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俺の仕事

 そいつは俺を見上げ、俺に向けて指を指している。この辺りには俺しかいない。間違いなく俺に向いている。


 兵たちが一斉に俺を見る。ものすごく目立っている。こういうのは好きじゃない。俺は何かリアクションするべきだろうか? みんなが見ている。最適な行動が分からず、やつをじっと見る。


 風貌からすると、なんとなくやつは魔族のような気がする。異星人なのか? ヨーギのダンジョンにいたタスネルに比べて随分強そうだ。顔も全然違う。馬と羊くらい、いやもっと違う。


 タスネルに会う前に勝手に想像してた、魔界から来た魔族のイメージに近い。まあ、魔界ってどんなところなのか知らないけど。


 そいつがどこから来たのかは分からないが、もし魔族ならあいつの相手は俺の仕事だよな。指名されているようだし。めちゃめちゃ強そうで不安だけど。



 魔族っぽいやつは、城門に向かって手を伸ばした。ハロン王国軍の兵がサーッと左右に散る。兵士たちがパニックになる。


 魔族はファイアボールを門に向かって撃った。爆発が起き、木製の門は炎を上げているようだ。城壁の上からは見えない。


 すると魔族は両手を伸ばして、一発目より大きなファイアボールを撃つと、門は破壊された。魔族はまた歩き出し、街に入ってきた。


——仕方ないな……


 俺は城壁から市内方向へ飛び降り、城門へ向かった。



 俺は魔族と、城門前広場で対峙した。やつの顔が怖い。心臓がバクバクする。何かごちゃごちゃしゃべっているが、さっぱり分からない。


「よくもダンジョンを汚してくれたな。数年かけて準備した召喚魔法陣がパーだ。って言ってるの」


 いつの間にか俺の隣に幼女神がいた。黒いゴスロリ服を着ている。俺をこの世界に連れてきた妹の方だろう。久しぶりだ。前回は酔い潰れていたので、顔を見るのは初めてだ。かなり整った顔をしている。さすが女神様か。


「やっぱりいたのね。あいつが魔族なのよ。魔界から来たの」

「やっぱりって、いるのは知ってたんじゃないのか?」

「ダンジョンの中は神避けの結界があって見えないのよ」

「あいつは異星人じゃないのか?」

「異星人はただのマナ泥棒なのよ。この魔族は魔界から来て、魔王を召喚しようとしているの。ほっとくと大変なことになるのよ」


 魔族がモガモガ言っている。俺は幼女神に聞く。


「なんて言ってるんだ?」

「面倒だから魔族語のスキルをあげるのよ」

「#%$#+そいつは神か」


 突然はっきりと聞こえてきた。


「なあ、この世界の言語のスキルもそうやってくれたのか?」

「そうなのよ。この世界の人間の話し言葉が通じるスキルなのよ」


 やっぱり。俺はこの世界の人たちと直接話してるんじゃなくて、スキルを通して理解しているのか。道理で、こっちの中世世界の会話に元の世界の現代の外来語が混ざってておかしいと思ってたんだ。



 せっかくなので魔族に話しかけてみる。


「俺はダンジョンを汚した覚えはないぞ」

「海水を大量に流しただろ」


——それな……


「それは……すまなかった。許してくれ」

「ふざけるな」


 謝ったがダメだった。数年越しのプロジェクトが潰れたんだったら、口先で謝罪してもダメだろう。俺なら許さない。激怒だ。


「横にいる女は神か? 貴様は神の眷属なのか?」

「いや、違うぞ」

「実際のところ、そうなのよ。異世界から肉体を運ぶときに微粒子に分かれるの。それを神力で再構成するのよ。だから眷属になるのよ」


——マジか


 と言われてもピンと来ないな。メリットもデメリットも分からないし。


「その割には久しぶりだな。眷属ならもっと助けてくれてもいいんじゃないか?」

「あなたは何回か探しても見つからなかったから死んだと思ってたのよ」


——あれか、きっとストレージハウスにいると見つからないんだな……



 とにかく、闘いは避けられそうにないな。めっちゃ怒ってるし。っていうか、こいつを倒せば俺のミッションクリア? 南国で悠々自適の生活が目前か? 始めから全力で行くか。


——ファイアショットガン!


 全力と言いながら、小手調べに古いファイアショットのショットガン、三十発同時発射。全弾が命中したようだ。煙で視界が遮られる。


 俺はすぐさまストレージにロングメイスを収納し、代わりにバスタードソードを出して魔族に駆け寄る。横薙ぎに斬る。魔族が開いた左の掌の先に魔法のシールドのようなものが発生していて、俺の剣はそれに当たって弾かれた。硬い。ファイアショットも全てシールドでガードされていたみたいだ。


 軽く剣で三連撃のあと思い切り突くコンボを試したが、全てシールドで防がれた。シールドはプロテクション魔法と同じもののような気がする。



 魔族の反撃、前蹴りを繰り出した。速くて避けられない。俺は後ろに飛びながら腹にプロテクションを集中してガードした。ふっ飛ばされて距離が開いた。ダメージは無い。


 やつの右の掌の先からファイアボールが飛んできた。それは難なくストレージに吸収した。


 魔族がもう一発放つ素振りをして途中で止めた。


「ふむ、貴様、魔力が無い雑魚かと思っていたが、違うようだな。次元魔法の呪いにかかっているのか」


 俺は魔族から視線を外さずに、顎だけ幼女神に向けて聞く。


「そうなのか? 呪いなのか?」

「そうなのよ。次元魔法を覚えると他の魔法が使えなくなるから呪いと言われているのよ」

「ちょっ……なんでそんなものを……」

「だってあなた、神殿を汚そうとしたのよ? 咄嗟だったの。それに、次元格納魔法はあなたと相性が良かったのよ。多分、前の世界の職業に関係してるのよ」


——データベースエンジニアだったからなのか……?


 なんか、いろんなものをデータベースに格納するのが得意だからか? 情報と実物の違いはあるが。



 その話は置いといて、今は目の前の魔族を倒さないとマズい。この戦いに負けたら死ぬよな。ヤバいな。本当にヤバくなったら飛んで逃げればいいかな? 神様置き去りにするけど、大丈夫だよな? だけどそれはものすごくかっこ悪い気がする。


 やっぱ逃げずに倒すしかないよな。あのシールドが厄介だ。あ、攻略法を思いついた。


 俺は再び接近して斬りかかった。シールドに剣を当て、押す。鍔迫り合い?とは言わないか。


——よし、届く、マジックミサイル改!


 シールドの向こう側、シールドと魔族の間からストレージショットを撃った。


 魔法の矢は魔族の胸に刺さり、爆発した。


——結構効いただろ


 思ったとおり魔族のボディもプロテクションで防御されているが、致命傷にならないにしてもマジックミサイルは効いてる。


 俺はフェイントを混ぜながら剣を振った。シールドのない方向から数発ずつマジックミサイルとアイスミサイルを撃ち込む。


 魔族はさっきファイアボールを連発していたから、ファイア系は効かないお約束があるかも知れないのでアイス系で攻める。この戦法は効いてる。


 魔族はシールドを消し、グーパンチでインファイトを仕掛けてきた。スタイルを変えてきたが、俺のバスタードソードは短剣と同じくらい接近戦に向いている。重心が手元に近くてバランスがいいのだ。


 何撃か撃ちあう。俺の攻撃は当たっているが、魔族の体捌きが上手く、クリーンヒットしない。それにプロテクションに阻まれて傷を付けるまではいかない。貴様の血は何色だ? いや、それは単なる興味だ。


 魔族のパンチとキックも俺にヒットする。しかし急所は避けているし、プロテクションの集中によるピンポイント防御も効いていて、ダメージはほとんど無い。


 だが、お互いプロテクションで防御をすればマナが減る。マナの削り合いの勝負か。魔族がどれほどのマナを持っているかは想像できない。ダンジョンを作るほどだから俺よりずっと多いかも知れない。持久戦は不利か。



 必殺技を使う。


 前蹴り、踏み込んで袈裟斬り、逆水平に大きく剣を振ってからの……。


——ブラインド!


 大振りしたのを隙だと思った魔族にカウンターで決まった。そして……。


——石!


 やつの頭の倍の大きさの、プロテクションエンチャント石のロックフォールがヒットした。もっと大きな石を落としたかったが、脳天に直撃させたいのに角が邪魔だ。ロックフォールにこんな弱点があるとは。今度から、今回のように石の角が下を向いて落ちるようにうまく調整して仕込んでおこう。



 畳み掛けようとしたが、バックステップで距離を取られた。俺が食らったら即死するほどのロックフォールを耐えられた。


 ロックフォールの直撃のせいで魔族の目が少し飛び出て、左右に開いた。ヒラメか。いや、ハンマーヘッドシャークやシュモクザメを思い出させる。顔がますます怖くなった。別の方向に。目の焦点は合ってないが、俺を睨んでいるようだ。



 俺のとっておきを当てたものの、決定打になってない。魔族は強い。今の俺より全然強いんだろう。しかし手は届く範囲だ。今日初めて魔族を知った。知れば対策ができる。スパーで想定した戦術を訓練できるし、強化魔法をあと何倍強くすればいいかも分かる。しかしとにかく今は、この状況を生きて切り抜けることだ。


 俺にはまだ見せていない技と武器がある。最強アイスランスを当てられれば確実に勝てると見込んでいるが、至近距離では俺も死ぬ。どうするか。とりあえず骨軍団を呼ぶか……。



 魔族は呪文を唱えて何か魔法を発動しようとしている。さっきはファイアボールを無詠唱で撃ってきた。次はもっと威力のある魔法か。


 いいだろう。ストレージに吸い込んで、魔法を撃った隙を狙ってトゲハルバードを叩き込む。それはフェイントで、アクセルを使って背後に回り、決戦用ナイフでバックスタブを……。何パターンも思い浮かぶ。やってやる!


 魔族は両手の掌を俺に向けた。空中に大きな魔法陣が現れる。


『ダメじゃ!避けるのじゃ!』


 頭の中に声が聞こえた。


——アクセル!


 俺は横に飛んだ。瞬間、俺がいた場所を、俺の身体を丸ごと包んで焼けるほど太い熱線が走った。


——マジか……


 ストレージに吸い込めたかどうか……アクセルじゃなきゃ避けきれずに半身を失っていたかも……。


 振り返るとビームは、街の建物を一直線に破壊していた。街の逆側の城壁まで破壊してそうだ。街の人に被害がなければいいが……。戦争で避難していることを願う。


 魔族は肩で息をしている。やつにも相当負担があったようだ。チャンスなのかも知れないが、俺は驚きとビビりで足が前に出ない。



 すると俺の隣に突然、姉幼女神が現れた。ピンクのフリルのついたロリータファッションだ。日傘を持ってる。


「神が二人か。分が悪いな」


 全然そんなことはなさそうだが……。神様は戦わないみたいだし。しかし、そう思ってもらえると助かる。


「せっかくの上玉だ。ここで殺すのは惜しい。俺のダンジョンで殺してやる。一年以内に死にに来なければ魔界の王が現れるぞ」

「待て、お前の名前は?」

「ドラルだ。覚えておけ」


 そう言うと目が左右に開いたままの魔族は、歩いて城門を出て帰っていった。



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