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大木

「ペプ、気持ち悪い部屋があったよ」


 ペプはハウスの部屋の真ん中で、仰向けになって腹を出して寝ていた。前足がにょきにょきと天井に向いて伸びている。


 俺が帰ってきたのに気づくと、ゆっくり伸びをしてから起き上がって、とてとてと歩いてきた。ペプを抱え上げて、俺の顎を舐めさせてやる。



 食事の前にシャワーを浴びたが、やっぱり風呂に入ることにした。虫に囲まれてゾクゾクした感触がずーっと消えていく気がした。まあ、また明日もゾクゾクするんだろうけど。


 風呂の中でぼーっとしていると、うっかり寝そうになる。寝るというが、実際は失神するらしい。水圧と温度で血圧が下がり気を失うんだとか。


 元の世界でも過去にそれで溺れかけたことがある。仕事が忙しすぎた。数日ぶりに自宅に帰ることができて、寝る前に風呂に入ろうとしたことが良くなかった。



 元の世界の職業はシステムエンジニアだった。コンピュータシステムの設計と製造をする仕事だ。俺はデータベースをよく担当していた。システムが使うデータを記録し、アプリケーションプログラムで効率よく使えるようにする、そういう仕組みを設計して構築する担当だ。


 本当は研修でも独学でも学んで詳しくなった、データベース専門のエンジニアとしてやっていきたかったが、中小企業ではそれは許されなかった。


 あの当時は設計やプログラミング以外に、顧客との折衝やチームのマネージャーも担当していて、明らかにオーバーワークだった。気づかないうちに体力も心も削られていった。あの時に比べたら今はどんなに楽なことか。今となっては虫地獄すら恵まれた職場と思えてくる。まあ、嫌なものは嫌だが。



 時間が分からないといっても、ダンジョンに入ってから二日は経っていないはず。感覚的にはまだ真夜中だ。風呂で寝そうなほど疲れているとは。


 改造ヒールのおかげで若返って筋力もスタミナも増したとは言え、実際はアラフィフの男。このくらいが普通なのかも知れない。


 それに、こっちの世界に来て急にいろいろ変わりすぎた。そろそろそういう疲れが出ているのだろう。



 風呂から上がり、ペプと一緒に食事にする。俺はいつか焼いた牛のステーキをつまみにジンロックを一杯やる。ここは思いっきりダンジョンの中で、俺はひとりぼっちだが、ストレージハウスのおかげで安全だ。ペプも一緒だ。風呂もある。なんなら暫くこのまま過ごしてもいいと思う。退屈だけど。


 しばらくゆっくりしたいが、なるべく早めにリーゼロッテに会いに行かなければいけない。


 ペプとひとしきりスキンシップをして、今日使ったスケルトンのお友達と武器のマナを補充して、自分スリープをかけて寝た。



  ◇◇◇◇◇



 夢を見た。


 PCでプレゼンテーションツールに絵を貼り付けている。画面の左半分にペプ、右半分にスケルトンだ。ペプの絵がやや小さいので、マウスを使って拡大する。するとなぜかスケルトンの絵が小さくなる。今度はスケルトンの絵を拡大する。すると今度はペプの絵が小さくなった。いつまでたってもバランスが取れない。



  ◇◇◇◇◇



 目が覚めて、朝のルーチンをこなす。なんとなく、ストレージハウスの空気の入れ換えを狭い虫だらけのダンジョンの中でやりたくない。大量に吸い込んであるから数日はやらなくても大丈夫だろう。



 ペプと一緒に朝ご飯を食べる。朝かどうかはわからないが。


 食べ終えたら早速外に出て、昨日の続きをする。ペプは今日もお留守番だ。虫がキモいからハウスにいる方がいいだろう。ペプが虫に触ってしまったら大変だ。



 地下九階の入り口の部屋から、くねくね曲がる通路を抜けて、虫地獄の大部屋に来た。


 昨日綺麗にした入り口付近にも虫がいるが、密度は薄い。虫が増えたわけではなさそうだ。奥から移動してきたみたいだ。




――骨のお友達カモン!


 スケルトンを四体、ストレージから出して戦わせた。昨日と同じく、ダンゴムシが丸まったら放っておいていいと命令した。


 しばらく、スケルトンが戦うところを見てて、たまにストレージに虫の死骸を入れ、ダンゴムシが丸まったら炎熱の剣で焼く。


――俺、いる意味あるのかな……


 俺はスケルトンをもう一体出し、ダンゴムシの焼き方を実演して見せた。そして炎熱の剣を渡した。


「ダンゴムシが丸まったら、このやり方で焼け」


 スケルトンは顎をカタカタ鳴らした。



 俺は通路に戻って、通路の途中でハウスに入った。


「ペプ、お友達にお任せして帰ってきたよ!」

「ナア」


 ペプはグルーミングの最中だったが、俺が声をかけるととてとてと寄ってきて、俺の顎を舐め始めた。



 俺はスケルトンに作らせたちっちゃい魔法の杖に水晶をインプラントし、地下神殿でゲットしたスケルトンを俺のお友達に変え、甘ったマナをでかい水晶柱にチャージしてマナを使い果たした。


 そして自分スリープで朝寝した。朝かどうかは分からないが。



  ◇◇◇◇◇



 目が覚めて、すぐに虫地獄の大部屋へ向かった。何時間寝たかは分からない。


 光る石ころを何個か放り投げる。戦わせていたスケルトンは、虫を殲滅して、遠くの方で突っ立っていた。俺は部屋をジグザグに歩きながら虫の死骸を回収して行く。スケルトンも回収した。


 なんか楽ちんだった。これでいいのだろうか。まあ、いいか、進めば強敵も出てくるだろう。俺は新しいスケルトンを二体出して護衛にした。



 大部屋を抜けるとすぐに下に降りる階段があった。


 地下十階は、地下八階までと同じ地下牢がモチーフのダンジョンに戻った。少し入り組んだというか、迷路っぽくなった。真っ直ぐ進むだけでは行き止まりになったりする。分かれ道に戻って別の部屋に進まなければならない。


 敵が現れるとすぐにスケルトンが斬る。カマドウマやムカデには触られたくないので大助かりだ。


 この階からスケルトンに定期的に探知魔法を使わせている。敵を探知するとそっちの方向に走って行き、俺の視界に入る前に片付けてくれる。スケルトンは灯りがなくても目が見えるらしい。もともと地下神殿や地下墓地の暗闇にいたからそうなんだろう。



 地下十一階も同じだった。途中で大バイソンが現れた。スケルトン二体で善戦していたが、時間がかかりそうなので、ストレージから矢を大バイソンの頭に撃ち込んで倒した。


 そこそこ強敵のはずなのにサクッと倒してしまった。楽ちんすぎるだろ。戦闘経験が貯まらない。ゲームのように経験値制なら、スケルトンが倒した敵の経験値が俺のものになって、俺自身は何もしなくても勝手に強くなるのに。



 地下十二階へ降りる階段はものすごく長い螺旋階段だった。石の階段でスケルトンの足音がカチャカチャと鳴る。元の世界の俺のままだったら、間違いなく途中でへばって何度も休憩している。膝が痛くて立ち往生していたかも知れない。まあ、そんな不健康だったらダンジョンに来ないと思うが……。


 飽きるほど螺旋階段をくるくる回り、辿り着いた先は巨大な空間があった。


 広さは野球のグラウンドくらいだが、高さは数十階建てのビルくらいある。螺旋階段で降りてきた分の高さがあるんだろう。そして明るい。ここにもダンジョンの謎の照明システムがある。


 そして、部屋の真ん中に、巨大な大木が立っている。太さが直径三十メートルくらいありそうだ。立っているというよりも、地面の下から生えていて、天井に突き抜けている。根が張っていない。このフロアでは大木の幹だけが見えているような状態だ。


 ダンジョンの構造を考えると、大木の真上はさっき通ってきた地下十一階だと思われる。螺旋階段を何回もくるくる回ったから確証はない。


 推測が正しいとすると、上の階には木は生えてなかった。ここの天井で切れているのかも知れない。もちろん地上にもこんな大木は出ていない。どこかで切れているのは間違いない。不思議な構造だ。



 スケルトンが大木の方へ走っていく。そしての前で止まり、上を見上げて剣を構え、そのまま止まった。


 木の幹にの上の方に、甲虫の大群がいる。コガネムシやカナブンがいるようだ。カブトムシとクワガタはいない。


——なんか、ガッカリだな……


 カブトムシがいそうなゴツゴツした幹なのにな。男の子としてはカブトムシとクワガタがいれはテンションが上がる。しかし、逆にいなくてよかったかも知れない。襲われたらたまらない。何しろ強そうだ。ガキの頃に見た雑誌に最強の昆虫はカブトムシだと書いてあった。俺と同じくらいの大きさだったら勝てそうにない。


 このフロアにいる甲虫は襲ってきたりはしないようだ。スケルトンも木を登れないので襲いかかれない。俺の魔法なら届くけど、無理に戦う必要もないだろう。


「そいつらは放っといていい、先に進むぞ」


 スケルトンに命令すると、顎をカタカタ鳴らしてから付いてきた。



 地下十三階は、地下十一階と同じ構造だった。しかし段々と迷路が入り組んでいる。左右の部屋に進んでから、一度戻る方向の部屋に進むような箇所があった。


——そろそろマッピングを考えたほうがいいかな……


 マッピングと言ってもこの世界の紙は高価だ。値段はともかく流通が少ない。手に入れるのに苦労する。白紙じゃなきゃ、本やスクロールがあるが、それらに地図を書き込むのは勿体ない気がする。


 一応、正解の道順には、淡く長く光るタイプの石ころを置いてきてある。それを辿れば迷わず帰れるはずだ。しかしこれはどんな事故や仕掛けで消えるか分からない。それに長持ちと言っても数ヶ月経てば消える。



 昆虫の他に大ネズミとトゲオオカミが現れたが、スケルトンたちが難なく倒した。



 迷路といっても、部屋が縦横斜めに通路で繋がっている程度のものだ。テレポーターみたいな罠があると堪らないが、この世界には空間魔法は無いらしい。俺の魔法を除けばだが。


 そう言えばこのダンジョンには罠がない。今のところは。それは助かる。



 地下十四階は、敵がいなかった。スケルトンの探知にもかからない。これは、またアリのテリトリーに入ったんだろうか?


 下り階段を見つけた。少し早い気がするが、俺はここで一泊することにした。



 全然戦ってない気がするので、骨先生たちとスパーをした。そしてマジックミサイル改などをストレージに補充した。


 ハウスに入り、一杯やりながら、骨のお友達を増やしたりちっちゃい魔法の杖を作ったりしてマナを限界まで使い果した。使い過ぎてちょっと気持ち悪くなった。自分スリープの分のマナが貯まるまでちょっと待ってから寝た。




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