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賢者の石

 夢を見た。


 俺はロングメイスをくるくる振り回している。一番のお気に入り武器だ。手触りもいい。ひんやりしてとても気持ちいいので頬ずりしてると、突然ロングメイスが動き出した。空に飛んで行こうとしている。体重をかけて押さえていたが、ロングメイスの力はどんどん強くなり、俺の身体が浮き上がるほど強くなって、飛び上がった。俺は必死に掴まっていたが、空中で力尽きて落ちた。



  ◇◇◇◇◇



 目が覚めた。いつも通りの朝だった。俺の時計が合っているのかどうか、暫く外に出てないから分からない。



 ペプにご飯と水をあげて、ペプのトイレを掃除し、護衛のスケルトンにマナをチャージして、朝の散歩がてら見回りをする、という名目でキャンプから離れてストレージハウスに入り、ハウスでのルーチンをこなした。


 ハウス内菜園ではまたトマトを育てている。光量の問題か、外に植えるより育ちが遅い。が、ヒール水栽培は普通に育てるより全然速いので全然オッケーだろう。



 キャンプに戻って朝食をとり、俺は円形盆地へ向かった。


 ワッニ師匠は昨日と同じ場所にいた。昨日と同じくボロボロだ。ヒールとか超回復とかそういったスキルは無いらしい。



「師匠、短い間だったが世話になった。今日はお別れを言いに来た」


 ワッニ師匠は手ぶらだったので、初めて会った時に奪った槍を放り投げたら、飛びついて拾って構えた。石と木でできた槍なんかあっても意味ないだろうと思うが、大事なものなんだろう。


 俺は今日はいつものロングメイスではなく、やや幅広の剣を手にしている。ワッニ師匠の視線が剣に釘付けになっている。


「師匠には大きく成長させてもらったよ。だが、もう学ぶことはなさそうだ。今日は本気でやらせてもらう」


 それなりに知性がありそうだから喋るかな? って思って話しかけてみたが、ワッニ師匠は無言で槍を構えるのみだった。



 俺は右手で剣を、身体の右側と左側で交互にくるくる回しながら歩いて近づいた。なんかの映画で見たやつだ。


 小学生の時にやった、縄跳びの縄を左右を揃えて身体の左右で回す、跳ばなくていい縄跳びの技を思い出した。



 縄跳びで思い出したが、もう十年ほど前になるが、腎臓結石がヤバかった時に縄跳びが役に立った。腎臓だか尿路だかに石が引っかかってなかなか落ちて来ない時に、縄跳びで一発で落ちてきた。


 ちなみに俺は元の世界でその石を、賢者の石と呼んでいた。大した意味はない。賢者でも何でもなく贅沢な物を食べまくったから石ができたんだろう。この世界の魔石、永久にマナを出力するあれこそがまさに賢者の石ではないだろうか。


 ニセ賢者の石は、まだ数発は俺の腎臓に残っているはずだが、今はどうなっているんだろう? ヒールでは治らないと思うんだが。そこそこ激しい運動をしているからもう出てきたんだろうか? 空とか飛んでるし。


 ちなみに俺は幸いなことに、ニセ賢者の石が出てくるときに痛みを感じないタイプだ。



 と、余計なことを考えた。


——アイスショットガン!


 十メートル手前からワッニ師匠に、合計二十発のアイスショットを同時に放つ。


 二、三発は外れて後方に飛んでいったが、残りはワッニ師匠の身体に広範囲に当たった。


 アイスショットそのもののダメージは全く無さそうだ。ペタペタと白いスタンプを押したように貼り付いた。


 だか、ワニは変温動物だ。凍って機能しなくなった体組織を、自前で回復することは出来ない。とは言っても、分厚いワニの身体には致命傷には程遠い。アイスミサイルではなくアイスショットを使ったのは俺の貧乏性ゆえだ。



——ブラインド!


 ストレージから一握り分の砂を出し、ワッニ師匠の両目に向けてシュートで飛ばす。が、爬虫類特有の薄い瞼のせいで、目潰しは効いてないようだ。


 だが、ブラインドは必要ない。


 俺は歩いてワッニ師匠に近付いて、剣を振った。


——プッシュ!


 足の踏み込み、腰の回転、エンチャントアイテムで筋力強化された両腕で剣を振る。重さを感じるのは振り始めだけで、剣は理力のアシストを受けて、剣自ら標的に飛んで行き、速度を増し、重さがなくなる。そして一瞬の後、剣が敵を捉えると、少しだけ重さが戻ってきた。


 剣はワッニ師匠の腕をさくっと斬り落としたが勢いが止まらない。俺は逆向きにプッシュして勢いを殺す。逆向きの理力のコントロールはアクセルで慣れている。


 そして更にプッシュして、返す剣で一閃、ワッニ師匠の腹を裂いた。

 

「ぐぅぅっっっっ!」


 ワッニ師匠の喉の奥から低いうなり声とも悲鳴ともとれる声が聞こえた。腹の傷から内臓がはみ出していて、大量に出血している。致命傷だ。反撃をしようとしたのか逃げようとしたのか、ワッニ師匠は身体を動かそうとしたようだが、おそらく低体温のため動けない。


「師匠、お世話になりました。じゃあな」


 俺は三歩ステップバックしてから、アクセルでワッニ師匠の後方へ飛び、すれ違いざまプッシュで一閃した。


――アクセルスラッシュ!


 今思いついたからか、安直なネーミングになった。


 ワッニ師匠の首が飛び、血しぶきをあげた。



「ふうー」


 ワッニ師匠の死体をストレージに入れて死亡確認して一息つく。首ちょんぱだから確実に死んでるとは思うがいつもの癖だ。爬虫類の死体は食べるつもりはないが、ワニ革がとれそうだ。冒険者ギルドで換金してもらおう。しばらく行ってないな。指名手配されてるし。



 まだ時間が早いので、このままこの先を探検することにする。


 この川は円形盆地の反対側まで流れていたはず。ここより階下に流れていると考えられる。とりあえずは川沿いに進んでみることにする。



 十五分ほど歩くと、先の方で何かが激しく動いているような音がした。状況的に何か戦っているんだろう……と思ったが、ここには他の冒険者は来れそうにない。一体何が……?


 俺はなるべく大きな音を立てないように、だがなるべく速く歩いて現場に向かった。


 すると遠くに、人型のワニが、何かと戦っているのが見えた。


 ワニと言ってもワッニ師匠みたいな中途半端な人型ではない。ワッニ師匠と同じく深緑色のボディだが、体型がスマートな筋肉質、スリムな逆三角形。尻尾が生えているが、ワニか人間かというと人間に近い。


 最も人間っぽい部分は首だ。くびれている。腹もくびれている。服は着ていない。男だ。もしくはオスだ。


 顔は、もちろん表情はここからは見えないが、口が前に出ている。長さはアヒルのようだ。だがワニの口だ。太い。


 そしてワッニ師匠と同じように槍を持っている。柄が一直線なところを見ると、ワニのハンドメイドではなく、人間の鍛冶屋が作ったようなものの感じがする。穂先も光を反射している。金属だ。



——呼び名はワニ男と書いてワッニマンだな……


 ワッニマンは戦っている何かに向かって槍を刺した。その何かは木の影にいて、ここからは見えないが、なんとなく雰囲気的にトドメを刺した感じがした。



 そしてワッニマンは俺の方を向いた。


——俺がいることがバレてる!


 まあ、それは少しは予想してた。本当に見つかりたくなければ匍匐前進してた、


 予想と違ったのは、ワッニマンが異常な速度で走ってきたことだ。


 手に持っていたやや幅広のブロードソードで迎撃しようと思っていた。しかし、俺を目掛けて一瞬のうちに迫ってきた槍を、瞬間的にプッシュを使って逸らすが精一杯だった。


 ワッニマンは勢いそのままに肩からタックルしてきた。ゴツゴツしたウロコで覆われた肩が俺に迫ってくる。


――ヤバい! アクセル!


 後方にアクセルで飛んでタックルの威力を半減させたが、ガードした腕にかなりのダメージを負った。骨までいってるかも。


——アイスショットガン!


 後方へ飛びながら発射した二十発の魔法はあっけなく躱された。


 そして、着地地点はまたしても川の中だった。胸まで濡れた。もう一度アクセルで川から抜ける。腕にはまだ痛みがある。


――これは……勝てそうにない……


 ヒットアンドアウェイしながら俺のあらゆる技を駆使すれば勝負になるかと思うが、ワッニマンのスピードとパワーが桁違いだ。リスクが高すぎる。今、無理して戦う必要がない。川にハマって気持ち悪いのもある。


 俺は円形盆地を後にした。




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