しそう。どっちかというと電池が切れました的な。魔力で動いてるのかな?
「ペプ、動かなくなったスケルトンにマナを注げばまた動き出すかな?」
うーん、マナをスケルトンに流し込めないかな。マナは俺の身体の中にある。スケルトンは俺の頭の中のストレージに入ってる。やればできそうじゃん?
俺は胡座をかいて姿勢を正し、マナの流れをイメージする。マナが生み出されると思われるツボは身体の中心線に沿って三カ所かある。そのうちの一カ所、額の中心から、頭の中のストレージ、さらにスケルトンが入っているポケットにマナを流すようにイメージすると、マナが流れて減っていくのがはっきりと分かった。
ポケットの時間経過をオンにすると、スケルトンが再生し、立ち上がった。時間経過をオフにする。
確認してみよう。俺は鎧に変身して外に出た。そしてスケルトンを出すと、襲いかかってきた。ガシガシ殴られる。
——さっきより強い!
俺は咄嗟にスケルトンをストレージに戻した。というか、動いてるのに戻せた。あれ? これ生命体じゃないのか?
もう一回呼び出して、素手でスパーリングっぽいことをする。俺より強くてボコボコに殴られるが、鎧とヘルメットと緊急避難のストレージがあれば戦えそうだ。骨先生、今日からよろしくお願いします!
明日、木刀を買ってこよう。
俺はハウスに戻って、晩酌の続きをして、ペプと仲良ししながら寝た。
◇◇◇◇◇
翌日、街の武具屋に行って木刀を買ってきた。早速、骨先生を呼び出して森の中でスパーリングをする。
先生は、素手だとそうでもないが、剣を持つと強い。上下左右を使い分けて多彩な攻撃を仕掛けてくる。鎧がなかったら死んでたかも知れない。ただし、俺の弱点、つまり鎧で覆われていない部分を積極的に狙ってくることはない。フェイントもない。そういう意味では単調だ。状況を見てない。単調じゃなかったらやっぱり俺が死んでたかも知れない。
体力が続く限りスパーした。気がつくと昼を回っていた。
こんなふうに汗をかいたのは久しぶりだ。膝を壊してから運動らしい運動をしていない。以前は結構やってた。休日の早朝はランニング、会社帰りにジムで筋トレとスイミング、たまにロードバイクでロングライド。あの時期がなかったら、今は剣を振り回すことはできなかったんじゃないかと思う。
そういえばあの時期、気まぐれでジムのエアロボクシングのレッスンを受けたことがある。手に何も持たずに空中をパンチするわけだが、数十分でくったくた、手はダルダルになった。少し、俺は健康に気をつけてる男なんだぜ的な自負があったが、ほとんど使ったことがない筋肉を動かすと、全くの健康素人、学校では帰宅部でしたそのまま大人になりましたっていう。まあ、今日、今がそんな感じだ。
汗をかいたのでシャワーを浴びたい。欲求というより必須だ。プールにドボンでもいい。プールのあとで結局シャワーは浴びるけど。シャワーに関してはちょっとアイデアがある。
俺はパンイチになって、ハウスを出た。本当は素っ裸がいいんだが、どうせ誰も見てないだろうと思ってもそれは憚れる。まあ今日は実験だ。
ストレージに窓を開けて、水を頭の上の高さからちょろちょろと出す。と思ったら、水道の蛇口を全開にしたように、ものすごい水圧で水が出てきた。全く調整ができない。いったん止めて、バケツ一杯分くらいの量をストレージの別のポケットに移して、そこから水を出した。成功した。ちょろちょろと出てくる。シャワーではないが、用途は満たしている。海外の映画でこういうの見たことある。しばらく浴びているとだんだんとマナが減ってきた。ストレージの窓を開けっぱなしだからだ。問題ない程度ではあるが、コストの悪さが気にかかる。
水浴びを終えて、ハウスに入り、着替えて一息ついた。今、欲しいものは、リクライニングチェアー、冷たい炭酸飲料とホットコーヒー、石けんとシャンプー、肌触りのいい大きなバスタオル、シャワールーム、洗濯乾燥機だ。なんとかして一つずつ揃えていくか。洗濯乾燥機は無理だろうけど。
俺は水をごくごく飲んで、ペプと一緒にランチにした。
シャワールームに関しては、最悪、床だけあればいいような気がする。空間の高さを設定する柱もいるかな。風雨に晒されないので、耐久性も屋根も必要ない。壁はハウスと同じ黒いぶよぶよになると思う。村にそういうの作ってくれる人いないかな?っていうかそのくらいなら自分で作れるな…… いや、木材を作るのに手間がかかるのか。誰か探そう。
爽やかな疲労感と眠気が訪れたので、そのまま寝た。ジムのプールを思い浮かべながら。
◇◇◇◇◇
起きたら日が傾き始めていた。午後四時くらいだろうか? 寝ぼけている。身体中だるい。明日は筋肉痛になるだろう。何もしたくないが暇だ。ペプが俺の脇で寝てた。
ハウスの空気を入れ換える。半分外に出して外気を半分吸う。熱帯魚の水槽の水替え方法に習った。これは毎日やっている。空気は小屋の中だけじゃなく、外にもたくさん入れている。毎日入れ替えなくてもそうそう酸欠にはならないと思うが、念のためだ。サーキュレーターが欲しい。
さて、街まで二十分くらいだが、行くのがだるい。特に行かなきゃいけないわけじゃないが、暇だし、ちょっとでもいいから情報収集をしたい。しかしだるい。出不精発症だ。
しばらくペプと遊びながらうだうだしていたが、やっぱり暇なので街へ行くことにした。
ペプを抱っこして森の道を歩いて行った。
いつも通り市場で食料を買い込み、酒場へ向かった。
オススメのメシと、ペプのご飯と、酒を注文。寝酒用の酒も買っておいた。ちびちびやりながら他の客に目を向ける。前回は気づかなかったが、どうも戦士風の客が多い。剣を持った客が多い。革鎧を着てるやつもいる。
入り口から四人組が入ってきた。剣と鎧を着けた男が三人、一人は丸い盾を持っている。そして後からローブを着て杖を持った男が一人、魔法使いだろ。これってパーティじゃん。え? 近くにダンジョンあるの?
店主に聞いてみると、三年前に街の西の方にダンジョンが現れたんだという。日が沈む方が西ってことで合ってるみたいだ。街の西は俺がまだ行ったことがない方向だ。教会の裏の方。冒険者ギルドもあるらしい。ダンジョンについては店主じゃ詳しいことがわからないからギルドで聞いてくれとのこと。ダンジョンと地下神殿とどうちがうんだろ。まあ、明日ギルドに行ってみようか。
俺は日が落ちる前に森へ帰ってきた。ペプを撫でながら、ちびちびやりながら早めに寝ることにした。