泥酔
俺はその日、酷く酔っ払っていた。会社の同僚たちと、上司の愚痴、客の愚痴、オフィスのマドンナを射止めた後輩へのやっかみ、そんなものを肴に盛り上がって、いつのまにか終電を逃していた。
連日の残業で体調を崩していたのもあるだろう、プロジェクトが無事に終了して浮かれたのもきっとある、数年に一度あるかないかの悪酔いだった。何度も経験していることだが、こんな年齢になってまで同じ事を繰り返すなんて。
どうやって帰宅したかは分からない。
ベッドに身体を投げ出し、もうすぐ眠りに落ちる、そんな時に胸にきゅーっと痛みを感じた。呼吸ができない……。頭は暗闇に落ちていくようなのに、身体はふわりと浮くような感覚……。そして意識を失った。
◇◇◇◇◇
明らかにベッドではない、固い床の上にいる。冷たくはない。誰かが話してる。
「ちょっとあなた聞いてるの?」
目を開けてみると、少し離れたところに見知らぬ幼女が立っていた。白いワンピースのような服を着ている。俺はうつ伏せで床に顔をつけたまま、焦点が合わない目で幼女の方を見た。
「そういうわけで、あなたは異世界から召喚されたの。召喚魔法が身体に負担をかけて、心臓が止まって死んだの」
――死んだ……じゃあここは天国……?
「ペプ……どこ……?」
数年前に死んだ最愛の飼い猫を思い出していた。天国に行ったら会える、また一緒に暮らせる、そう信じてきた。輪廻転生とか死後の世界とか、まるっきり全然信じてないけど、亡くした時はそう信じないと悲しみが抑えられなかった。
ふと、顎にザリザリとした感触を覚える。猫が俺の顎を舐めている。
「ペプ……か……」
間違いない、愛猫の癖、暇さえあれば俺の顎を舐める。
その姿を確認しようとするが身体が動かない。頭の中がぐるぐるする。吐き気がしてくる。
「召喚に答えなきゃいけないから生き返したの。あんまり時間がないの。早く決めて」
「……誰……? ……何を……?」
「神様よ。死なせたお詫びに好きな特殊能力をあげるの。時間がないから早く決めて。あ、元の世界のあなたはちゃんと死んでるから心配ないのよ」
幼女が何を言ってるか理解できない。とりあえず無理矢理立とうとしてみる。なんとか立ち上がったものの、急激に襲ってくる吐き気……。
急いで幼女と逆方向に走って、……そして我慢できずにぶちまけた……。
「おっと」
そのまま倒れ込む。汚物に顔を突っ込んじまった、と思ったが顔に当たるのは固い床の感触。
「それあげるから頑張って」
顎にザリザリを感じながら、意識が遠のいていく……。
◇◇◇◇◇
会話が聞こえてきた。
「これでは使い物にならないのではないか?」
「一晩寝かせて様子を見ますか」
「うむ、そうしてくれ」
誰かに背負われてどこかに連れて行かれるようだ。
そしてまた、意識を失った。