シスター
目が覚めるとそこは…… 変わらずストレージハウスだった。
ランタンはまだ消えていなかった。何時間寝たのか、日が出ているのかどうかもわからない。ちょっと不便だな。油もすげえ減るし。照明ないかな。電気は無理だろうから魔法?うーむ、魔法について知りたいんだよなあ。でも魔法ギルドに行くわけにはいかないよな。絶対ダメだよな。街に魔法屋?魔法グッズ屋?があるみたいだから行ってみるか。
ペプは床の上で仰向けになって腹を出して寝ていた。俺が身体を起こすと、気づいて寄ってきて顎を舐め始める。飽きるまで舐めさせたあと、ペプの水を替え、生魚を出してあげた。
外の様子が知りたいので、入り口の黒い壁をちょっと開けてみようと念じた。すると黒い壁に手のひらくらいの大きさの穴が空いて、外が見えた。もう昼に近いようだ。午後ではなさそう。しかし、この窓、ストレージと外界を開きっぱなしにしておくと、魔力が減っていくのがわかる。普通にものを出し入れするだけじゃ魔力は全く使わないのに。どうやらこのモノを入れる窓の大きさと開けてる時間に比例して魔力を消費するようだ。普通は一瞬で出し入れするから、よほど大きなものじゃないと魔力を使わないってことなのかな。
二度ほど魔力の使いすぎで卒倒した経験から、どうやらだいたい一~二時間で魔力が満タンまで回復するらしい。時計がないので時間がわからない。そうだ、時計も欲しい。雑貨屋には売ってなかったようだ。ゼンマイ式かなんかでいいんだが。
ちなみにこの魔力は、身体の中から生み出されるもののようだ。額、胸、臍の下あたりに魔力が湧き出るポイントがあり、そこに溜まる。青いカラー・タイマーのようなものが付いているイメージだ。魔力を使い切ると光がなくなり、魔力が溜まるとともに明るく光る。あくまでもイメージだが。
ブランチに、ジャーキーと、名前がわからないフルーツを食べる。皮と種をぷっと吹き出し、床に落ちる前にストレージの別のポケットに入れる。ふっと消える。おもしろい!
食べながら考えたんだが、金はいつか尽きるんじゃないか……。収入もなく飲み食いしていれば金は減っていくばかりだな。当たり前のことだ。もしかして、こっちの世界でも働かなきゃいけないんじゃないかな。ちょっとブルーになってきた……。そうだ、このストレージ能力で金持ちから……。って、それはやっちゃダメだろ……。
そもそも今持ってる金、これ使ってよかったのかな? ギョロ目を返り討ちにしてゲットした金だが……。俺がもらえるはずの金って可能性もあるし、全然別の人の金って可能性だってあるよな。あー、これは考えないようにしよう。とにかく、余裕はあるけどなんか職を見つけなきゃいけないってことだ。ストレージ能力を使って運び屋、言い方がワルそうだな、でも運送業っていいアイデアかも。でもストレージ魔法ありますって言わなきゃいけないし、それはなんか危険な予感。あまり知られたくない。っていうか絶対知られたくない。そもそもこれって幼女神がくれたから俺だけの魔法だと思ってるけど、誰も持ってないよな…… 意外とメジャーな魔法だったりして……そりゃないか、そうだったら多分、どうとは言えないけど、街の中は今見えてる景色と全然違うはず。
あれこれ考えててもしょうがないというか、知らないことが多すぎて何も決められないので、外に出て情報収集とできれば職探しをすることにした。
ペプを肩に乗せる。せっかくなので、外ににゅーっと出てみる。身体にぴったりの窓を開いて外に踏み出す。瞬間に出た方が早いんだけど、なんか雰囲気で。誰も見てないけど。
……って、見てたー! 目が合った!
修道院のシスターが見てた。シスターと分かったのは、修道院なのか教会なのか、屋根に十字架のついた建物が目に入って、そして俺の目の前の女性は、紛れもなくシスターだと思われる、黒い服を着て十字のペンダントをかけていて頭髪を全て覆うベールを被っていたからだ。
「ちょっと貴方!」
「おはようございます、シスター。どうされましたか?」
……昨日作ったキャラ設定を忘れてた。
「今、何もないところから出てきたよね?」
「ははは…… なんのこと?」
耳と額が隠れていて見えないが、なかなかの美人のようだ。目鼻立ちがくっきりしていて唇の形がいい。年齢は、手がかりが少ないので自信がないが二十代前半に見える。そんな女性が眉間に皺を寄せて俺を怪しんでいる。つまり俺にものすごい関心を持っているわけだ。なんかワクワクしてきた。しかし、なんとかとぼけないと。
「貴方、何者?」
「神の遣いである猫様のお世話をしながら世界を旅しております、タクヤと申します」
畏まって大噓。俺の世代のヒーローの名前を名乗った。ありがちで他人と被りまくりの本名とはおさらばだ。
「君は?」
「クラウディアよ。そんなことより貴方、何もないところから出てきたよね? あたしみてたんだから!」
「何かの見間違いじゃないかな? そんなことできるわけないじゃん?」
「いいえ、貴方が何もないところから出てくるのを確かに見たわ」
「君のお友達にそういうことができる人がいるの?」
「いるわけないじゃない。空間魔法も転移魔法も大昔に失われた伝説よ?」
なんか、聞いたらいろいろ教えてくれそうだ。
「君は魔法が使えるのか?」
「シスターたから当然使えるわよ」
「マジか! すごい! 俺も魔法を覚えたいんだが、いろいろ教えてくれないか? この国には来たばかりで何も知らないんだ」
「魔法を覚えたいなら魔法大学に行けばいいわ」
「いきなり大学なのか。小学校じゃなくて大丈夫かな……? 君が使う魔法って、例えば傷を治したり物を燃やしたりできるのか?」
「そうよ」
「箒に跨って空を飛ぶとかは?」
「なにそれ? そんなの無理よ。空を飛ぶのは風魔法にあるけど、マスタークラスじゃないと無理ね」
「へー。魔法って、魔力みたいなものを使うのか?」
「マナのこと? そうよ。本当に何も知らないのね」
「マナっていうのか。例えば、なんでも入るバッグみたいな魔法はあるのか?」
「そんなのないわ。あのね、魔法って現実的なものよ」
現実と現実じゃないのの境目がわかんないんだけど。ストレージ魔法は現実ではないらしいな。
「じゃ、俺も何もないところから出てくるわけないよね。見間違いだろう」
「うう……確かに見たのに」
「ところで、この国にモンスターはいるのか?」
「いるわ。この辺にはあまりいないけど。最近はゾンビが出たって事件が増えたわ。ゾンビが出たら駆除に行くから教会に知らせてね」
「わかった。魔王はいるのか?」
「魔王はいないけど、この間、王都の北に魔族が現れたって噂よ」
魔王とか言ったら、笑われるかと思った。魔族はいるんだな。伝承かなんか調べようか。すでにゾンビを一匹倒したことは隠しておこう。燃やしたからまた復活して人を襲ったりはしないだろ。
なんとかごまかせたようなので、さっさと会話を切り上げて立ち去ろうとする後ろから声がかかる。
「ちょっと待って」
「まだ何か?」
「……猫に触らせて」
少し照れながらせがまれた。気の済むまで触らせてあげた。