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追い焚き

 目が限界なのでIDEを抜けると、リーゼロッテが俺の肩を激しく揺さぶっていた。


「タクヤ! タクヤ! 起きて? ねえ、目を覚ましてよ!」

「!!!」


 俺は飛び起きて、リクライニングチェアーの上に立ちファイティングポーズをとって周りを見回した。


「……リーゼ、敵はどこだ?」

「敵? いないわよ。タクヤが動かなくなって……死んじゃったと思って心配したのよ?」


 呼吸もしてるし心臓も動いてるはずだが……IDEを開いてると周りのことが一切見えないうえに、身体の感覚もなくなるから勘違いされたのか……。


「よかった……生きてた……」


 リーゼロッテは泣きそうな顔で俺の足にしがみついて俺を見上げた。なんとも間抜けな絵面だ……。


「すまなかった。集中すると周りが分からなくなってな……」


 カイとクンツも、スパーリングしている手を止めて俺を見ていた。俺はリクライニングチェアーの上から地面に降りた。


 この慌てようからすると、随分長い間揺さぶられていたんだろうか? 赤ちゃんじゃないから大丈夫かと思うが……どこか怪我してないだろうか……ちょっと怖い。


「ゴホン……それで、どうした?」

「水浴びがしたいの。あの湖まで連れて行って」



 俺たちはペプを抱えて、隠し階段を通って地下十三階に降りた。地下十四階へ降りる階段の前にドリルサイがいたが、マジックミサイル改を撃ちこんでサクッと倒した。



 地下十四階なのか十五階なのか、地底湖のほとりはモンスターがいない。危険がなくゆっくりできそうだ。まあ、真っ暗なので灯りがないと怖い。


 俺は光る石ころを投げまくった。ここ最近は消費しないで仕込みばかりしていたので、光る石ころの在庫には余裕がある。



 湖のそばにベッドロールを敷いて座ると、隣にリーゼロッテが座った。水浴びをしてないのにいい匂いがする。


 リーゼロッテと目が合い、そして抱き寄せた。


——…………



 一回目は、何かの間違いだったかも知れない、気の迷いだったのかも知れない、その時だけの遊びみたいなものかも知れない、時間が経つとそんな風に考えてしまって、そんなことはないはずと思いつつも正直、不安だった。リーゼロッテの方から意思を示してくれてほっとした。男としてはどうかと思うところもあるが……。



 リーゼロッテが裸のまま湖に入ろうとしたので止めて、風呂を出した。ストレージハウスのシャワールームで俺がいつも入る風呂だ。


 エリース村のエリックに作ってもらった。ストレージハウスに入れて魔法で使う事を前提としているので、追い焚き機能はもちろんのこと、注水機能も排水口すらもない、人が入る大きさのただの木の箱だ。


 湯船はお湯を熱々にしてあって、ストレージの別のポケットに時間を止めて入れてある。風呂に入りたいときに、ポケットからシャワールームに移動して使う。いつでもいい湯加減だ。


 それを今回は地底湖の畔に出した。地底湖の水に流されても問題なかったから安全だと思うが、水より風呂の方がいいだろう。



「はーーーー! タクヤ、生き返るわね!」


 今まで死んでいたようなセリフだ。いや、精神的に死んでいたところで宴会で一時的に生き返って、二日酔いでまた死んだのかも知れない。


 俺も向い合って一緒に入る。二人で入ると少し狭い。


「ねえタクヤ、昨日は、あなたのことを手伝うって言ったけど……それは本当だけど、まだ自分でもどうすればいいのかわからないの」


 俺はリーゼロッテの後ろに回って、石鹸で髪を洗う。シャンプーが無いのが残念だ。


「おじいちゃんが作った国で、王女として生まれて、でも敵に攻められたら逃げて……国も家も無くなって……でも本当はそれどころじゃなくて魔族が世界を滅ぼそうとしていて、家とか国とか言ってる場合じゃなくて……でもね、あたしは生まれた時から王女なの。できたばかりの国だけど、おじいちゃんが作った国なの……取り返さなきゃいけないって……それが……もし無理でも……努力はしなきゃいけないって……王女は王女らしくしなきゃいけないって思うの……でも、どうすればいいのかわからないの……」


 俺はリーゼロッテの髪の石鹸を湯船で流しながら聞いていた。王族に生まれたからこうじゃなきゃいけない、貴族に生まれたから貴族として振る舞わなきゃいけない、俺が嫌いな法則だ。


 だけど、やられたらやり返す、倍返しってのは俺が死ぬ前に元の世界で流行ってた。仕事で忙しかった俺はドラマ本編は見てなくて、その流行っていたセリフしか知らないのだが。


 昨夜はうやむやな感じで、俺のダンジョン攻略を手伝うと言って終わったが、本心はそう簡単に割り切れるものではないのだろう。


 まず強くならなきゃいけないというのがあるから、即、国の奪還をするよりも先にダンジョン攻略をするのは、それはそれで間違っていないが。


「リーゼ、昨日俺は国王、国のリーダーの話をしたが、国を持たない王もいることはいる。結局、家来の分も含めて衣食住が必要だから、何かしら領土が必要にはなるんだが……。そういう意味で俺はリーゼは既に王だと思っている。俺とカイとクンツがリーゼを主と考えている。だから、リーゼは既に王だ」


 まあ、俺の忠誠心ってやつは怪しいもんだが……好きな女性のために命を張って守るつもりはあるが、それが王様に対する忠誠心かというと、だいぶヨコシマな感じだ。


「それに、リーゼは今でも市民からとても人気がある」


 俺は、街での様子を話した。


「街で隠れてもいいし、街の外の何処かに拠点を構えてもいい。リーゼを王と仰ぐ戦士を集めて、イグレヴのやつらより集まったら、国は自ずとリーゼのものだ」


 リーゼロッテは、顔を後ろに向けて俺の目を見て聞いている。


「だがそのためには、リーゼの、リーゼ自身の強さを示さなきゃいけない。なにしろ家来を率いるのはリーゼ自身だからだ。家来を引き連れた別の王もリーゼが従えることもあるだろう。そういうやつはたいてい自分より強い王を求めるものだ」

「そういうときの強さって……なに?」

「単純な武力ではない。人を惹きつける力とか、従わせる力とか、知恵とか勇気とか経験とか、そういったものの総合力だろう」 


 そんなの俺もわからん……けど尤もらしいことを言ってみた……。


 確かに、三国志の三国のそれぞれの王とかなんか、話の上では個人の武はそれほどではなかったはずなんだよな。ゲームではそこらのクズ武将よりもステータスが高めに設定されているけど。


 それと、軍資金についてはたんまりある。それこそ一国の予算ほど。がんがん使って傭兵を集めてもいいだろう。それも王の力だ。



「まず、足りない強さから身につけていけばいいだろう。そうすればチャンスは向こうから駆け足でやってくる」


 家来一号二号のカイもクンツも、リーゼロッテに強くなれと言っている。俺には正直、本当にそれが今すぐ必要なのかよくわからないけど、彼らがそう言うならそうなんだろう。



 しかし、ハロン王国が無くなって街に入れなくなって、街のサービスが使えないのは不便すぎるんだよな。冒険者ギルドはもちろん、作った魔法道具を売るのもそうだし、美味しい食事が食べられないのもそうだ。なにより一番はバーで落ち着いて酔っ払えないことだ。


 だからリーゼロッテには、できればすぐに国を取り返してもらって、指名手配を解除して欲しいのも俺の本心だ。


 ダンジョン攻略をクンツとカイを連れて手伝ってくれるのは心強いが、ダンジョンでは何泊もしなきゃいけないから、やっぱ俺一人の方が全然楽だ。


 ストレージハウスのことをバラしたとしても、パーティで夜営して俺一人だけハウスでぐっすり寝るってのも顰蹙だろう。


 いや、もちろん俺一人でダンジョンを攻略できてあの魔族を倒せるほど強くなるのが前提なわけだが……だから、さっさと強くならなきゃいけないのにこのシチュエーション、本当に腹が立つ。


 それこそリーゼロッテを神輿に担ぎあげて、イグレヴのやつらを俺が片っ端から暗殺して回って全部リーゼロッテの手柄にすればいいんじゃないだろうか? あれ? ちょっと現実的かも……?



 そんな俺の思いは隠して、風呂のお湯がぬるくなってきたので、追い焚き機能のない風呂は上がってキャンプに帰ることにした。



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