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魔女っ子

 エリース村に行く前に地下神殿に寄った。


 いつも通りだった。インプはハメ技で殺し、残りのスケルトンとウルフは全てストレージに吸い込んで、お友達候補を増やした。


 数は力だ。コツコツとスケルトンを増やしておくと、ダンジョン攻略に役立つかも知れない。



 エリース村に着いた。特に変わったところはない。木こり仕事をしているエリックに声を掛けた。


「変わったことはないか?」

「いや、ないよ。どうした? 何かあったのか?」

「戦争があっただろう?」

「そうなのか? 何も聞いてないぞ。ああ、そういえば領主様が来て、これからも領主は変わらないからよろしく、みたいなことを言ってたぞ」


——戦争のことを知らないのか……


 村には全く影響がないんだな。安心した気持ちと、なんかやるせない気持ちがある。被害を受けて欲しかった訳ではないが、もう少し何かあっても良かったんじゃないか……。怖い思いをしてここまで飛んできた労力も無駄使いな気がしてきた……。


「何もないなら良かった」

「今日も宴会していくか?」

「いや、今日は用事がある」

「そうか。また来てくれ」


 ブドウ畑とエリザベスたちの様子を見て、やはり何事もないのを確認して、俺は帰ることにした。



 ダンジョンに帰る前に街に寄った。目当ては魔法道具屋、大人の魔女っ子の店だ。ローブに着替えて屋根伝いにこっそり店に向かう。身バレするからペプは引き続きお留守番だ。俺が売った武器がこの魔法道具屋経由でハロン王国軍に流れていた。イグレヴに咎められてひどいことになってなければいいが……。



「お久しぶりでーす」

「この店は変わりないか?」

「大丈夫でーす。王国軍はいいお客さんだったんですが……これからは冒険者の皆さんにも武器を買ってもらえまーす」


 差し当たって、イグレヴに迷惑をかけられたりはしていないようだ。


「なあ、あんた、リッチと戦った経験があると言ってたな。ひょっとして、ハロン王国の建国者に所縁があるのか?」

「……そうです。バルトとは同じパーティでした」


 やっぱり。急に声が低くなって、真面目な口調になった。いや、しかし一体歳はいくつなんだ……?


「バルトたちと一緒に、ダンジョンになっていた城で、ダンジョン主のリッチを倒しました。彼はお城が気に入って、見つけた宝物を元手にここにハロン王国を作ったんです。あたしは財宝の一部をもらってこのお店を建てました」


 リーゼロッテの祖父はバルトという名前だったのか……。


「年齢が気になりますよね……この通り、あたしはエルフなんです」


 彼女は大きな三角帽子を少しずらし、髪をかきあげて、尖った耳を見せた。エルフの耳は初めて見た。横ではなく、上に尖っているヴァルカン人タイプだ。


 耳だけじゃなく、エルフ自体を初めて見た。というか何度も会っていたが。


「あなた、猫戦士のタクヤですよね? 王女を救ってくれたって噂になってます。お礼を言わせてください。ありがとう」


 彼女は深々と頭を下げた。でかい三角帽子が下を向いたが不思議と落ちない。


「それで、王女は無事ですか?」

「ああ。隠れ家は秘密だが、一人で会うというなら案内する」

「いいえ、結構です。リーゼロッテ王女に会ったのは彼女が三歳の頃ですから」


 魔女っ子は見かけに似合わない遠い目をした。


「それで、王女は……どうするつもりですか?」

「……今夜決めることになっている」

「ハロン王国を取り戻したいって人はたくさんいるんです。リーゼロッテ殿下が……陛下がその気なら、なんでもします」


 めちゃめちゃ強い言葉を聞いた。


「分かった。伝えておく」



 俺は主目的の、ファイアショットをエンチャントした魔法の短杖を十本売った。


 それと、先ほどイグレヴの馬車を襲ってゲットした武具を渡した。イグレヴ軍の支給品の装備だ。これはタダで渡した。


「これは……! 助かりまーす!」


 口調が元に戻った。そして、この喜び方からすると、有効に使うつもりのようだ。レジスタンス。つまりそういう事だろう。


「また来る」


 そう言って俺は店を出た。



 他に武器防具などを増やしておきたいところだが、自分が思っているより俺は有名らしく——さっきのイグレヴ軍の奴らはなぜか知らなかったが——余計な店に顔を出して通報されてもつまらない。


 武具は困っていないので諦める。ただ、服屋は寄っておきたい。


「店主はいるか?」

「これはこれはタクヤ様」

「変わりないか?」

「戦争の被害はほとんどありません。しかし、お得意様が何人か戦死されました。イグレヴの人たちは略奪をすることは無いそうですが、この先のことは分かりません。どうなるのか不安です。私たちは初代国王様にお許しを頂いてここに店を構えました。国が変わるとなると寂しい限りです」


 少し状況を聞いてから、店にある服を端から端まで買った。リーゼロッテたちみんなの変装用だ。念の為多めに買った。



 ローブ姿で怪しくない程度に顔を隠すと、街を歩いても俺だとは気づかれないようだ。ペプはお留守番で寂しがっているだろう。


 手早く市場で食料品を買い集めて帰ることにする。


「これ持ってっておくれ」


 露天のお母さんから生魚をたんまり渡された。


「これも持って行ってね」


 隣のおばちゃんからは野菜をもらった。


「兄ちゃん、塩が足りなかったら言ってくれ。なんでもいいから困ってたら言ってくれ」

「任せたぞ。応援してる」


 いろいろ押し付けられたので片っ端から底無しのバッグに入れた。さすがに街の人たちは、ペプを抱えてなくても俺が誰で、誰を助けたかを知っているようだ。


 イグレヴの兵士が歩いてくるのが見えたので、俺はそそくさと市場を出て路地に入り、屋根に登って屋根伝いにアクセルして街から出た。



 キャンプに戻ったのは夕方近くだった。


 カイとクンツが打ち込み稽古をしていた。俺が用意しておいた、確か盗賊から奪った剣で打ち合っている。ナマクラとは言え刃が付いている。大丈夫だろうか? きっとベテランは大丈夫なんだろう。



 俺は、さっき奪った馬車の荷物で気になったものがあるのでチェックした。


——これは……!


 樽いっぱいに冷凍された赤い果実が詰まっている。間違いない。トマトだ。


 水でよく洗い、少し解凍して齧ってみた。酸味が少なめ、ジャリジャリした食感の甘いトマトだった。


「ペプ、あれ? いねえ……」


 ペプを出すのを忘れてた。


「ペプ、トマトだよ」

「ナア」


 改めてペプと感動を分かちあう。ペプは力強く俺の顎を舐め始めた。



 トマトがあれば、色んな物ができる。とんかつソース、トマトソースのパスタ……あとは何だ……? サラダ?


 タマネギはあるから、スパイスがあればカレーも作れる。ライスが無いのが残念だが。まあいいや、少しずつ試してレシピを増やしていこう。



 それにしても、戦争になったとはいえ、それまではイグレヴと交易してたわけだから、トマトがあればハロン王国でも流通してても良さそうなものだが……貴族階級しか食べられないのかな?


 俺は他の荷物を調べてみた。トマトがあるなら米もあるのかも、と思ったが無かったが……。


——これは!


 代わりに樽いっぱいの黒胡椒を見つけた。


 何かの種のような黒くて丸い粒が樽いっぱいに詰まっていた。


 この国でも黒胡椒が市場で普通に売られているが、ひと粒ふた粒といった量で売られている。結構お高いので、少しはストックしてあるものの、滅多に使うことはない。エリース村の宴会で鹿肉を食べた時に結構臭みがあったから、俺の分だけにこっそりかけたくらいだ。


 それがデカい樽にギッシリ詰まっている。上げ底とかになってないか疑ったが、ちゃんと樽いっぱいだ。


 俺が元の世界で使っていた黒胡椒は、丸い粒と棒のような粒の二種類が混ざっていた。百均で買ったミルでザリザリ削って使っていた。この樽には棒のような胡椒は混ざっていないようだ。


 そしてミルも無い。使いそうな分だけ石かなんかで潰してストックしておくか。


 あとは、クローブの樽もあった。元の世界で一時期、スパイスカレーにハマってた事があり、クローブとクミンシードは分かる。しかし、コリアンダーとターメリックは粉末しか見たことがないから判別できない。まあ、手に入りそうなら誰かに聞けばいいか。この世界での呼び名が分からなくても、きっと神様がくれた謎翻訳システムで通じるはずだ。


 あとは、この国でも売っている魚醤、ライム、タマネギ、塩、生姜、オイルなどだった。あとは何かの豆。俺はミックスナッツは詳しいが豆には詳しくない。これらは貴族向けの食材で間違いないだろう。儲けものだ。


 

 俺は長ーいテーブルに酒とツマミの準備をして、早速胡椒を砕いて肉に添えた。


 飲み会が始まる。



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