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円形盆地

「なあタクヤ、こいつ動かなくなっちまったんだが……」


 キャンプに戻ると、カイが申し訳なさそうに話しかけてきた。


 見ると、骨先生がマナ切れでスリープモードに入っている。地面に置かれた骨の山みたいになっていた。


 こんなに早くマナが切れるはずはないと思うんだが……カイのやつ、めちゃめちゃ殴ったな。それで骨先生のマナが激減したんだろう……俺の前では遠慮していて、俺が見ていないところで骨先生をぶっ壊すつもりで攻撃したに違いない。


——カイ……本気を隠していやがる……


 必殺技かなんかあるんだろうか? 俺もそうだけど他人には見せないよな。こっそり練習できる相手がいたらやるよな。まあ、俺の必殺技は単純なので練習は要らないけど……。



「スケルトンはマナが切れただけだ。問題ない」


 ストレージに入れるだけですぐにマナを充填できるが、俺はいったんIDEに入って、手早く骨先生の魔法陣をコピーしておいた。


 そして骨先生をもう一度出すとカイは、ニヤリと笑ってまたスパーを始めた。



 ふと思いついて、俺は護衛のスケルトンに聞いてみた。


「おまえ、スリープモードのまま護衛できるか?」


 スケルトンはカタカタと顎を鳴らしたあと、カラカラと音を立てて小さくなった。スケルトンが立っていると、なんかちょっと目障りだったので、これでだいぶスッキリした。俺は他のスケルトンとウルフにも同じ命令をした。


 スケルトンには、一分おきに索敵魔法を使うよう指示してある。スリープ中に敵が近付いても問題ないはずだ。



 ふと見ると、リーゼロッテはベッドで眠っていた。悠々自適すぎるだろ、と思ったが きっと俺にはツッコむ資格はない。



 腹が減ったので一人でランチを済ませた。リーゼロッテが眠っているせいか、みんなで一緒ということにはならなかった。



 ランチのあとはリクライニングチェアーに寝そべって、IDEを開いてさっきコピーした骨先生の魔法陣を、別の二体の骨先生にコピーしておく。


 そしてリーゼロッテ用に、力を最低にしてスピードをそこそこ落とした先生を一体用意した。


 さっき限界までIDEを操作していたので、またすぐに限界がきた。俺はIDEを抜けた。



「ペプ、今から何して遊ぼうか?」


 俺は、ペプの顔やお腹に俺の顔を擦りつけた。


 しばらくペプと遊んでいたが、ちょっと暇だ。こんな感じならキャンプは放っといて遠出しても問題なさそうだ。



 元々ダンジョンを攻略するのを目標にして活動していた。魔族はキャッスルヒルパートにいることが確定したので、他のダンジョンの攻略する意味はないのかも知れないが、他に魔族がいないとも限らない。


 もしくは異星人か。異星人のやつらはマナを盗む泥棒だと幼女神が言っていた。特に急いで倒す必要はなさそうだ。


 ヨーギの街のダンジョンが異星人によって運営されていた。大部屋にジャイアントが百匹いた酷い構成だった。しかし、宝石をたんまり持っていたし、マジックアイテムもドロップした。優先度は低いとはいえ、異星人ダンジョンも攻略する価値はあるだろう。



 このダンジョン、フォートモーラーはなんとなくだが魔族が運営してそうな感じがする。


 フォートモーラ―、キャッスルヒルパートと比較して、トロールケイブだけが突拍子もなく特殊だ。恐竜が闊歩する大地や、巨大な立体構造物がある。SFチックだ。エイリアンっぽい。なので、前者二つは魔族運営、後者は異星人運営と推測するとなんとなくしっくりくる。


 そういや、ラフレシアダンジョンもあったな。あそこはまだ奥まで行ってないけど、雰囲気的にはSFよりもファンタジーか。じゃあ魔族がいるのかな……? 地下神殿の例もあるから、案外、別の何かが住み着いてるかも知れない。


 他のダンジョンにも行きたいが、今はあまり遠くまで行くわけにはいかない。せめて夜はキャンプに帰ってこないと。まあ、時間の感覚がなくなってきてるけど……。



 そんなわけで俺は、他に行くところがないので、ペプを抱いてこのダンジョンの奥、さっき行った地底湖の更に先に行った。


 湖に溜まった水が流れ滝になって落ちて行く、そこは円筒形の広い空間で、底は森になっていて、中央を真っ直ぐに川が流れ、ずっと向こうで湖になっている。湖の反対側からさらに近に流れているようだ。


 俺は滝の上から見渡した。もちろん偽物だが太陽が出ていて、薄く雲がかかったように、弱い陽射しが照っている。約三、四十メートルの高さから見るこの円形の盆地は、二回目とは言え感動するほどの絶景だ。



 前回はここから、下にワニっぽい何かがいるのが見えたが……。


——いた……


 真下の川辺りに一匹いた。緑色で、尻尾と口っぽい部分が長い深緑色の爬虫類がいた。


 敵……だよな? ここダンジョンだし。


「ペプ、一応ハウスに入ってて」


 俺はペプを避難させて、マンションでいうと十階くらいの高さから飛び降り、何回か上向きのアクセルをかけて落下速度を殺し、滝つぼのそばの川辺りに着地した。



——さて……


 俺はロングメイスをストレージから出し、軽くくるくる回してみた。最近スパーをサボり気味だが、ロングメイスは相変わらず手に馴染んで自由自在に動く。


 バスタードソードの方がいい感じなんだが、リーゼロッテにあげてしまった。もったいなかったかな? まあ、リーゼロッテの役に立つならその方がいい。戦争が終わったから注文すれば鍛冶屋が新しいのを作ってくれるはずだ。



 上から見えたワニまでは、もちろん道など無く、シンシアやヨーギを流れている川のように石ころだらけの河原があるわけでもなく、森と川の間にほんの少し乾いた土の隙間があるだけだ。


 そんな歩きやすい乾いた土の上をザクザク歩いて行くと、そいつはいた。



 上からはワニに見えたが、二足歩行をしている。と言っても、人や亜人のような感じではなく、ワニの脚をめちゃめちゃ大きくして無理矢理立たせたような感じだ。人間のような細い首が無く、胴体から口まで普通のワニと同じく括れなく繋がっている。


 シルエットはトロールケイブにいたティラノサウルスのような前傾姿勢だが、それより少し立ち上がった感じだ。血を這うワニをジャッキアップしたみたいだ。尻尾は地面に付いている。


 この前傾姿勢で頭の高さが俺と同じくらい、大体百八十センチある。ワニの体長は尻尾まで入れると三メートルはありそうだ。


 脚と同様に腕も大きくなっている。そして左手には槍を持っている。木の棒と石の穂先でできた簡単なものだ。だが、これをワニが作ったのだとしたら興味深い。



 そして更に興味深いのは、槍を、爬虫類とは思えない長い指で握り込んで持っている事だ。


 握るというのはチンパンジーにも出来ない、人間特有の運動能力だ。親指の関節が最も進化した形状だ。それをワニも持っているとは、どんな神様の悪戯なのか。いや、ダンジョンだからか。


 まあ、ゴブリンも四本指なのに親指は発達していて、棍棒も剣も扱える。この世界ではダンジョンモンスターでなくても親指が進化しているのかも知れない。



——もしかして、知性もあるのか……?


 俺が知っているフィクションのリザードマンたちは、大体が知性を持っていて、言葉をしゃべることはもちろん、村を作るような社会性も持っている。


 一見ワニのように見えるので、リザードマンと言うよりもワニなのかと思ったが、その手の形状と、おそらく自分で作ったのではないかと思われるハンドメイド感抜群の槍を見たら、もしかしてリザードマンなのかもと思わせる。



 ワニの亜人をリザードマンと言うかどうかは微妙なところだ。国民的RPGを題材にした国民的少年マンガに出てきた、鎧を着て斧を振り回すワニがリザードマンと言われていたので、結構認知されているはずだ。


 だが俺は正直言って、ワニはリザードマンではないような気がする。区分けがよく分からないが、爬虫類全般をリザードマンにするなら亀の亜人もリザードマンだ。さすがにそうはならないだろう。



 それはそうと……その、槍を構えたワニが敵意むき出しで歩いてくる。


 まあ、俺も黒いロングメイスを構えて近づいているわけだから、敵と見做されても全くおかしなことはない。ワニが知能を持っているとしたら最悪のファーストコンタクトだ。



「てめぇ、やんのかコラ!」


 一応聞いてみた。ちょっと威嚇の意味を込めたらビーバップ風になってしまった。ワニより俺の知能の方が低い可能性がある。



 ワニが突然ダッシュした。


——!!!


 一瞬で俺の目の前に飛び込んできた、ように感じた。速さと身体の大きさと迫力でそう見えたのだろう。


 実際に俺の目の前にあったのは槍だ。正確に俺の心臓目掛けて槍の穂先が飛んできた。飛んできたと思うほどの勢いで槍の穂先が迫ってきた。


 俺は咄嗟に右後ろに身体を捻ったが、槍は俺のプロテクションがエンチャントされたコートの左胸に当たって弾かれた。垂直に当たっていたら、刺さっていたかも知れない。


 槍は即座に引っ込んで、次の瞬間、俺の軸足の右脚に向けて飛んできた。


 逃げるように、右足で地面を蹴って後ろに飛び、足を上げてギリギリで躱した。それは正解だったようだ。次の瞬間に槍は俺の首を目掛けてギューンと伸びてきたのを、後方向けたアクセルも手伝って躱すことができた。


——マジか! 三連コンボじゃんか!


 脚への二撃目はフェイントに近かった。考えぬかれた攻撃だ。モンスターでこんな攻撃をする奴は初めてだ。


 かなり油断していた。


 俺はロングメイスを強く握り直した。





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