聖戦
王宮の裏庭を抜ける。リーゼロッテに会いに来るときに飛び越えた壁の石を、今回はストレージに吸い込んで、通り道を開けた。
壁はブロックの石を積んであるだけだ。セメントで固められているわけではない。ブロックをストレージに吸い込めば簡単に穴を開けられる。上の方の石が崩れて降ってくるので、それもストレージに入れる。
俺たちは王宮の東側の道路に出た。ひとまず城からは脱出できたが……。
「行く宛はあるか?」
みんなに向かって聞いてみた。護衛たちは顔を見合わせて、首を振った。
「よし、ひとまず最近俺が入手した屋敷に隠れよう」
道場のことだ。地下室があるから敵が来てもやり過ごせるかも知れない。
魔族に破られた城門から、王宮区画の壁の門、王城の門までは幹線道路が敷かれている。北門と西門を繋ぐ目抜き通りの、街の中心部から道が分かれ王城に続いている。
敵軍の進行ルートもおそらくそれだろう。そこかしこに敵兵が残っているはずだ。道に出れば敵に見つかる。
道場はその手前にある。いったん隠れ、夜に紛れて王都を脱出するのがいいかも知れない。行き先についてもみんなと相談する必要がある。
俺たちは最大限の警戒をしながら道場に向かったが……。
「な……! 燃えてる! マジか……!」
道場は壁に丸く穴が空き、屋根が崩れ落ち、火事になっていた。魔族が放った熱線で道場は破壊されていた。道場があったはずの場所から北門前広場が見える。広場からここまで一直線に穴が空いている。
「俺の……俺の屋敷が……」
元の世界では賃貸マンションに住んでいた。酒代を計算に含めたエンゲル係数がとてつもなく高い生活をしていた俺にとっては、マイホームなんか夢のまた夢だった。
そんな俺が初めて手に入れた持ち家は、ドラルのクソ魔族ヤローが放った熱線で消滅していた。
リーゼロッテと護衛は城にいたから魔族との戦いを知らない。膝から崩れ落ちて落胆している俺に、クンツが不思議そうに問いかけた。
「タクヤ殿……これはいったい……」
「魔族が放った魔法でやられた……」
「なんと! 魔族とは化け物ですな……!」
妙は言い回しだ……。
「……行く宛が無くなった。どうすべきだろう?」
「隠れ家がなければ王都を出るのが最善でしょうな」
そのへんの家に隠れることも考えたが、国王が降伏すれば国民はそのままの生活を送れるらしい。今は逃げていても戻ってくる。であれば王都以外、ヨーギやエリース村とかに隠れる方がいいか。
雨風を凌ぐことを考えるとヨーギには隠れられるところがない。宿屋に泊まればすぐに敵に見つかることだろう。エリース村はエリックの家かエリザベスの家になる。しかし、そこにも敵の手が回るだろうな……。
しかし、リーゼロッテも護衛どもも、戦争になったらこうなることは少しは予想できたはずなのに、何も準備してないのか。
みんなの顔を見回すと、完全に俺に全権を委ね全てを託し哀れな子犬のような目で俺を見つめていた。リーゼロッテだけならわかるが、護衛どももだ。
「よし、フォートモーラーに行くぞ」
みんなが驚いた。
「ちょっ、それってダンジョンよね? 攻略しにいくわけ?」
ゲルダのまん丸の目の上で眉毛が訝しそうな形をしている。
「攻略するわけじゃない。あそこは風雨をしのげる。比較的安全なフロアまで近道がある。敵はそれを知らないはずだ。安全だ」
「モンスターがいるんじゃないの?」
「おまえたちなら余裕だろう。盾があればもっと余裕だ」
一度行っているリーゼロッテ、カイ、クンツはすぐに理解したようだ。
「ゲルダ、タクヤに任せれば全部大丈夫よ」
リーゼロッテがテキトウなことを言う。そういうことじゃない、ちゃんと理屈で最適だと言って欲しい……。
「まずは敵の包囲を抜けることですな」
クンツの言うとおり、北門の門前からここまで一本道ができていて、見通しがいい。すぐに敵に見つかった。
敵は四人だ。さっきよりずっと少ない。
「余裕だな。速攻で黙らせるか」
俺が距離を詰めるために走りだそうとした瞬間、
「お——い! こっちだ! 敵兵がいるぞ!」
敵兵の一人が大声を出した。
「ちっ!」
思わず舌打ちした。
——ファイアボール!
魔法は騒いだ敵兵に直撃し、周りの三人も吹き飛ばした。しかし、爆発を見て別の敵の集団が駆け付けて来た。あわてて余計なことをしてしまった……。
四、五十人くらい集まってきた。しかも、そいつらも別の集団に呼びかけているようだ。
「逃げよう」
俺たちは魔族の光線の跡を辿るように、北門へ向かって走った。敵兵が追いかけて来る。火が出ていない建物の中を通ったりしたものの、敵を巻くことができない。北門に向かってるのがバレているんだろう。リーゼロッテのペースが遅いのもある。それでも敵兵には追いつかれない速さで走っている。
ようやく広場まで辿り着くと、敵はさっきの倍の人数になっていた。
リーゼロッテは肩で息をしている。鎧の重さに慣れていないようだ。四人の護衛はケロッとしている。
クンツに関しては結構な歳のはずなのに、全身の半分以上をプレートの鎧で覆っていて、なおかつ巨大な両手剣をぶら下げているのに、息が切れていない。
他の三人も化物級の体力だ。俺はエンチャントアイテムのおかげでかろうじて足を引っ張っていない。
北門は敵兵に抑えられていた。門は魔族に壊されたので閉まっていないが、敵兵が十人くらいで人の壁を作っている。まあ、そっちは蹴散らせば問題ない。
しかし、リーゼロッテの体力が限界だ。門を突破できるだろうか?
敵兵に追いつかれた。門の兵と追いかけてきた兵で挟み撃ちの状態になった。門の敵兵は専守防衛を決め込んでいるようだが、後ろの兵たちがジリジリと間を詰める。
——皆殺しにするしかないか……
覚悟は決めたはずだったが、敵兵に混ざっている悪人には見えない気の弱そうなやつを見ると、やはり躊躇する。剣を振り上げて襲ってきてほしいが、それを待っていたら俺たちがますます危険になる。
俺の迷いを察したのかどうか分からないが、クンツが言った。
「タクヤ殿なら門を抜けられるだろう? ワシらはあいつらを抑える。姫を連れて先に逃げてくれんか?」
俺とリーゼロッテを先に行かせて後続を止めておいてくれる作戦らしい。確かに、この四人なら大丈夫そうだが……。
「本当に大丈夫か?」
「アタシは一人でも大丈夫よ」
「俺も問題ない」
ゲルダとカイも同意した。イーヴォも目が合うと無言で頷いた。無口なのか。
敵の中で三人ほどが、包囲を抜けだして襲いかかってきた。功を焦ったんだろう。それが寿命を縮めることになる。
——アイスボール!
ストレージから放ったアイスボールは、先頭を走っていた敵に直撃した。冷気の爆発は、炎のそれとは違って派手さが少ない。物足りない気がするが、人を含め変温動物にはテキメンの効果がある。敵兵は身体の自由を失い、走っていた勢いそのままに倒れこんだ。
さっきとは逆に、派手にファイアボールで牽制すればよかっただろうか? 今からもう一発撃つか、と思ったが、え? 今なんで撃った? って思われそうで憚れる。
しかし充分効果があったようだ。アイスボールを見ていた他の敵兵は怖気づいたのか、かかってくることはせずに、また、ジリジリと包囲を狭めてきた。
「あいつはなんだ……無詠唱で魔法を撃ったぞ」
「さっきの魔王とは違うのか?」
「魔族の仲間じゃないのか?」
「なんだこの国は……魔物の国か」
「ハロン王国は魔族に乗っ取られてたんじゃないのか? だから我が国はこんなに急いで討伐を……」
「あいつらは魔族か」
「聖戦だ」
「聖戦だ!」
「聖戦だ!!」
なんか、敵兵が勝手にいろいろ勘違いしてやたら士気が上がった。さっきのは魔王じゃなくてただの魔族で、そいつを追い返したのは俺だぞ……。そしてカモフラージュ無しで無詠唱の魔法を撃ってしまった。失敗した。
「このままでは不利だな……」
遠巻きに囲まれたままとはいえ、この盛り上がり、そのうち一斉にかかってきそうだ。それはヤバい。俺はともかくリーゼロッテが危険だ。
俺は護衛たちに問いかけた。
「本当にいいんだな?」
みんなが頷いた。
「分かった。先に行く。集合場所はさっき言ったとおりだ」
俺はロングメイスの先を光らせた。ロングメイスから魔法を撃つと見せかけて……。
——アイスショットガン!
俺は、囲んでいる敵兵と北門を塞いでいる兵に、旧タイプのアイスショットを撃った。包囲してる敵兵に百八十度、反対側の門の兵に十度、合計百九十度にアイスショット、合計三百数十発、一斉に撃った。
ファイアは火事になる、アイスボールにしなかったのはなるべく死なないようにという配慮だ。
「リーゼ、俺に捕まれ」
「こう?」
「いや、もっと、首に手を回して。いいか、何があっても絶対離すなよ」
そして俺は飛んだ。
「キャーーーーーーーー!!!」
耳元で絶叫がうるさい……。音が聞こえなくなる魔法はないだろうか?
元の世界には、爆音と光で人を無力化する手榴弾があった。実物は見たことないが。爆発するわけじゃないから手榴弾ではないか。グレネードと言うのが正しいのか。
さすがにこの世界にスタングレネードは無いと思うが、同じような攻撃魔法を敵に使われたらヤバい。耳を一時的に聞こえなくなるする防御策が必要だ。耳栓でもいいだろうか? 閃光対策としてはサングラス。しかしプラスチックは無い。
耳元の絶叫を空中で我慢しながらそんなことを考えた。
できればフォートモーラー付近まで飛んで行きたかったが、うるさいリーゼロッテがだんだん静かになってきて、逆に心配になったので、街の北門から徒歩十分くらいの草原に降りた。




