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僕の魔王はワンと鳴く  作者: 三国 バルト
世界で一番不幸な少年
2/11

慣れ親しめない日常

空は晴れ。青い空にグラデーション的にちょうどいい程度の雲が流れる。


そんな空を僕は、土面に座り込んで、力の入らない身体を校舎の壁にもたれかけて眺めていた。


空はあんなに晴れているのに、気分はまったく晴れない。


「いたっ...」


少し痺れている頬をなでると鋭い痛みが走った。きっと腫れているだろう。


晴れだけに腫れ。そんな頭の中に思い浮かべたくだらない洒落に、乾いた笑いが漏れた。


...まったく本当に手加減を知らない人だ。


昔からそうだった。今だって無いものは無いって言ってるのに、無茶なことを言うだけ言って結局最後は暴力だ。


しかも躊躇なく顔を殴ってきた。


胴ならまだバレもしないだろうが、顔じゃ隠しようもない。5限にでれば、また先生から心配されるだろう。誰がやったのか問われるだろう。


でもきっとあいつはそんなことを考えてすらいない。


自分が犯人だとバレて退学謹慎...なんて後先のことは心配すらしていないんだろう。


「うんしょ...いたた...」


蹴られた足が痛い。ここも痣になっているかも。


軋む身体を必死に動かして、できるだけ無事を装って教室へと向かう。


教室にたどりつく前にすれ違った生徒は皆、僕を二度見した。


顔が腫れていればそりゃあ二度見もする。


しかもここは不良が蔓延るような問題校じゃない。地元でも高名な進学校だ。


でもそれもクラスにもどれば慣れたことのようで、


「うっわ...またやられてるよ...」


「有原も気の毒だよな...」


「ていうかなんで桐原は注意されないんだよ...」


いつも通りのひそひそ話が聞こえてくる。


でもだれも救いの手を伸ばしてくれる人なんていないんだ。知ってる。


ひっそりと自分の席に戻り、穴に隠れるようにして机に突っ伏した。


これが僕のなんてことなくはないけど、なんてことないいつもの日常。




────────


生まれてこの方、自分のことを不運だなんて思ったことはない。


運なんて誰しもが平等に持っているものだと信じているから。


でも、


「あッ! そこの子危ない!」


「ぶべッ!」


遠くから声がして声の方向を振り返ると、どこからか飛んできたサッカーボールが顔面を直撃した。あまりの威力に尻もちをつくと、背負っていたリュックがずり落ちた。


鼻のあたりをこすると手の甲が赤く染まる。あーあ鼻血が...。


「ちょっとキミ大丈夫...!?」


声の主である女の子が駆けつけてくる。どうやらサッカー部のマネージャーの子らしい。


とても鼻血が滴った情けない顔なんて見せられないので、とっさに顔を背ける。


「蹴ったのアタシじゃないけどごめん...って血出てるじゃない! はやく保健室に...!」


「あ、いいんだ別に...」


「別に...って...」


「ホントに大丈夫...! このくらいすぐ止まるから...あはは...」


すぐにその場を立ち去ろうとすると、ずり落ちたリュックから荷物がバラバラに飛び散っていた。蓋...閉め忘れてたのか...。


すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だったのだが致し方ない。急いでかき集めて、逃げるようにして立ち去った。


あの女の子の目に、立ち去る僕の背中はどういう風に映っているだろうか。


きっと鼻で笑っているだろう。惨めな、花も何もない男だと心の中で思われているだろう。


まったく情けない。顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。血は出てるけど。


運は誰もが平等に持っているものだと信じている。信じているけど...。


時にこういう不運なこともあるよ。




────────


「ありがとうございしたー」


コンビニバイトのそんな気の抜けた声が、入退店時の音楽でかき消される。


結局、そんな血の跡が残った顔で街中をあるけば不審に思われかねないということで、近くのコンビニのトイレで顔を洗った。


洗うときに見た鏡には、まだ少し腫れている自分の情けない顔が映っていた。冷たい水は身にも心にも染みる。


トイレからでてからも人の視線が気になって、トイレだけ借りるのは失礼だよなとか、アイスとかで冷やせば帰るまでに腫れも引くかな、とか考えてカップアイスとパンをひとつ買って店を出てきた。


「よいしょっと...」


そのコンビニの横にはけっこう広めの公園がある。


休日には家族連れや子供で埋め尽くされ、平日でも夕方くらいなら小学生あたりが鬼ごっこでもなんでもして賑やかな公園だ。


今日も平日だが小学生がきゃーきゃー騒いでいて賑やかだった。


だがベンチは空いていたので腰を下ろす。


「ふぅ...」


袋からアイスを取りだし、頬にあてながら夕暮れの空を見上げる。


徒然なるままに流れる雲。


あの雲のように何にもとらわれることなく、ただ自由に生きることができれば...。そんなことを考えてしまう自分が嫌いだ。


雲のようになりたい、なんて思う人が他にいるだろうか。まぁいないことはないか...。


けどたぶんほとんどいない。間違いなく高校一年生の少年がする健全な考えではない。


ウチの学校でそんなことを考えて生きてる人なんて、僕くらいだ。


...なにが違ったんだろうね。その人たちと僕。


まだ入学してわずか2ヶ月程度。もうみんな友達ができて、しっかりクラスの中での立場が確立してくる頃。僕だけがひとりだ。


その原因ははっきりしていた。だれもいじめられている根暗少年となんて付き合いたくないのだ。


そのいじめは小学生のときからただ一人の同じやつから受け続けているから、原因をさかのぼればキリがない。


「はぁ...帰りたくないなぁ...」


こんな状態で帰れば、母さんと妹は大騒ぎするだろう。


心配してくれるのはありがたいがめんどくさい。


もうひとつため息をつきながら、そろそろ溶けそうなのでアイスに手をつけようとする。


「あ...スプーン入ってない.....」


泣きそう。いやもう泣いてるかも。


もう...なにもかもが惨めだ。


どうして...こうも上手くいかない...? どうして自分ばっかりがこんな目に会う...?


そんなことを追及したところでどこにも答えはない。ないからこそ悔しい。


いつもいつもただただ自分の人生の惨めさを再認識させられるだけだ。


俯くと涙が零れてしまいそうだった。


泣くな。こんなところで。ベンチに座って泣いてる高校生なんて不審のシンボルでしかない。


でも...悔しさと惨めさは、収まるどころか込み上げてくるばかりで。


「.........つらいよ」


視界がにじんだ。焦点が合わずに、視界全体が朧げに見えた。


俯いた視界の端に、黒い何かが映る。


「!!!」


とっさに顔を上げて、そっちを向くと、




「...........」


「...........」




そこには黒い犬が佇んでいた。両者無言でただ見つめ合う。


え? なにこれ。捨て犬? でも野良犬にしてはけっこうデカいし、しっかりした犬種のような...。この模様にこの大きさ...うんたぶんシベリアンハスキーってやつ。


そんなのこんな公園に捨てられてるぅ...!? どなたかの飼い犬逃げ出してませんかー!?


「な、なんだ...お前...」


「.........」


鳴くでも吠えるでもなく、ただただ見つめてくるハスキーに妙な圧を感じる...。い、犬に負けてたまるか...。


傍から見れば、見つめ合う高校生と犬。紛うことなき飼い主と犬だ。


でもこいつは首輪をしてない。えっ...こわい。ハスキーって確か南極とかでソリ引くような犬だよね? 噛まれたら大怪我じゃん。


なんかずっと見つめてくるし...。


ホントは今すぐ走って逃げ出したいが...犬って動くものに反応して追いかけてくるって言うし...。


とりあえず、


「え、えっと...これ...欲しいのか?」


手に持っていたアイスを差し出してみた。


(クンクン)


あ、匂いかいでる。チョコ味なんだけどお気に召すかな...。


だがひと通り匂いを嗅ぐと、またこっちをじーっと見つめてきた。どうやらチョコ味はお嫌いらしい。


「あ、じゃあ...こっちはどうだ...?」


次は袋の中にのこっていたパンをちぎって置いてみる。ただのミルクパンなので食べれるだろう...か?


(クンクン.....ぱくっ)


あ、食べた。素朴な味の方が好きなんだろうか。


本当は食いついたら、そのタイミングを見計らって逃げるつもりだったが、食べてる姿をみたら同情心が湧いてきてしまった。


しゃがんでもさもさとパンを貪る姿を見る。


よくみれば毛並みはけっこうボサボサだ。やっぱり逃げ出した飼い犬ではなく捨て犬なのだろうか...。


パンがなくなると、またこっちをじーっと見つめてくるので、もう全部細かくちぎって置いてやった。


(もっもっ...)


ひとつずつ頬張る姿はなんだか可愛らしかった。


これなら触っても怒らないかな...。


そーっとおそるおそる手を伸ばして、首のあたりをなでてやる。


「...意外と犬の毛ってザラザラなんだね」


毛並みの触り心地に艶やかさはなかった。それがいろいろ苦労している証に感じる。


「お互い苦労が続くよな...」


そんな愚痴を犬にいってもどうしようもないし、会話できるわけでもないし。


でもそう呟くと、ハスキーはパンを食べるのをやめて少しだけ目を合わせてくれた。


犬は人の感情を表情などから察する動物だとよく聞く。なんだか少しだけこの子と通じあえた気がした。


でも辺りが暗くなってきた。もうそろそろ帰らないと...。


またパンを貪る頭をなでながら、


「ありがとう。少しだけ元気でたよ。お前もがんばってな...」


そう告げて立ち上がる。


踵を返して、視線を切るまでハスキーはこっちを向いてはくれなかった。


一歩一歩、犬から家に向かって歩を進める。


その背中にだけ、少し視線を感じていた。



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