ストレス
キャンプに戻ったのはちょうど昼飯時だ。
カイがツノウサギの肉を焼いていた。
「ああ、ちょうどよかった、タクヤ、昼メシにウサギの肉だけじゃ寂しいと思ってたところだ」
昼メシの世話をせがまれている。肉だけじゃ足りないって、さすが王族の護衛ってところか。
リーゼロッテの安全は責任を持つが、護衛も含めて生活丸ごと面倒みる約束をした覚えは無いのだが……。
いや、リーゼロッテの安全を最優先に考えれば、護衛のみんなに健康的にいてもらう方がベターだろう。腹が減っては戦ができぬ。なんなら護衛だけじゃなく、軍団を作って俺が衣食住の世話をすれば、俺は戦わずに済むんじゃないか?
――いや、戦う方が楽かも知れない……
さっきから感じているようになんだかストレスフルだ。カイも別に変なことを言ってるわけじゃない、俺がネガティブに受け止めるからだ。それに、カイが焼いているのはカイが獲ってきた肉だ。
「ここは、肉はいくらでも獲れるが、食い切れないな。誰も冷気魔法が使えないから保存できないのがもったいない」
「ふむ、これを使ってくれ」
俺はいつか役に立つかも知れないと思って作ってあった、木箱に冷気魔法をエンチャントした冷凍庫を出した。何の箱か分からないが、引っ越しで使うダンボール箱程度の大きさだ。
「おお、これは助かる」
俺は長ーいテーブルに皿とスープ鍋とを置いた。フライパンなどの調理器具なども多めに置いといたほうがいいかも知れない。
ふと思ったが、こんな状況が続くなら生活用品に余裕があった方がいい。街で買いたいところだが、賞金首になっているのでしばらく買いにいけないだろう。
そこで、敵軍に占領されている城や王宮に忍び込んで盗んでくる……いや、元々リーゼロッテの所有物だから、取り返せばいい事に気が付いた。旧フライターク邸にもまだ何か残ってるかもしれない。そっちは取り返すと言うよりは……貰ってくるわけだが。ストレス解消にちょうどいい。今夜にでも行きたい。
「ストレス解消って……ペプ、俺は暴れるつもりなのかな……強盗だな」
「ナア」
「一緒に暴れるか? それともやっぱりこっそり貰ってこようか?」
「ナア!」
どっちか分からないが、基本的に賛成らしい。
ウサギが焼けたところで、昼食をみんなで取った。俺はその場で街のこと、賞金首になっていることを報告した。それについては全然驚かれなかった。
「街の様子は分からないわけね。アタシたちの似顔絵が貼り出されてるんでしょ? 偵察に行くのは危険ね」
ゲルダはおかしな顔の人相書きの俺に行けと言っているようだ。いいだろう。俺ならひとっ飛びだし。
「分かった。今夜もう一度、行ってくる」
ゲルダがはっとして、目をまん丸にした。
「ごめんなさい、タクヤに何でも押し付けてるわけじゃないの……。昨日はアタシたちも見つからなかったから……掲示はなかったけど……」
ゲルダが恐縮して言うが、実際のところ俺の能力頼みなところは否定できないだろう。
「気にするな。もともと行くつもりだった」
カイが立ち上がった。
「そうだな、何でもタクヤ頼みじゃ悪いな。せめて食器は俺が洗うよ。でも、水はタクヤに出してもらうけどな」
場が少し和んだ。
「あー、こういうのはいかがですかな?」
今度はクンツが立ち上がって話し始めた。
「ここはダンジョンの中ですが存外にも快適ですな。しかし、ワシらもずっとここにいるわけにも行きません。どうでしょうか、みなで今後の事を話し合ってみては」
俺はリーゼロッテを見た。無表情だが、ノーというわけではなさそうだ。他のみんなは頷いている。
「今夜はタクヤ殿が不在とのことですから、明日の夜にでも」
みんな頷いている。リーゼロッテも小さく頷いた。
「ではそういう事で。酒はタクヤ殿に出してもらいましょう」
飲み会なのか。まあ、素面で暗い話をするよりはいいだろう。
だが、元の世界のサラリーマン社会では、こういうのは意見をまとめておけと言う暗黙の命令だ。俺が何か表明する立場なのか、そのあたりから熟慮して何か発言しなきゃいけない気がする。俺の興味はどうやって魔族を倒すか、それだけなんだが。
そんな感じでランチ会は終わった。
ランチの後は、キャンプで足りない物が無いかチェックした。薪やら何やら一通りは出してあるんだが。
薪はすぐ足りなくなりそうなので、スケルトンを出して薪割りをさせた。
このダンジョンの罠に仕掛けてあった着火のマジックアイテムも出した。
あとは干し肉や魚の塩漬けなど、日持ちする食料と飲料水をテーブルに置いておく。俺がいなくても飢えないようにだ。
昨日植えてヒール水で促成栽培したフルーツの木は、だいぶ成長したが、まだ実は成っていない。今までのパターンでは明日には食べられるようになるはずだ。
そして、空いてる土地をストレージを使って掘り返して畑を作り、キャベツの種を植えて、ヒール水をかけた。隅っこににんにくも植えた、野菜のレパートリーはもっと増やしたい。
そしてトイレは……誰も片付けてない。こういうのは女性にお願いする方がいいと思ってる。自分の汚物を男に見られたくない事と、俺が片付けたくない事で利害が一致するからだ。しかし、王女のリーゼロッテに頼むわけにもいかない。ゲルダにもなんとなく頼みにくい。
仕方ないから俺が、便器にしている宝箱ごと汚物を俺のストレージに入れ、別の宝箱を設置した。この汚物はイグレヴの奴らにぶつけてやろうか。この世界の人たちは総じて清潔感が大きく足りないので、ぶつけただけではあまり効果がないだろうか? なら、鼻の穴に塗り込んでやる。
午後は、チャージでマナを減らしてから、瞑想に挑戦した。瞑想をするとマナの回復速度が上がる、元の世界ではそういう事になっていた。まあ、ゲームの設定だが……。
地面に座り胡座をかいて目を閉じる。心を落ち着けて、何も考えないようにする。しかし、マナの回復量が気になって瞑想に集中できない。そのうちペプが膝の上に乗ってきた。俺の肩に手を掛けて、顎を舐め始めた。
——これではとても瞑想にならない……
俺は諦めて、暫くペプのやりたいようにさせた。
瞑想でマナの回復量が多くなるなら、寝ても同じような気がする。計った訳ではないので確証はないが、今までの経験上、就寝中はマナが多く回復するような気がする。
俺は自分にスリープをかけられるから、はっきり言って瞑想より寝たほうが手っ取り早い。なんか、ちょっと無駄なことをした感じがする。
スケルトンの大容量化や、今後作りたいバイクや車などの事を考えると、今のままではマナの量がキツいような気がしてきている。
エミリーから聞いた話だが、普通の魔術師より俺はずっとずっとマナ量が多いみたいなんだが、それでも足りないものは足りない。
また大岩みたいなでかいものをストレージに出し入れしてマナ最大量を増やそうかとは思うものの、卒倒中の安全のためにハウスに入らないと出来ないし、大岩のスペースも必要なので、今すぐは出来ない。
魔王が出るまであと一年弱しかないってのに、卒倒して寝てばかりもいられないとも思う。
まあ、今この時間も俺は何も進歩していない。最近のイライラの原因はこれか。タイムリミットが迫ってくるのに、俺は一歩も先に進めていない。全てイグレヴの奴らのせいだ。
急がば回れ、と言う。ダンジョン攻略の前に奴らを滅ぼした方が早いか?
しかし、一度は皆殺しにしてやろうと覚悟を決めたものの、戦争が終わってしまってからでは、ただの殺人にならないだろうか? 自分を許せなくなることはしたくない。
まあ、こういう時は敵のボスだけ倒せばいいってのがお約束だ。向かってくるやつだけ最小限に排除して、ボスを倒せばいい。きっと中ボスもいるだろう。去る者は追わないが刃向かうやつは皆殺しだ。
やっぱあの時、城壁の上から魔族ごと魔法で殲滅すればよかった。今更、そんな事を言っても仕方がないが。けど、今はあの時ほど心の強さがない。あと一歩踏み込めずにいる。
話を戻すと、マナ足りない問題だ。
ストレージの中には、マナを永久に供給する魔石が大量にある。これを活用できないだろうか?
俺の体中に魔石を埋め込むのはどうだろうか? 元の世界では、女性を喜ばせるためだけに、皮膚の下に真珠を埋め込む男がいたと言う。真珠が手に入らない場合は、歯ブラシの柄の端のようなプラスチックを丸く削って入れたとも聞いた。それを見習って魔石を埋め込むのはどうだろうか?
いや、それは身体がゴツゴツしてダメだろう。小さな魔石もあるが、マナの出力も小さく、効果が薄い。そもそもそれでマナ回復量が増えると決まった訳ではない。魔石を手に持ってても効果はないから、皮膚の下に入れてもダメだろう。
やはり、なるべく大きい魔石からなんとかマナを吸収したいものだ。マナ電池に埋め込めば良さそうだが……。
「ペプ、閃いたよ」
「ナア」
ペプは耳を舐めようとしてきたので、それは身体をくねらせて避けた。
俺は夕方までうだうだ過ごしてから、早めにキャンプを出た。




