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ワイングラス

 夢を見た。


 俺はクッションに掴まりながら空を飛んでいる。クッションに浮力が発生していて、俺はそれに必死に捕まっている。思ったように浮力が出ない。バランスも取りにくい。後ろからマンティコアがバッサバッサと飛んできた。しばらく並行して飛んでいたが、俺を抜いて飛んでいった。ヴァンパイアも後ろからバサバサと飛んできて、追い抜いていった。



  ◇◇◇◇◇



 目が覚めて、朝のルーチンをこなし、骨先生たちとスパーをして、シャワーを浴びた。


「ペプ、ヴァンパイアはどうなったかな? 人間になってるかな? どんなやつなんだろ?」

「ナア」


 俺は市場で簡単な朝食をとって、例の屋敷に向かった。



 屋敷に着いて、昨日と同じく裏口から入る。


 ダイニングルームに直行する。ロングメイスのライトに照らされたテーブルの上でワイングラスが倒れている。ワインはテーブルクロスの赤い染みに変わっている。


 そして、長ーいテーブルの一番偉い人が座るところ、いわゆるお誕生日席で、人が突っ伏していた。人なのかどうか疑問だ。上半身は裸で袴のようなものを履いている。肌はねずみ色で皺が多く、干からびている印象だ。背中に蝙蝠のような同色の羽がある。元ヴァンパイアなのか、現役ヴァンパイアが寝ているのか分からない。念のためペプをハウスに逃がし、勇気を出して突っ伏してるやつを揺すってみた。しかし、起きない。


 身体を起こしてみた。顔は頰がこけていて顎が尖っている。牙が生えている。頭髪はない。目が窪んでいて、見開かれた瞳は真っ黒だ。


——っていうか、死んでるな


 試しにストレージに入れると、入った。うん、死んでる。



 ストレージに入れたまま、頭の中でヴァンパイアを見てみる。見ても死因は分からないが、状況から見てヒール水入りワインを飲んだからだろう。おそらくヴァンパイアから人間に戻ろうとしたが肉体が耐え切れなかったんじゃないかと思う。前にエリザベスに、こういうボスヴァンパイアは超長い間、生きていたって聞いたし。


 テーブルの上のワインとグラスはもったいないからストレージに入れる。ヴァンパイアが残したワインを飲むかどうか微妙だが、グラスは貴重なので消毒して使うつもりだ。



 家主がいなくなったので、光る石ころを出して部屋を明るくする。ペプをハウスから出して探検させてあげた。あちこちの床の匂いを嗅いでシャーと言ってる。


 俺は別のワイングラス目当てにキッチンに向かった。三つあったので有り難く頂戴した。その他に、普通の木のコップ、水差し、フォーク、料理を載せる木のプレートなどがある。どれもホコリをかぶっている。陶器の皿もある。この世界に来てからは木の皿しか見たことがなかった。ちょっと感動した。ナプキンと替えのテーブルクロスもある。根こそぎ頂戴した。


 キッチンの床に地下室の入り口があった。扉を開けて光る石ころを落とし、入ってみた。食材を保存しておく冷暗所になっているのだろう。六畳ほどの広さだ。地下室の真ん中にベッドロールが敷いてあった。ヴァンパイアの寝床だろう。棺桶で寝るわけじゃないらしい。


 部屋の隅に宝箱があった。そうこなくっちゃ! ストレージに入れた。



「ペプ、他に住人はいないのかな?」


 二階に上がると、部屋が三つある。三つとも寝室だった。どうも、人が住んでいた感じがしない。


 ちなみに、トイレは一階にも二階にも無い。この世界ではオマルに用を足して窓から投げ捨てるのが慣習だ。


 多分、ここで寝ることはなさそうだと思うので、部屋の中のベッドからクローゼットから何から全てストレージに吸い込んだ。いつか使うかもしれない。


 クローゼットの中の服については大変ありがたい。切って、トイレのあとの尻拭きに使う。



 この屋敷はボスヴァンパイア以外は住んでいた形跡がない。人も長年住んでいなかったようだ。空き家に吸血鬼が住み着いたのか。てっきり住人を食べるか眷属にして住んでいるのかと思った。ここは王宮区画の外だが、貴族っぽいダイニングだ。屋敷は狭いが。どんな人が住んでいたんだろう? ちょっと気になる。



「ペプ、ここに住もうか」


 一階の部屋のテーブルと椅子をストレージに吸い込むと、結構な広さになる。テニスコート半面よりちょっと横に長い。スパーリングをしても問題ない。ここはバーから近いので、いちいち森まで帰らなくてもいい。トイレの臭いがする路地裏でハウスに入らなくても良くなる。キッチンもある。寝泊まりは今まで通り安全なストレージハウスですればいい。


「よし、決めた」


 早速、骨先生たちを呼んでスパーリングをした。最近は骨先生に革鎧を着せている。盗賊からゲットしたやつだ。鎧を避けて攻撃しているのに、鎧でガードされたりして、革鎧に攻撃が当たる。しかし、プロテクションがエンチャントしてあるので、革鎧が傷付くことは少ない。長持ちだ。



 スパーのあと、シャワーを浴びた。新居でランチにしようかと思ったが、テーブルと椅子を片してしまったし、そもそも長ーいテーブルのお誕生日席に一人で座ると寂しいのでやめた。ボスヴァンパイアも寂しく食事していたのだろうか? いや、やつらは食べなくても血を吸えばいいのか。ワインは飲んでいたが。



 ストレージの中にちょうどいいテーブルがあるが、調理作業用になっている。ようは作業台兼まな板だ。別のテーブルをどこかでゲットする必要がある。エリックに作ってもらうか。買った方が早いか。


 キッチンも埃だらけで使う気がしない。ハウスの中なら消毒魔法をぶわっとかければいいのだが。除菌スプレーのようなものは無いだろうか? 容器さえあればマナ水に消毒魔法をエンチャントして、シュッシュッってかければ九割九分除菌ができるはずだ。


 まあいい。街中で安全にハウスに入れて、スパーリングができる場所があるだけでもかなり移動時間の節約になる。しかもタダでゲットだからあまり文句を言う筋合いのものでもない。


 正面玄関はロックして、出入りには勝手口を使うことにする。鍵は見当たらないが、ストレージを使って閂をかければオッケーだ。


 せっかくなので、ダンジョンに潜って数泊する前にもう一泊、新居で過ごすことにする。今日も戦闘準備に費やす。


 理力を籠めた新魔法や、それらをエンチャントした矢とボルトとスリングの石をストレージに仕込む。マナを半分ほど使って街に出た。



 武器屋に行って、仕込みで使い切った矢とボルトを補充する。他にマジックスタッフもあるだけ、六本購入。


「ロングメイスはいかがですかな?」

「使いやすくて気に入ってる。カスタムのバスタードソードも注文したいんだが」

「生憎でございますが、鍛冶職人が多忙につきお受けできません」

「戦争のせいか」

「申し訳ございません」


 ムカッとした。戦争ってやつに。腹に据えかねる思いがあるが、俺も原因の一端らしいことを考えて、怒りを飲み込む。



 次に服屋に行った。服屋でもだいぶ馴染みになって、店員がペプにも挨拶してくれる。今日は新品の服と下着とローブを買う。川に落ちた時に、着替えが足りないなと思ったからだ。



 次に雑貨屋に行き、猫のオブジェを売り込んだ。常夜灯程度だが長持ちするライトをエンチャントしたものと、使い捨てカイロ程度だが長持ちするヒートのエンチャントをしたものだ。


 エンチャントアイテムのオンオフは、少し訓練すれば誰でもできるので、節約しながら使えば一冬くらい保つかも知れない。マナが切れてもチャージすれば何度でも使える。今は冒険者ギルドで受け付けている。


 オブジェは八個で銀貨二十枚、三セット売った。金貨三枚だ。店は一個銀貨二枚で売る。原材料はマナと木片、俺の作業時間がほとんど要らないので、かなりチョロい商売だ。



 日が暮れてきたのでバーに向かう。帰り道もこっち方面、こういうのはいい感じだ。


 バーにはクンツがいた。俺を待っていたようだ。


「タクヤ殿、姫の命を救って頂いたこと、重ねて御礼申し上げる」

「気にしないでくれ。パーティメンバーだろう。当たり前のことをしただけだ」

「姫を追って激流に飛び込んだタクヤ殿は、あの時は鷹のような速さでしたな」

「条件反射ってやつだな」

「いやいや……。まあいいでしょう。実はな、イグレヴ王国に放った密偵の報告によると、そろそろらしいのですぞ」

「マジか」

「いざという時にはタクヤ殿、姫を守って欲しい。頼む」

「……わかった。駆けつけよう」


 その後クンツとは、ダンジョンの話や、クンツの片手用にカスタマイズした両手剣の話、エミリーに教えた盾の技の話などをした。


「ワッシの命にかけて、姫のことよろしく頼む」


 クンツがだいぶ酔ってきた。話がめんどくさくなってきたので、切り上げて先にバーを出た。



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