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ワインボトル

 リーゼロッテの夢を見た。



  ◇◇◇◇◇



 少し遅く起きた。朝のルーチンをこなす。がっつり筋トレもする。朝飯を食べて、スパーリングをした。左脚の蹴りを重点的に訓練する。右利きなので、左手、左脚は苦手だ。


 元の世界で、ビリヤードとダーツにハマった時に教則ビデオの先生が言ってたんだが、利き手の反対の手でも同じ動きができるようにしておくと右手のスキルも向上する。原理は分からないがボディバランスや体幹に関連するのかと思っている。戦闘技術に関しては、そのまま命に関わる。弱点克服だと思って訓練することにする。



 その後、シャワーを浴びた。


 スパー中に思いついたことがあり、IDEを開く。


——スケルトンに探知魔法を使わせればいいのではないか?


 まずはスケルトンが魔法を使えるかどうかだ。


 ストレージの中のリッチを調べる。リッチはストレージに入れられる。幽体で触れることができないが、生命はなさそうだ。もしかしたらこいつも人工物じゃないだろうか? ボロボロのローブで身体を隠しているが、中身はスケルトンだ。ひょっとしたら骨先生もリッチも元は同じもので、付呪されている魔法陣が違うだけなのかも知れない。


 その仮説に基づいてリッチの魔法陣をチェックする。頭蓋骨の裏に貼り付けてあるのはスケルトンと一緒だ。幽体だが、問題なく魔法陣をいじれる。


 魔法陣の中には複数の魔法アイコンが含まれている。その中の一つがファイアボールそのままだった。


——当たりか?


 一体のスケルトンを開き、魔法陣にマジックアローのアイコンを加える。外に出て、スケルトンに命令する。


「あの木に向かってマジックアローを撃て」


——ペチッ


 スケルトンが放ったマジックアローは、木の幹に当たって消えた。地下神殿のリッチがそうだったように無詠唱で撃ちやがった。これは使える。


 何発か撃たせたあと、もう一度ハウスに入ってIDEを開く。当たり前だがスケルトンに充填したマナはマジックアローの分だけ減っている。攻撃魔法を連発するとすぐマナ切れを起こし活動限界になる。物理攻撃と魔法でバランスをとる必要があるだろう。



 今度はスケルトンに探知魔法発信と受信のアイコンを加える。外に出て命令する。


「探知してみろ」


 スケルトンは顎をカクカク鳴らしたあと、固まった。


「なんかいたか?」


 スケルトンは首を横に振った。何もいないのか、それとも探知できてないのか。うまくいったのかどうか分からない。敵がいなきゃダメか。まあ、あとでダンジョンで試してみようか。



 ペプと一緒に街のいつもの店を回り、ランチに贔屓のパスタ屋に行った。


 偶然、エリース村からニンニクを売り込みに来た元吸血鬼のライラに会った。


「タクヤ殿、ご報告があるのですが……」

「どうした?」

「この街にヴァンパイアがいます」

「マジか」

「ええ。とても強いです」

「復活した太古の吸血鬼ってやつか?」

「おそらく」

「どこにいるか分かるか?」


 ライラに案内してもらった。



 バーと王宮区画入り口の中間にある屋敷に着いた。平民の家にしては大きい。石造りの二階建てだ。貴族の屋敷と違って庭は無い。


「ありがとうライラ。あとは任せろ」


——さて、どうしよう。中に入ってみようか


 今の時間、吸血鬼は寝てるはず。ヴァンパイアは不老不死でメチャメチャ強いのに、昼はしっかり寝る。ずっと寝なくても問題なさそうなほど体力があるのに毎日しっかり寝る。俺の知識ではそうだ。娯楽が少なくて暇だからなのかもしれない。パソコンとネットがあればいいのに。



 道路に面した屋敷の正面玄関は、商業区画の中心から離れているとはいえ、まばらに人通りがある。俺は路地に入り、屋敷を半周して裏口を見つけた。


 ペプをハウスに入れる。勝手口の扉をまるごとストレージに入れて、中に入ってから戻す。屋敷の中は真っ暗だ。窓が締め切られている。まあ、俺もヴァンパイアだったら真っ暗にすると思う。



 ロングメイスのライトを点けて廊下を進む。一階はものすごく広いダイニングルームとキッチンの二部屋だけだ。ダイニングルームは石畳の上に長ーいテーブルが置いてある。長ーいテーブルクロスがかけられていて、テーブルの端の方に三股の蠟燭立てと、未開封のワインボトルと足がないワイングラスが置いてある。どっちもガラスだ。めちゃくちゃお高いはず。


 部屋には暖炉があるが、外の光が入ってこないってことは煙突は機能してなさそうだ。


 それはそうと、肝心のヴァンパイアがいないな。ライラが気配を察知したっていうんだからどっかにいるんだろうな。二階かな。部屋の雰囲気からすると、ボスヴァンパイア以外にもシェフと給仕がいそうな感じだ。


 俺はさっきのスケルトンをストレージから出した。


「探知しろ」


 スケルトンは顎をカクカク鳴らしたあと、もう一度カクカク鳴らした。


「どこにいる?」


 スケルトンは下を指差した。地下か。とりあえず探知はうまくいったな。



 地下室の入り口を探して、ヴァンパイアをやっつけようか。すげえ強いんだろうな。怖いな。首のプロテクションを強化しておけば、血を吸われて俺も吸血鬼にされるのを防げるかな?


 いや待て、ヴァンパイアはなんとかかんとかっていう病原菌の感染症だ。元の世界にも諸説あったが、俺は感染症説を信じている。まあ、フィクションだったが。だが、そうなると、吸血鬼のボスや真祖が特別強いっていう理由がなくなる。こっちの世界では魔法的な何かで血を吸って眷属になるタイプなのかも知れない。


 しかし念のため感染症説で考えると、血を吸われなくても血液感染してしまう。戦闘で傷を負わされたらヤバい。解毒剤が必要だ。って、ヒール水でいいのか。



 寝ているヴァンパイアの口にこっそりヒール水を流しこめばいいのか。そうすると人間に戻る。ヴァンパイアのボスが寝込みを襲われて口の中に何か流し込まれるほど間抜けとも思えないが。確か棺桶の中で寝る趣味があったはず。棺桶をヒール水で満たして閉じ込めればいいのか。ちょっと待て、せっかく人間に戻したのにそのまま溺死するぞ……。



 ふと、テーブルの上のワインボトルが目に入った。


——ワインにヒール水を混ぜればいいんじゃね?


 毒殺だ。ヒール水は回復薬だから、逆毒殺か。殺っていうか、どっちかというと生き返すか。逆毒生き返す。


 俺はワインボトルの中のワインを五分の一ほどストレージに吸い込み、代わりにヒール水を入れた。密封されたボトルの中身だけストレージで出し入れできることを発見した。ワインボトルはよく振っておいた。


 こんな簡単にヴァンパイアの脅威を排除できればそれでいい。ダメなら別の手を考えよう。最悪、晴れの日に屋敷と棺桶をストレージに吸い込めばいい。


 俺は勝手口から外に出た。ランチを食べ忘れていたのでペプと一緒に市場に向かった。



 ダンジョンに行くつもりだったが、ヴァンパイアが気になる。俺は何か仕掛けたらすぐに結果が知りたくなるタイプだ。明日ワインを飲んだかどうか確認して、飲んでなければダンジョンに行ってから、また数日後に確認しようか。



 俺は街の西門を出て森に入り、スパーをしながら豚骨の煮込みをして、スケルトンに猫のオブジェを作らせた。その後、もう一度筋トレをして、風呂に入った。ハウスでペプと一緒に一杯やりながら、エンチャントしたり、骨のお友達を増やしたり、IDEでコードを眺めたりした。



 やっぱり考えるのはリーゼロッテのことだ。感情が高ぶる。


 なぜだろうか、少し罪悪感を感じる。好意は持っているが、惚れているわけではないからだろうか? いや、俺が十代、二十代のガキだったら間違いなく一目惚れしていた。容姿はもちろんのこと、不正を放っておけない真っ直ぐな心と芯の強さ、行動力。ドストライクだ。


 なら、俺が王族にならなきゃいけないのに、ダンジョンのことで忙しいことがひかっかるのだろうか? リーゼロッテは王女だから、さすがに遊びの関係はしないはずだ。筋から言えば、このまま順当に進むと結婚して俺が婿入りすることになる。それは、魔族さえ倒せば可能なはず。俺としてはビーチへの移住計画がパーになるだけで問題はないはずだ。


 やっぱり、罪悪感の正体は浮気か。浮気だよな。



 俺は左手の薬指の指輪を見つめた。


 こっちの世界にきて、多分まだ三ヶ月くらい。もう三ヶ月って気もする。超いろいろあって、本当に元の世界では考えられないことばかり、俺自身もまるっきり変わってしまっている。


 この三ヶ月の間に、元の世界に帰るのは相当厳しいことが分かってきた。厳しいというか、手掛かりの片鱗すらない。姉幼女神にも無理と言われた。それでも諦めないつもりでいたが……。


 いつの間にかこの世界に馴染んでいる。この世界のビーチで暮らすことを夢見ている。俺が持っている、どうやら俺だけの魔法の力も気に入っているし、最愛のペプもいつも一緒にいる。金もある。何もしなければそのうち世界が滅ぶらしいが、そもそも俺の寿命なんてあと二、三十年だった。


 今、この世界に無くて、元の世界にあった幸せ、それは妻だけかも知れない。まあ、映画とかマンガとかゲームとかもあるけど。妻がいることに比べたら薄ーい幸せかな……。


 しかし、元の世界で俺はちゃんと死んでるらしいし、葬式やら四十九日やらとっくに終わってるだろう。もし帰る方法があるとしても、それを見つけるのに相当時間がかかりそうだ。しかし、それは諦めない。諦める理由はいくらでも思いつく。でも、悔しさだろうか、割り切れない気持ちがある。絶対諦めたくない。


 これなのかも知れない。俺はいずれ元の世界に帰る。ビーチでの暮らしを堪能したら、コンクリートジャングルに帰る。その時、この世界の人たちと、お別れだ。それこそ永遠に会うことができなくなる。



 罪悪感はあるが、リーゼロッテとの関係を後悔しているわけではない。むしろ喜びの方が大きい。ちょっといろいろ、国関係とか俺の心境とかがめんどくさいだけだ。俺は非モテだから、言い寄られるのに慣れていないだけだ。俺の経験上、常に俺が先に惚れて、相手に受け入れてもらってきた。今回はそれが初めて逆になっただけだ。



 飲みながらいろいろ考えてたら煮詰まってきた。ペプは先ほどから俺の顎を必死に舐めている。


 ペプをなだめてから俺は自分スリープをかけて寝た。



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