二輪
俺は冒険者ギルドを出て街に向かった。市民の様子を見ておきたい。
しかし、目抜き通りのすぐ手前で、警邏中のイグレヴ王国軍兵士に速効見つかった。
「おい、あいつ、猫戦士じゃないか?」
「猫を抱いている。間違いない」
「警笛を鳴らせ!」
「ピーーーーーーー!!!」
――困ったな……
食料と日用品を補充しておきたかったんだが……。街の様子も分からないし。
「ペプ、とりあえず逃げよう」
俺はフードを深く被った。顔は見られたくない。そして路地裏へ走った。
――アクセル!
建物の屋根に飛び乗った。もう一度アクセルで、隣の建物の屋根に飛び移る。
――撒いたかな……
バーに行きたかったんだが、夕方までかなり時間あるし、リーゼロッテも心配なので、このままいったん帰ることにする。
いきなり飛んで逃げると誰かに見られるかも知れないので、屋根伝いにアクセルで一番近い城壁まで移動して、いったん森に入った。森の中をしばらく歩いてから飛んだ。
この飛ぶってやつも、速く移動できるので重宝するが、飛んでいるところを見られると困る。リーゼロッテを逃がすときにすでに敵兵に見られてはいるが、この世界には空を飛ぶ魔法がないらしいから、俺が飛ぶところを敵兵が実際に見たとしても半信半疑なはずだ。それが、もう一度見てしまったら、あー、あいつやっぱ飛べるんだー、みたいな感じになってしまって困る。魔族認定されてしまう。
なので、今欲しいのは、オートバイだ。学生の頃は原付のスクーターに乗っていた。友人に二百五十CCのバイクを借りて運転したこともあるが、俺はバイクではなく車に進んだ。そして、都会に引っ越してからは公共交通機関の便利の良さと駐車場代の高さ、俺自身が酒好きで車の使用頻度が少ない事もあり、二十年近くペーパードライバーだ。
道路が舗装されていないので高速では走れないが、スクーターでさえ時速六十キロメートルまで出るわけだから、徒歩の十倍、ランニングの六倍の速度で走ることができる。
オフロード用のオートバイなら、馬車が走れる程度の悪路ならものともせずに走ることができるだろう。
つい先日までは、車やバイクの事を思い出しても、この世界では無理だと諦めていたが、理力による回転のエンチャントを知ってからは、もしかしたらなんとかすれば実現できるんじゃないかと思い始めた。
ゴムタイヤを作る原料のゴムの木は、南の方に行けばあるはずだ。エンジンもモーターも必要ないから、それらしく跨って乗れる木馬のようなものを作ればいいわけだ。マナの効率は別に考える必要があるが。
俺のイメージはオートバイだが、そもそもその形である必要も無く、車椅子のようなものでもいいわけだ。カーペットや風呂敷はふにゃふにゃだからダメだとしても、地を走るボートでも筏でも、車輪さえ付けばただのベニヤ板でもいい。
そもそもバランスさえ取れれば四輪も二輪も必要がなく、一輪車でも問題ない。まあ、どうやってバランスをとるかは課題になるが。スケルトンが二足歩行のバランスが取れてることを考えれば、一輪車や二輪車のバランスの方がずっと簡単なはず。
俺がガキの頃にはまだ、二足歩行できる人型ロボットは現実には無かった。最初に実現したロボットはなんだかちょっと中腰で走っていた。二足歩行のバランスというのはそれだけ高度な技術だという事だ。
しかし、今はちょうどいいものがない。この世界で見た中では、馬車の荷台がちょうどいいが、それは入手していない。もしくは馬だ。オートバイには一番近い。だが生き物なのでストレージに入れられない。そのため維持コストが大きいので入手していない。空を飛んだほうがましだ。
そんな中でふと思いついたことがある。
——スケルトンウルフには乗れないだろうか?
って事だ。大きさは結構ある。跨って、地面に足が付きそうだが、それは鞍と鐙を使うとか、おいおい考えればいいだろう。馬のスケルトン、言うなればスケルトンホースがいればいいんだが、残念ながら巡り会えてない。人型スケルトンに肩車されるよりは、自分で走った方が速そうだ。
なので、スケルトンウルフに乗れないか試してみることにする。まずは、スケルトンウルフが、人型スケルトンのように俺の配下となって命令を聞くかどうかを検証しなければならない。
俺は森の中でハウスに入った。IDEを開いて、スケルトンウルフの魔法陣をチェックする。
基本的に普通のスケルトンのものと変わらないようだ。
まずは例のコードを開いて、所有者を書き換える。
『イレーサス』
スケルトンウルフも、古代のハイエルフの王、イレーサス王の所有物だった。
それを『タクヤ』に書き換える。
IDEを抜けて、森に出て、スケルトンウルフを出した。
「おすわり」
スケルトンウルフは言われたとおりその場に座った。尻尾は振ってない。
「伏せ」
この命令も効いて、その場に伏せた。俺の言うことを聞かせるのは問題ないようだ。
そもそも骨格の形と大きさから大オオカミだと推測してウルフと呼んでいるが、この従順さ、もしかしたらただのデカい犬なのかもしれない。考えても答えは分からなそうなので、今まで通りオオカミだと思っておく。
あとは、何ができるか、できないかだ。スケルトンはどんな命令でも聞きそうだが、スケルトンウォリアーは戦闘以外の命令を聞かない。ウルフは、お座りと伏せができるってことは、もっといろいろできるはずだ。
「俺を乗せて走れるか?」
ウルフは、カタカタッカタカタッと顎を鳴らした。イエスってことだろうか?
俺は試しにウルフの背に跨ってみた。
——!!!
途端にウルフが走りだした。速い。俺はウルフの背中の肋骨に指をかけてしがみついた。
ウルフの、上向きに尖った背骨が俺の股間に刺さって超痛い。
「ちょっと……待て……待て!」
叫ぶとウルフは急停止し、俺は前方に投げ出された。空中で前転をして華麗に着地しようとするも、勢いがありすぎて前のめりに地面に倒れた。痛い。
怪我は無いと思うが、ヒールをする。無意識にでも出来るように癖にしている。今回は特に股間に重点的にヒールした。
「おまえ、行き先分かって走ってるのか?」
「……」
スケルトンウルフは何も答えない。反応がない。通じてないのか?
「俺が走れと言ってから走れ。分かったか?」
スケルトンウルフは顎をカタカタッカタカタッと鳴らした。
——通じてるじゃないか……
それにしても、とにかく速いのは分かった。しかし、股間が痛すぎる。
元の世界で俺は数年前まで、ロードバイクが趣味だった。ロードバイクのサドルは、内股の摩擦を減らすために細くなっている。普通に座っていると痛い。
そのため、サイクルパンツという、股間の部分に綿やゲルのパッドが入っていて股間が痛くならないようなパンツを履いて走る。速く走るためのものなので、空気抵抗で減速しないようにぴっちりとしたものだ。股間と尻がモコモコしたスパッツだ。慣れるまで結構な恥ずかしさがあった。
ゲームとデスクワークばかりの俺に似つかわしくないその崇高な趣味は、残念ながら膝を壊したため断念した。
出来る事なら今でも乗りたいが、そもそも自転車が無い。ロードバイクまでいくと、軽いゴムタイヤはもちろんの事、軽いうえに丈夫なフレームや変速ギアなども必要になり、技術が足りなすぎて作ることは無理だろう。それに、出来たとしても舗装された道路がない。
股間の痛みからそんなことを考えた。何かあてがわないと、スケルトンウルフのゴツゴツした背骨の上に跨って走るのは無理だ。鞍を買ってこようか。サイズや形が合わなそうだ。自分で作れるだろうか? それとも分厚いクッションでも作ろうか。
足も地面に引きずりそうなので、鐙がいる。現代の競馬のジョッキーみたいに、短くて膝でウルフのボディを締める騎乗方法が良さそうだが……。
——もっと快適な乗り物はないだろうか……
そもそも骨の狼に乗って走っていたら目立つ。空を飛ぶよりも目立つ。ダメか。
俺は諦めてハウスに入った。
「ペプ、なかなかうまくいかないな」
いい方法が閃くか見つかるかするまで保留するしかない。
俺はとりあえず、さっきのウルフの額に水晶をインプラントし、大容量化改造をした。同じスケルトンウルフを他に五体作った。最悪は、何匹かで馬車を引かせるって手もある。どれだけ速度が出せるか微妙だが。速すぎると乗り心地が悪いばかりか、馬車が壊れそうだ。
犬ぞりみたいなものも思いついたが……雪が降らないとダメか。まあ、馬の手入れが必要ない、ストレージに入る馬車は重宝しそうではある。最も、他人に見られると困るので使いどころは無さそうだが。
少し時間を食ってしまったが、インプラントはキャンプではできないのでしょうがない。
俺は外に出て、ダンジョンに向かって飛んだ。




