一言
魔族は帰っていった。正直言って助かった。
「借りは返したのじゃ」
姉幼女神が言った。
「たった一言でかよ」
確かに、ピンチの時に一回だけ助けてくれると約束した。たった一言で済ませられるとはずいぶんエコだな。まあ、本当にピンチだったからしょうがないが。
妹幼女神は、俺の後ろの方にいた。魔族との戦いを助けてくれるために来たんじゃないのかな。翻訳スキルをくれただけか。
「なあ、あの魔族を倒すために俺をこの世界に呼んだのか?」
「あたしが呼んだわけじゃないのよ。この世界の人間が呼んだのよ。この世界の人間が迷惑をかけたからあたしは少し助けただけなのよ」
「そうは言っても魔族を倒して欲しいんだろ?」
「それはそうなのよ」
「なら人に任せずに神様が積極的に召喚した方がいいんじゃないか? それか召喚者に無敵の力を与えるとか」
妹幼女神は淡々と答える。
「そうもいかないのよ。神はこの世界の生き物を少しだけ助けることしかできないのよ。因果律は大きく歪めないの。それに、せっかく人族が頑張って召喚しても、召喚者はこの世界に馴染まなくてすぐ死んじゃうのよ」
なんだそれは……熱帯魚が水道水に合わないみたいな……。
「俺もすぐ死ぬのか?」
「あなたは猫がいるから馴染んでいるの。こういうこともあるって勉強になったのよ」
ペプのおかげか……。
「シスターも召喚者なんだろ?」
「そうよ」
「馴染んでいるのか?」
「彼女も馴染んでいるわ。だけど詳しいことは教えられないの。未来が変わってしまうのよ」
「未来って……未来が分かるのか?」
「神なのよ? 実現しうる未来の何パターンかは見えるのよ」
「その割にはお前の姉は千年も悪者に摑まってたぞ。見えなかったのか? それに、ずっといなかったのに探さなかったのか?」
「忙しかったのよ。二千年たったら探すつもりだったのよ」
「うむ、千十年目でおぬしが助けてくれたからの」
姉幼女神が嬉しそうに言う。嬉しいのか。
「ピンチを救うって約束、さっきの一言だけってのはないだろう」
「しかしあのままでは死んでたのじゃ」
「なんとかストレージに吸い込めただろう?」
「確かにのう、そうかも知れん。だが、死ぬ未来と死なない未来が見えておったのじゃ」
俺が死にかけたってのに、姉幼女神は嬉しそうに話す。
「お主を助けになってやりたいのじゃが、妾が与えられるものをお主は全て持っておるのじゃ」
「じゃあ俺はさっきの魔族を倒せるのか?」
「うむ、力は持っておるぞ」
——マジか……どういうことだ?
「ちょっと待て今の話、本当か? さっきのやつめちゃめちゃ強かったぞ? 今の俺じゃ奴にかなわないぞ?」
「そろそろ神力が切れるの。この辺に張った結界も切れるのよ。帰るのよ」
「さらばじゃ」
姉妹は急に消えた……。
城門からハロン王国軍が流れ込んでくる。退却しているようだ。もしかして、今まで結界のせいで退却できなかったのか? ひょっとしてかなりの被害が出ているんじゃ……。
まあ、魔族と神様がやった事だし、しょうがないか……。そう考えよう……。決して俺のせいではない。魔族が一番悪い。
それよりも、城門が完全に破壊されているからイグレヴ王国軍が入ってくるのも時間の問題だ。こうしてはいられない。
リーゼロッテが心配だ。俺は城へ走った。
城へ着くと、衛兵に話が通っていたらしく、城内へ案内された。会議室に国王、宰相、リーゼロッテとそれぞれの護衛が鎧を着て待機していた。空気が重い。
リーゼロッテが立ち上がり、抱きついてきた。涙声になっている。
「遅かったわねタクヤ。何してたのよ。来てくれないのかと思ったわ」
「すまない、ダンジョンにいた。急いで駆け付けようとしたが、魔族と戦いになった」
「なんと! 市門に現れた魔族と!」
国王が大袈裟に驚く。自国が敵軍に攻められている時に魔族まで現れた国王の気持ちは俺には分かりそうもない。
「なんとか追い返してここに駆け付けた」
追い返したというか、完敗だったが向こうの都合で帰ってくれた。そもそも俺が海水を大量に流したのに怒ってキャッスルヒルパートから出てきたんだ。俺のせいだ。それは敢えて言わないことにしよう……。
「俺の仕事はリーゼロッテを安全なところに避難させることだろう。すぐに行こうか」
「待ってくれ、タクヤ殿、もう一つ頼みたいことがある」
「なんだ?」
「私は降参することにした」
——!?
「イグレヴ王国軍から使者が来おってな、降参するなら国民の安全は保証するそうだ」
——!
「敵は強い。指揮官はみな魔闘気を使う。魔術師部隊もわが軍よりずっと多い。市門を破られてはもはや太刀打ちできぬ」
——……
「そこでだ、我が国の財産をタクヤ殿に持って行ってほしい」
——!?
一瞬、また大金持ちになれるのかと思ったが、そんな訳はないな。
「敵に強奪されるくらいならタクヤ殿に託したい。ただし、リーゼロッテのことはよろしく頼む」
——マジか……
伝令が入ってきて、大声で叫ぶ。
「敵軍は王宮区画門を突破しました!」
「ここが包囲されるのも時間の問題だな。タクヤ殿、急いでくれ」
ここに来たばっかりなのに次の門もあっさりと落とされたのか……。っていうか、脱出できなくなる?
俺は国王に促されて、会議室の隣の宝物庫へ向かった。
宝物庫には、俺がフライターク伯爵から奪った宝がそのままあった。宝箱の中身は減っているんだろうけど。
その他に金貨が詰まった宝箱が二つ、フルプレートアーマーや鎧のセットと何本もの剣、魔法の杖、ローブ、その他武器や革鎧やアクセサリーが入った大きな物入れがある。
「全て持って行ってくれ。その代わり、くれぐれも娘を頼む」
「……分かった。いったん預かろう」
俺は全てストレージに入れた。くれると言うが、国王の物じゃなけりゃリーゼロッテの物だ。王国復興の時に必要になる。……復興するのか? それは今は考えないでおこう。
「イーヴォとゲルダもリーゼロッテに付ける。さあ、行け」
国王直属の護衛の二人が俺を見て頷く。イーヴォは銀色のフルプレートアーマーと両手剣を装備、元の俺より少し若そうな男だ。質実剛健って雰囲気だ。
ゲルダは目がくりくりしたなかなかの美人だ。長い髪を後ろで縛って、鎖帷子の上に黒い羽織り物を付け、黒い革のショートパンツを履いている。なんとなくくノ一を想像させる。腰から下げている細身の剣は女性らしい草花をモチーフにした装飾が施されている。
俺が来る前に護衛の二人を含め、みんなに話は通っていたようだ。国王の二人の護衛と、リーゼロッテ、カイ、クンツで逃げることになっている。
「分かった。すぐに行こう。抜け道はあるか?」
「いや、ない」
マジか。俺が知ってるお城って必ず脱出できる抜け道があるもんだが。まあ、フィクションの城しか知らないけど。
「分かった。リーゼロッテ、正面から出る。離れるなよ」
別れは済んでいたらしく、リーゼロッテは国王を数秒見てから、小走りに付いてきた。リーゼロッテを囲むように護衛四人が付いてくる。
王城の玄関口を出ると、ちょうど敵軍が王城の城門に到着するところだった。
「王宮の方に回りましょう」
ゲルダが言う。初めて声を聞いた。
「とりあえず、包囲網から脱出しよう、行き先を決めるのはその後だ」
王城と王宮は、城門から続く城壁で遮られているが、通行の便のためか一部に穴が開けられており、いかにも勝手口っぽい木の扉が付いている。王宮にも門があるが、城門に比べれば比較的簡単に突破できる。つまり、完全にセキュリティホールだ。
勝手口を開けて王宮の庭に入ったところで、敵軍に遭遇した。
二十人ほどの一団だ。一個小隊ってやつだろうか。お揃いの革鎧とヘルメットを装備している。盾持ちが五人、すでに抜剣している。後ろの二人は杖を持っている。魔術師のようだ。
「なんだこいつらは? 逃げようとしているのか?」
「王族だな。捕らえろ」
一番偉そうな奴に一発で王族だってバレた。まあ、軍のお揃いとは違う俺らの装備を見れば誰でも分かりそうだが。
俺は敵に歩み寄った。
——ディスアーム
「剣が! 消えたぞ!」
剣を向けて包囲しようとする敵に近付き、剣と盾と兜をストレージに吸い込む。そして……。
——シュート
人間は飛ばせないが、着ている鎧は飛ばせる。敵兵を鎧ごと次々に斜め上に飛ばした。一応手加減して十メートル程度の高さまで打ち上げた。打ち所が悪ければ死ぬが、まあ仕方ないだろう。一人だけちょっと飛ばしすぎて、城壁を超えて中に入ってしまった。
「な……なんだこいつは! 魔法兵!」
敵の魔術師が魔法の杖を前に出し、呪文を唱え始めた。杖の先に小さな魔法陣が現れ、光りだす。魔術師の問題か杖の問題か、発射がやたら遅い。
——シュート!
魔術師の手と顎に高速に飛ぶ焼け石を放った。敵は詠唱を中断され、杖を取り落とし、発射はキャンセルされた。
ついでにその隣で口をあんぐりと開けている魔術師の口にも焼け石を打ち込む。石は前歯を砕いて口の中にずっぽり入り、魔術師は地面をのたうち回った。
「な、な……応援を呼べ!」
それは困る。俺は残りの兵士全員に、石と焼け石を数発ずつ当てた。
一番偉そうなやつだけまだ動ける。魔闘気——プロテクションか。しかしそれなりにダメージがあるようだ。
敵兵は、かかってくる、と見せかけて背中を向けて走り出した。俺はプロテクションで強化された石のストレージショットを放つ。石は敵の革鎧と胸部を背中から貫通した。
——やべ、死んだかも……
まあ、しょうがない。あいつが悪い。
「急ごうか」
俺はリーゼロッテと護衛たちに言った。ゲルダが目をまん丸にして驚いている。ストレージショットを見せたのは初めてか。
そういえば、いくら魔法でも無から質量を生み出すのは不自然だから、矢を撃たないようにしているが、今、人前で思いっきり石を撃ってしまった。焼け石を有効に使いたいという俺の貧乏性のせいだ。まあ、この人たちにはストレージにいろんなものを出し入れしてるのを見ているので、別にいいだろう。いろんなものと思ったが、宝物しか見せてないか。まあ、同じか。
俺たちは先を急いだ。




