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 ダンジョンに行こうと思ってたが、昼過ぎになったので今日はゆっくりすることにした。元々今日は遅いスタートだったし。まあ、別に日帰りするつもりはないので、今から行っても別にいいんだけど、なんとなく気分的に。


 俺は街の各店舗を周ってから道場に帰った。



 道場に帰ると、しゃもじが二十個出来ていた。


「ペプ、何をエンチャントしようか?」

「ナア」


 ペプに聞いても答えが出ないかなあとは思っていた。



 まず始めに一個だけ水晶をインプラントした。欲張って大きめの石を使ったら、石がしゃもじを貫通してしまった。一応固定されているからいいけど、表裏が分かりにくい感じになった。


 そもそもしゃもじの時点で分かりにくい。表裏を間違えたら自分に魔法が飛んでくる……ことはないが、敵に飛んで行かない。バッドデザインだ。まあ、裏にサインペンでバッテンでも書いておけばいいけど。この世界にサインペンは無いか。彫刻刀で掘っておくか……。しゃもじではなく、構えた時点で間違えない形状がいい。やはり懐中電灯型がいいのか。


 水晶の小さい欠片をインプラントして、しゃもじの裏にバッテンを掘ることを繰り返す。いろいろな魔法をエンチャントすると分からなくなるので、全てファイアショットをエンチャントする。デザインに失敗して残念な感じなので、ファイアボールのような強い魔法はエンチャントしない。全て魔法道具屋経由で軍に流すつもりだ。


 作業を終えてマナが空っぽになった。俺はバーに飲みに繰り出した。



 バーは、久しぶりに貸切状態だ。


「マスター、戦争が近いらしいな」

「そのようですな。私はお客様さえ無事ならそれで結構でございます」

「マスターも命を大事にな。店が無くなっても俺がなんとかするから」

「これはこれは有り難いお話でございます。戦争となれば略奪されるかも知れませぬ。それよりもタクヤ様に飲んでいただきたい。店の在庫の酒を差し上げます。お持ち帰りください」

「分かった。買い取ろう」


 俺はマスターに小粒だがマナ充填量が多い、つまり値段が高い宝石を渡した。もし何かあって他国へ行くようなことになったら、この国の貨幣よりも宝石の方がいいと思ったからだ。


 それにしても、戦争になったらリーゼロッテを頼むと言われてるんだよな。もちろん頼まれなくても助けるが。本音を言えば時間が勿体ないのでダンジョンに潜りたい。街が包囲されるくらいになったら助ければいいか。城壁があるからしばらく耐えられるだろう。そもそも護衛はクンツとカイの二人でなんとでもなるんじゃないか? あいつら相当強いぞ。


 いい感じに酔ったので、酒樽を担いで店を出て、道場に帰ってハウスに入った。



 ジンロックを作って飲み直しながら、とっておいたお楽しみ、ヴァンパイアの宝箱を開ける。


 中身は……ワインボトル三本、金貨換算で五枚程度の金、ナイフ、短剣、アクセサリー類が八つだった。アクセサリーのうち一つはマジックアイテムの指輪だった。IDEで調べると、スリープだった。接触型ではなく発射型だ。なんて卑怯な。さすがヴァンパイア。と思いつつ何かに使えるかも知れないと思い取っておくことにした。



 目が覚めて、朝のルーチンをこなし、骨先生と左脚を重点的にトレーニング、続いて骨先生三体と組手をした。


 風呂に水を張り、水に手をかざしてヒートの魔法をかける。最近まではヒートのエンチャントをしたメイスを水に突っ込んで温めていたが、直接魔法をかければいいことに気付いた。もちろんストレージハウスの外ではこれはできない。十二秒でちょうどいい温度、だいたいわかってきた。


 

 街へ出て、いつも通り今日の朝飯と、ストックにする分の食料を一緒に買う。市場の花壇の縁に腰掛けて朝食を食べた。



 大人の魔女っ子の魔法道具屋に行った。


「新しいタイプの魔法道具を買い取って欲しい」

「これは……変な形ですね……でも携帯性に優れてまーす」


 しゃもじに白い石のかけらが埋まったファイアショットのマジックアイテムは、一本金貨四枚、計八十枚で売れた。金貨五十枚は後日受け取りとのこと。こんなかっこ悪いアイテムなのにマジウハウハだ。



 そして、敢えて冒険者ギルドには寄らずにフォートモーラーに向かった。


 ショートカットを駆使して地下十四階にたどり着いた。途中、トゲオオカミ二匹に出会ったが、古いタイプのファイアショットのショットガンであっさり倒した。古いタイプの魔法を使わないといつまでもストレージの肥やしになるから積極的に使わないと。俺はこういうところが貧乏性だ。先日と同じコースを辿ったらそれ以外は敵に会わなかった。



 十四階は、激流に流されずに川辺りを歩くのが正しい順路だ。すると水晶洞窟に辿り着く。今日の目当てはこれだ。


「ペプ、水晶を根こそぎ収穫するからちょっと離れてて」


 ストレージからツルハシを出した。水晶柱はもちろん、少し大きめの結晶をもれなくツルハシで掘り出し、ストレージに入れた。ほとんど全ての水晶を頂いた頃には、俺の腹時計がお昼を告げていた。


 地底湖に流れ込む滝を見ながら、ペプと一緒にご飯を食べた。



 地底湖から水は緩やかに下流へ流れている。流れに沿って進むと、外に出た。ダンジョンの中なのに外のよう、太陽に似た明かりが空に浮かんでいる。それほど強くはないが陽射しがある。


 そこは盆地状に切り立った崖に囲まれている。崖は正確に円を描いているように見える。野球場のドームの広さ何個分と例えるのがいいのだろうが、俺はそれを目測するスキルを持っていない。五個〜十個程度だろうか。今立っている場所から滝が落ち、川になり、盆地の中央から向こうで湖に変わっている。川と湖以外は森だ。広葉樹がぎっしりと生えている。


 今まで歩いてきた洞窟は、この盆地の壁の、ビルの五階の高さに開いた中空の割れ目に繋がっていて、俺は今そこから大地を見ている。絶景だ。スマホがあったら絶対に写真を撮っている。


 ペプもちょっと口を開けてじっと眺めている。



「ペプ、これどうやって降りればいいのかな?」


 俺は飛んで降りればいいし、帰りも同じで問題ないが、他の冒険者はどうすればいいだろう? 他に道はなさそうだ。ロープで降りるしかないか。ロープで降りるにしても滝のすぐ横なので危険だ。どこかに隠し通路があるかも知れないが、今までのパターンでは一度降りないと見つからない。


 下を見ると、川の中に何かいる。ワニのようだ。下に降りるとすぐに襲われそうだ。今日はここで切り上げようか。


「ペプ、帰って報告しようか」

「ナア」



 帰りは一度も戦闘にならず、隠し階段を上って帰ってきた。その足で冒険者ギルドに向かった。



「へー、そんな風になってるんですね」


 俺が見た感動はエミリーにはあまり伝わらなかったようだ。恐竜の大地を見ているからか。


「ロープで昇り降りは大変ですねー。サポーターのみなさんは無理じゃないでしょうかー」


 受子ちゃんも淡白なリアクションだ。俺の話し方が下手なんだろう……。



「クエストの件はどうなってる?」

「まだ達成した冒険者はいませんー。大イノシシはめちゃめちゃ強くって何人か重症ですー」


——マジか……


 だがしかし、怪我を乗り越えて強くなってもらわないと。この世界ではヒール魔法とポーションがあるからすぐ治るはずだ。


「これを追加で懸賞にする」


 ファイアボールのエンチャントをしたプロトタイプしゃもじを、フォートモーラーのドリル大イノシシの懸賞にかけることにする。比較的大きな水晶がハマったやつだ。


「変な形ですね……でも使いやすそう」


 エミリーがしゃもじを構えてポーズをとる。かわいい。


「なんですかタクヤさん、何がおかしいんですか? これ作ったのタクヤさんなんでしょう? 笑うなんてひどくないですか?」


 笑いを堪えていたのが顔に出ていたようだ……。



 道場に帰ってきた。マジックアイテムは結局のところ、マジックスタッフの形が一番いいようだ。機能性とスタイルのバランスが取れている。


 俺はスケルトンにナイフと木片を与え、


「この魔法の杖と同じものを作れ。ただし半分サイズで」


 と命令すると、スケルトンは顎をカクカク鳴らしたあと、黙々と作り始めた。スパーの邪魔になるからキッチンで作らせている。木の枝を加工して作った杖と、木の幹から削り出して作った杖では質感が全然違いそうだが、実用には問題ないだろう。



 道場は、ヴァンパイアが締め切っていたのをそのままにしている。外から覗かれると、スケルトンがうろうろしているのが見えて噂になってしまう。


 しかし、さすがに空気の淀みが気になってきた。道場で運動をするので余計にだ。


 廊下の窓を一つだけ開けて、何かの時のために大量にストレージに入れてある空気を道場に出す。淀んだ空気は押し出されて窓から逃げていく。俺は道場の隅やキッチンの隅に行って同じように空気を出す。そして淀んだ空気を効率よく流すように理力で押す。


——ちょっと待て、今、俺、何をした……?


 自分の周りの空気を理力で押した。空気は風になって流れた。


——これは……風魔法!?


 理力と呼ばれる、何かを動かす魔法、俺はそれで砂を飛ばしたり、石を飛ばしたり、自分自身を飛ばしたりしている。同じ原理で空気を動かして風にすることができる。


「ペプ、また何か見つけたよ」

「ナア」


 ペプは俺の顎を舐め始めた。俺はIDEに集中する。呪文エリアと詠唱エリアに、『ミ』のようなアイコンが増えていた。



 IDEの画面は、上部に俺のマナ最大量と現在量を表すメーター、左側にストレージの中身を選択できるリスト、右側に知ってる呪文のアイコンのリスト、下部に俺が発動できる魔法のアイコンが並ぶ。中央のウインドウにはストレージ、または魔法アイコンから選択したものの詳細が大きく表示される。選択されたものがエンチャントアイテムの場合はその魔法のアイコンがウインドウの端に並び、その一つに集中するとコードウインドウがポップアップする。


 なぜか新しい魔法を一から作ることはできない。既存の魔法を複製して書き換えるか、今回のように勝手に増える。


 新しい魔法アイコンが現れる条件がいまいちはっきりしない。魔法をかけてもらったり、食らったり、スクロールを使ったりすると現れる。他に、ストレージに入ってるスクロールの魔法陣や、直接吸い込んだ魔法のアイコンから複製することもできる。


 しかし、元々ストレージの一部のはずのプロテクションや、後に理力だとわかったシュートは、最初は呪文エリアに現れなかった。使えることの他に、知ること、認識することが必要条件な気がする。


 ブラインドはこの世界にきて直ぐに使えていた。それがシュートと呼ぶ何でも飛ばすことができる魔法だと分かったのは、砂を飛ばすつもりが間違えてナイフを飛ばした時だ。その後IDEの呪文エリアにシュートのアイコンが現れた。


 今回もそうだ。何気に空気をシュート——理力で飛ばしたら、呪文エリアに新しいアイコンが現れた。


 アクセル——自分自身を飛ばすシュートができることに気付いた時にはアイコンは増えなかった。基本的にシュートもアクセルも同じ魔法だ。飛ばすものの重量と射出速度に依って消費マナが決まる。射出速度は発射時に意思によって変えられる。


 今回は新しいアイコンができた。原理は理力だが、他の魔法と違うのかもしれない。コードを見てみる。理力魔法を少し複雑にしたコードが書かれている。よくわからない。



 IDEを抜けて、呪文を使ってみる。すると、俺の周りの空気が前方に向かって継続的に流れていく。流れる向き、風量、強さが自由自在に変えられる。強風にすると、指数関数的にマナの消費量が増えるのは他の魔法と同じだ。驚いたのは、微風程度であれば、魔法を使いっぱなしでもマナが減らない。自然回復量の範囲に収まるくらいマナ効率がいい。


 俺は風魔法を、スケルトンが作った木の猫のオブジェにエンチャントした。発動すると、オブジェの周囲三十センチほどの空気が風となって流れた。オブジェを床に置くと、自身が起こした風に押されてコロコロと転がっていった。ペプが駆け寄り、手で転がして遊び始めた。


 俺は拳大の石ころにエンチャントして、コードを開き、風を起こす範囲と風の強さを調整した。石から微風が吹き続ける扇風機ができた。


「ペプ、欲しかったやつだよ」


 ペプはオブジェを抱えて猫キックをしている。その間もオブジェから風が起こり、ペプのお腹の毛をさわさわと波打たせている。


 俺は扇風機石をハウスに設置した。空気を回すサーキュレーターだ。ストレージの中は閉鎖空間なので空気の循環がない。今までは問題なかったが、少し心配だった。これでハウスの空気を回せる。マナがどのくらい保つのか試してみよう。


 嬉しいので祝杯をあげることにした。飲みながら風魔法の応用を考える。


 パッと思いつくのが船だ。帆を張れば勝手に進む。船を動かすほどの風力が出せるほどマナ効率が良ければの話だが。魔石を使って永久機関にするのもいいかも知れない。


 ヒートや冷気の魔法と組み合わせれば、温風や冷風を作ることができるだろう。真空乾燥の代わりに洗濯物の乾燥、干し肉の乾燥に使えそうだ。エアコンとしても使える。高く売れるかもしれない。


 しかし、戦闘には使えそうもない。突風を出すこともできるが、敵に石でもぶつけた方がいいだろう。



 俺はジャーキーをつまみに飲みながら、扇風機石、暖房石、冷風石を何個か作り、骨のお友達やエンチャントアイテムを増やしてマナを使い切り、風魔法の用途を考えながら、眠った。


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