回復
街まで走りたかったが、膝が痛くなり止まった。心臓がバクバク言ってる。呼吸が苦しい。周りを見渡し、誰もいないことを確認して、木の陰でストレージハウスに入る。
警戒したのには訳がある。さっきの賊ども、俺が地下神殿に入るのを見ていて襲ってきやがった。街から尾行られたってことはないだろう。神殿の入り口を見張っていたに違いない。入り口が見えるところか、入り口を開けた音が聞こえる範囲に根城があるはず。まだ仲間もいるかも知れない。
ハウスに入り、だんだん落ち着いてきた。
「ペプ、ただいま。お土産持ってきたよ」
光る石をペプに見せると、転がして遊び始めた。しかし危ない、ゾンビを地面に縛り付けてた鎖の穴が床に空いてる。適当な箱と石を置いて塞いでおくが、あとで板と釘を買って来なければ。
しばらくハウスから出たくないのだが、火傷が痛む。街に行かないと。
俺は出口に穴を開けて外を伺い、人気がなさそうなので外に出た。ペプを左肩に抱いて街へ歩いて行く。
街の教会が見えてきた。タイミングよくシスターが向こうから歩いてくる。
「やあ、こんにちは。また会ったな」
「また会ったって、会いに来たんじゃないの?」
「実はそうなんだ。ちょっとうっかりして怪我してしまった。回復魔法をかけてくれるか?」
「何したの?」
「ちょっと地下神殿で物陰から襲われて」
「地下神殿って、あの辺は盗賊が出るから危険なのよ?」
「ああ、出会ったよ。逃げてきた」
「その火傷、盗賊にやられたの?」
「いやこれはインプみたいなモンスターに」
「火の悪魔ね。よく逃げてこれたわね」
「いや、インプはやっつけたよ」
「本当に? すばしっこい難敵なのよ?」
「運がよかった。それより回復魔法を……」
会話に夢中で忘れてたのか。この娘、ちょっと頭弱そうだ。
「わかったわ。寄付をいただきます」
「おいくら?」
「金貨一枚から受け付けております」
――高え……仕方ない、勉強料だ。
「##########……ヒール」
シスターは俺に手をかざして、小声で俺には聞き取れない呪文を唱えた。火傷がみるみる回復していく。痛みがなくなった。
「ありがとう、助かったよ」
「いつでもどうぞ」
二度とは来たくないが、こんな冒険を続けてたら来ることになるのかな。金が続かない。
「盗賊って大勢いるのか?」
「十人くらいって聞いたわ。地下神殿の近くに根城があるみたいよ」
俺は教会をあとにして武具屋に向かった。
武具屋では、ショートソード三本と革鎧三着が金貨二枚になった。盗賊どもは他に、銀貨と銅貨数枚、ポーション一つ、干し肉を少し持っていた。回復ポーションだろうか。さっき飲めばよかった。しかし毒かも知れない。どうしよ。
武具屋にやたら高いローブが陳列されている。一着、金貨十二枚。店主に何かと尋ねたところ、耐熱ローブとのこと。燃えないらしい。魔物の由来の生地でできてるそうだ。欲しいが、金が足りないし、サイズが合わないし、デザインも良くなかった。
武具屋を後にして、服屋に入った。アーマーの下に着てた服が焦げたので、金も入ったし、新しいのを数枚買っておく。焦げた服は裁断してトイレで使うつもりだ。
ローブや服を仕立てたらどのくらいかかるか聞いてみたら、金貨一枚から二枚程度とのこと。いつかお金持ちになったら仕立てようか。
そうこうしてるとめっちゃめちゃ疲れてきた。やっと緊張から解放されてきたようだ。俺は広場の露店で多めのメシを買って、郊外まで出て、ハウスに入った。
一杯やりながら寝る。明日のことは明日考える。
◇◇◇◇◇
夢を見た。
妻がストレージに入ってる。しかしどうやっても取り出せない。じゃあ俺がストレージに入ろうとすると、ハウスに入ってしまう。妻がいるポケットに移動しようとしても、またハウスに入ってしまう。そのハウスは、ストレージの中にいる俺の頭の中のハウスで、同じことを繰り返すうちに、俺の頭の中のハウスにいる俺の頭の中のハウスにいる俺の…… どんどん深みにはまっていき出られなくなる。
◇◇◇◇◇
目覚めて、ペプに生魚を出して水を替えてあげる。俺も干し肉とフルーツを食べる。
昨日のことを回想してみる。インプは火球さえ気をつければ大した敵じゃない。不意打ちじゃなきゃ食らうことはないだろう。攻撃手段が火球だけだとすれば、カモだと言える。
しかし、俺の攻撃力のなさ。剣はあるけど、使い方は独学、というかゲーム漫画ドラマ映画の知識だし、訓練もしてない。上手く使える訳がない。かといって道場に通うのはなんか合わない気がする。防御力はあるから、いい感じの敵を見つけて実地訓練するか。あと、攻撃方法で一つ思いついたのがある。あとでやってみよう。
そして、盗賊のことだ。あの時、とどめを刺さずに放置してきたのがずっと引っかかってる。人間相手に戦うのが怖かったのだ。そして逃げてきた。元の世界では、暴力で戦わずに話し合い、法に委ねることが自己防衛の最適解だった。きっとこの世界では違うだろう。正義とか言うつもりはないが、悪即斬、やられたら倍返し、それができなかったの自分が残念だ。強くありたい。
「よし、ペプ、行こうか」
俺は攻撃方法を仕込むために、川沿いの街道を歩き、岩場に辿り着いた。
口から出したフルーツの皮と種、あれを捨てた時に気がついた。動いてるものは動いてる状態のままストレージに格納される。口から飛ばした種をストレージに入れると、飛ばした状態でストレージから出てくる。
そこで思いついた攻撃方法、落下速度がついたバスケットボール大の石を敵の頭上に落とす。名付けてロックフォール。
俺は試しに、拳大の石を拾って上に放り投げ、落下して地面に落ちる寸前でストレージに吸い込む。そして目の前の頭の上の高さの空中に石を出すと、ストンと落ちた。
今度はバスケットボールくらいの大きさの平たい石を、ぜーはー言いながら持ち上げて、同じことをしてみる。殺傷力は申し分ないが、重くて仕込めない……。
息を整えつつどうしたもんかと考えていたら、閃いた。
足元の大きな岩を一度ストレージに入れ、一回頭の高さから落とす。そして地面につく前に吸い込む。もう一回落として、さらに速度を付け、吸い込む。
——うわ、簡単だ!
俺は調子に乗って何個も何個もロックフォールを仕込んだ。
そして日が暮れる前に、地下神殿の方に歩いて行った。