ワニ
ロングメイスを構え直して、ワニの動きを注視する。
——速い、それに力も強そうだ……
ボロい槍が刺さっても俺のコートと身体のプロテクションを破れそうにない、と思うが、爬虫類にしては不自然に隆々とした筋肉を見ると、もしかしたら刺さるかもと思わせる。試したくはない。
しかも、そこそこ長い槍なのに片手で扱っている。普通の人間なら両手持ちだ。
魔族以来の緊張感。
——いつものやり方でいくか……
俺はロングメイスを両手で構えながら、ワニに向かって三歩踏み出した。ワニの槍の間合い。瞬間、槍がロングメイスの構えを抜けて胸に伸びてくる。
だが俺は、わざと防御をしなかった。
——ディスアーム!
槍をストレージに吸い込んだ。もし吸い込めなかったらと思って一応、心臓付近にプロテクションを集中させていたが、いつも通り問題なく吸い込めた。
そして、カウンター気味にメイスの頭でワニの横っ面を殴った。
——ガン!
なぜかちょっと金属的な音がした。ロングメイスは確かに金属だが……。
怯んだワニの頭に、振りかぶってロングメイスを打ち落とした。
——ゴン!
また少し金属的な音に聞こえる。実際には金属ではないのだが、そのくらい硬い。
更に追撃をしようとしたが、ワニが腕を振りわまして平手打ちフックを放ってきた。尖った大きな爪が怖い。
俺はそれをメイスの柄でブロックした。金属製のメイスとは言え、軽量化のために柄の中は中空だ。ロングメイス自体にプロテクションをエンチャントしてなければ、メイスがぽっきり折れて爪が俺に刺さっていたかも知れない。
上手くブロックできたが、身体に衝撃が走った。俺は少しよろけながら、二歩バックステップで後ろにさがった。
——っていうか、頭を殴ったのに効いてないのか……
メイスが効かないなら剣にしようか。または魔法を撃ってみるか、目が開いてる相手ならブラインドも効くはずだ。
だがこのままロングメイスで殴り続けるのも、スパーリングとしてちょうどいいかも知れない。
——もうちょっと打ち合ってみるか……
ズルい手は暫く使わないことにした。
ロングメイスで簡単なコンボから試していく。ワニは確かに俺の攻撃を嫌がり、デカい顔にクリーンヒットすれば仰け反るが、ダメージがあるのかどうか微妙だ。
そして、コンボの隙にワニの大振りのフックが飛んでくる。ロングメイスでガードするものの、よろけさせられる。
ワニは槍を失ったので、攻撃手段が爪だけのようだ。手が普通のワニより長いとはいえ、口よりも短いので、かなり接近されなければ当たらない。
だが、硬くて速い。突進も怖い。体重は二百キロは優にありそうだ。組み付かれると不利だ。
俺もなかなか攻めきれずにいた。何しろ硬い。思いっきり殴っても効いた感じがしない。殴るだけじゃ勝てそうもない。
俺のロングメイスの先には各種魔法が、石付きには必殺のトゲ魔法が仕込まれている。だが今は使わない。この程度の相手に殴り合いだけで勝てなければ、魔族に勝てない。
十分ほど打ち合っていただろうか。必死だったので実際はもっと短かったかも知れない。
俺のコンボの隙にワニが突進してきた。ギリギリで躱したところに尻尾が振り下ろされるように俺にヒットした。
——うぐっ!
プロテクションがあっても呼吸が一瞬止まった。
俺は咄嗟にバックステップで距離を取ったが、ワニがダッシュで追いかけてきた。
——アクセル!
逃げ足には自信がある。しかし後ろは見えない。木にでもぶつかったらやばかったかも知れない。しかし、今回は大丈夫だった。
アクセルと同時に強い骨のお友達を二体出した。片手剣と盾を持った大容量スケルトンだ。
突然出されたのに、スケルトンはまるでストレージの中から戦況を見ていたかのように、出た瞬間からすぐに、ワニの左右から攻撃を始めた。
右のやつが頭を狙うと左のやつが同時に足を狙う。確実に連携している。どういう仕組みなんだろうか? 目がないからアイコンタクトはしないはずだ。今度スケルトンのコードをじっくり見てみよう。
俺の背後に木は無かったが、着地地点は川の中だった。腰まで浸かった水の中から、もう一度アクセルで脱出しながらそんなことを考えた。
スケルトンの剣でワニの皮膚に傷が付いている。しかし、皮一枚切れただけで、浅い。スケルトン二体でも倒せないか。数を増やしてもあまり効果はないだろう。
——いったん帰るか……
水ぽちゃでテンションが一気に下がってしまった。命を賭けて戦っている最中にそういうのはどうかとは思うが、下がってしまったのはしょうがない。
いったん帰って今後の戦略を練り直すとする。このワニと戦って強くなれるなら、暫くスパー相手にしたい。
帰る前に骨のお友達を回収しなきゃいけないし、一発くらいキメてから帰りたい。俺は隙を見て……。
——アクセル!
最高速度のアクセルで飛び、ワニのボディにドロップキックを放った。
重い。だが吹き飛ばした。脚が痛い。
すかさずスケルトンをストレージに回収して、俺は後方の上空へ飛んだ。
ワニは一度は転がったものの、すぐに立ち上がって臨戦態勢をとっていた。
俺は空中で反転し、崖の上まで飛んだ。
崖の上で、ペプをストレージから出して、一望した。
「ペプ、めっちゃめちゃ強いワニがいたよ。ほら、あそこ」
「ナア」
指を指して教えたが、ペプは俺の顎を舐めはじめた。一般的に猫は指さしの意味が分からない。
——ここ、歩けるようにしようとしてたんだよな……
プロテクションエンチャントのツルハシで、筋トレついでに斜めに崖を繰り抜いて道を作って、他の冒険者も通れるようにしようかと思っていたんだが……。
——ワニが上がってくるとヤバいな……
まあ、ワニに関しては水場から離れそうもないが。
ワニの他にも強いモンスターがいるのだろうか? 上がってくるとマズい。少なくとも今は九階に俺らが住んでいる。強いモンスターがキャンプを襲ってきたら困る。
——カイとクンツなら勝てるのかなあ……
なんとなくだが普通に勝てそうな気がする。ワニが剣で斬れるところを見てみたい。
俺はペプと一緒に歩いてキャンプに帰った。
途中でハウスに入ってシャワーを浴びて、服を乾かした。




