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シスター(1)

 シスター・クラウディアは孤独な女性だった。物心ついた時には修道女として修道院で生活をしていた。孤児だった。


 今日で十八歳になる。誕生日会はおろか、おめでとうの一言も言ってもらえない、そんな孤独な環境で育った。いじめられているわけではない。修道院長をはじめ、修道女のみなが他人に興味がなく、質素に愚直に信仰生活を送っていた。ほんのちょっとの楽しみも罪であるかのような、いや、実際そう考えていたのかも知れない。


 義務教育は受けたが、学校が終わればすぐに修道院の仕事があったため、友人などできようもなかった。



 幼少の頃からそんな暮らしをしていたクラウディアは、異常というほど他人に興味があった。他人が何をしているか知りたいが、しかし知る術がない。


 修道院の道を挟んで向かい側に教会がある。日曜朝に集会があり、クラウディアは定期的にその手伝いをした。教会に集まる人々が楽しそうに談笑しているのを、クラウディアはじっと見て、どんな人物か、どんな暮らしをしているのかを想像した。修道女は神父とは違い、信者と親しく接することはなかった。



 いつもと変わらない一日を送ったその夜、クラウディアは突然、息苦しくなった。胸が痛む。呼吸が出来ない。身体中に奇妙な浮遊感を感じていたがそれどころではない。神罰なのかと思ったが、罰が下るような覚えはない。


 何も出来ないまま蹲り、数十秒ほど苦しんでいただろうか。ふっと痛みが消えた。目を開けると宿舎の木床だったはずが、硬い石の床に変わっていた。


 クラウディアが顔を上げると、そこは修道院ではなく、広い空間だった。満天の星空が見える。壁の代わりなのか、柱が等間隔に立ち、囲んでいる。そして、傍らに少女が立っているのに気づいた。


 クラウディアは立ち上がって尋ねた。


「誰? ここはどこ?」

「神様よ。あなたはこの世界の魔法使いに召喚されて、死んじゃったの。召喚に答えなきゃいけないから生き返したの。あんまり時間がないの」


 だどたどしいしゃべり方から、少女というよりも幼女という印象だ。


(神様って男じゃないの?)


 クラウディアは修道院の礼拝室にある、十字架に貼り付けられた半裸の男の像を思い浮かべたが、すぐにそれは神様ではなく宣教師の姿だったと気づいた。偶像崇拝が禁止されているが、絵画などにおいてはだいたいが神は男性として描かれている。


「あなたの世界の神様は男かも知れない。でも、たぶんいないのよ」

(この子、あたしの考えてることが分かるの?)

「わかるわ。神様なのよ。そんなことより時間がないよな。あなたはこの世界に召喚されたの。でもね、召喚魔法が不完全だから死んじゃったのよ。だからあたしがこっち側で生き返らせてあげたの。こっちの世界の人間の不手際で死なせちゃったから、お詫びに便利なスキルをあげるのよ。どんなのがいいの?」


 突然スキルをくれると言われても、クラウディアは困惑するのみであった。そもそもこの状況に理解が追いついていない。


(死ぬと白い服を着て、頭の上には光り輝く輪が現れて、天に登っていくと教わったけど、服は黒い修道着そのままだし、輪っかも無さそうね……)

「あ、大丈夫なのよ、元の世界のあなたはちゃんと死んでるのよ」


 クラウディアには何が大丈夫なのかさっぱり分からなかった。


「時間がないからあたしが選ぶのよ」

「痛っ」


 クラウディアは、頭の奥にピリリとした刺激を感じた。


「それと、この魔法もあげる。すぐに必要になるのよ」

「うぐっ」


 また、ピリリとした刺激があった。


「いい? あなたはもう元の世界には帰れないの。この世界で生きていくしかないのよ。でもね、こっちの世界に馴染まないとすぐに死んじゃうのよ。なるべく早く心の拠り所を見つけるのよ」


 そして目の前が暗くなり、数秒後には石造りの建物の中に立っていた。足元には大きな魔法陣が描かれていて、その中心にいた。



「成功したようですね」


 魔法陣の外には、二人の男がいた。一人は憔悴して膝をついている。もう一人は若く、目つきの鋭い男だ。二人ともお揃いの深緑色したローブを着ている。


 男がクラウディアにゆっくり近づき、なだめるようにゆっくり話しかけた。


「怖がらなくていい。我々は君をある使命のために、別の世界から召喚したんだ。わたしの名はルーカス。この魔術師ギルドの副ギルド長をしている。そこにいる彼はギルド長で、君を召喚したヴァレリウスだ」

「……召喚……?」

 

 およそ娯楽と名のつくものから離れて暮らしてきたクラウディアには、架空のファンタジーの知識は一切無い。


「そうだ。我々の住んでるこの世界は、ある理由により滅びようとしている。君に助けてもらいたくて他の世界から呼んだんだ」

「どうして、あたしを……?」

「ヴァレリウスの召喚魔法は、特別な力を持つ人間を探し出す。君は何か、他人には無い特別なスキルがあるだろう?」


 クラウディアは首を振った。


「そうか……気がついていないだけで、きっとあるはずだ。今夜はもう遅い。明日ゆっくり話そう。部屋に案内するよ」


 そう言うとルーカスは、クラウディアの腰に手を当てて促した。ヴァレリウスはまだ立ち上がれそうもない。



 クラウディアは、石造りの階段を二階降りて、廊下を進んですぐの部屋に案内された。


 突然、ルーカスが後ろから抱きついた。


「知らない世界に一人きりじゃ心配だろう。俺が不安を消してあげるよ。悪いようにはしない。全て俺に任せればいいんだ」


 クラウディアは、混乱した。羞恥、嫌悪、危機感、戦慄、そういったものが入り混じった、初めての感情。それらが混ざり合い、クラウディアの中で一つの形になる。拒絶。


(イヤ!)


 突如、ルーカスの足元から火柱があがった。柱というよりも壁だ。幅一メートル、高さは二メートルほどになる。ルーカスは全身を火に包まれ、床を転がった。


 クラウディアは、火柱を避けて走った。部屋を出て、勘で走って建物の外へ出た。


 外に出ると夜だった。周囲には明かりがなく真っ暗だ。後ろから火柱の明かりが漏れてかろうじて周りが見える。


 クラウディアは真っ直ぐ走った。少しでもここから離れたかった。あいつが追ってくるかも知れない、ということまでは頭が回らなかった。とにかく離れたかった。そして森の中に入った。


 森に入るとすぐに、暗さで何も見えなくなり、立ち止まった。月も出ていない。クラウディアは怖くなった。しかし、戻るわけにはいかない。


 先に進むことも戻ることもできず、クラウディアはその場に座り込んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] お待ちしておりました。 幼女神はまたも説明不足!
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