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お姉ちゃんは何でもできるっ! 【得意なもの:家事と勉強 / 無理なもの:ゲーム】

作者: Biz

 夜の八時。隣の部屋から突然、大きな泣き声が聞こえてきた。

 勉強中だった〈稲田(いなだ) 日女香(ひめか)〉はペンを落とし、椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「隼くんっ、どうしたの!」


 部屋に飛び込むと、部屋の真ん中に座る男の子が。

 目を赤く、お姉ちゃん、と涙声をあげた。名前は〈稲田(いなだ) (しゅん)〉と言う、日女香の弟。年は七歳、日女香とは十歳も離れている。

 ただごとではない。

 日女香は慌てて弟の傍に寄った。


「怖いのでもいた? どこか痛いの? 誰かにいじめられたの?」


 姉は矢継ぎ早に訊ねる。

 しかし隼は、どれも違う、と振った。

 じゃあ何を――と言いかけ、止まった。その下・手元の方から、軽妙な音楽が聞こえてくる。


「……ゲーム?」


 隼は頷いた。

 小さな手に、携帯ゲーム機が握られている。


「勝て、なぃ゛……っ」

「え?」


 馬鹿にされた。絞り出すような声をあげると、再び目に涙を浮かばせた。


「よしよし……大丈夫、大丈夫」


 日女香は弟を優しく抱きしめ、その肩をぽんぽんと優しく叩く。


「詳しく、お姉ちゃんに説明してもらえる?」


 穏やかにな口調で語りかけると、隼は途切れ途切れに何が起こったか話す。……が、日女香はゲームそのものを知らないため、弟の話している内容がまるで分からない。

 理解できた部分だけを要約してみると、こうであった。


 ――何者かが弟をコテンパンにやっつけ、その上、侮辱した


 悔しい、と胸の中で気持ちを吐露する。

 許せない、と日女香は怒りの気持ちが燃え始めた。


「お姉ちゃんに任せて!」

「え……?」


 隼は顔を上げ、姉を見た。

 その顔は凜々しく、そして自信に満ちている。


「お姉ちゃんがそいつに、やり返してやるから」


 日女香は学年上位、運動も人並みにこなす。

 顔立ちは、垂れ目で古風な美人顔。学校ではファンも多くいる。

 掃除・炊事・洗濯、家事はどれを取っても完璧で、家庭的である。

 ……だが、彼女には唯一の欠点があった。


「ホント! お姉ちゃん、ゲーム出来たんだ!」

「もちろんよっ! 今日は遅いから、明日やってあげるわね」

「うんっ!」


 泣きっ面から破顔に変える隼。それに日女香は、ふふっと目尻を下げた。

 ――明日香は弟に対して激甘。いい恰好をしようと見栄を張り、何でも『出来る』と言ってしまうのである。


(ゲームなんて、ちょっとボタンを叩くだけでしょ)


 彼女はこれまで一度も、ゲームをしたことがない。


 ◇


 翌朝。和風な玄関にて、日女香はローファーに足を入れたまま、様子を窺っていた。

 黒いランドセルを背負い、元気よく飛び出した隼を見送ったのは先ほどのこと。履いた靴をそっと脱いで、上がり(かまち)に立つ。


「あら、どうしたの日女香」

「ちょっと忘れ物して」


 リビングから出てきた母に告げ、すぐ隣の階段を上がってゆく。

 階段を上がってすぐ、左手に日女香の部屋が。しかしそこには入らず、奥の隼の部屋へと向かう。

 周囲を見渡し、ごちゃっと片付いていない学習机に目を向けた。


(これが、隼くんがやっていたゲーム機ね)


 角丸四角形の携帯ゲーム機が一台。

 周りの様子を窺いつつ、そっとカバンの中に忍ばせる。


(確かプールの日だから、帰ってくるのは18時くらい。17時30分に戻ればOKね。――待ってなさい、隼をいじめる卑怯者たち)


 拳を構えると、日女香は弟の部屋を後にした。


 学校では日女香は優等生である。

 この日もいつもと同じように、午前中にやった英語と古典の小テストを満点で終え、友達と席を並べて弁当を食べる。

 昼休みは本を読むか、午前中のノートを読み返すか。

 しかしこの日は違い……日女香はカバンを手に、こそこそと旧校舎の方へと向かっていた。


(校則違反だけど……)


 旧校舎の裏。コンクリート部分に腰掛け、カバンからゲーム機を取りだした。

 はぁ、と胸を押さえながら一息。

 銀色の角丸四角形。真ん中には縦6センチ、横13センチほどの真っ黒な液晶がある。


「まずは、敵を知らないとね」


 弟がやっているように、両手でしっかりと握った。


「……」


 腕を伸ばしたまま。

 ちょっと角度を変えて、モニターを太陽に反射させてみる。


「……あれ?」


 日女香は首を傾げた。


「隼くんは確かこうしてやってたけど」


 なんで何も出てこないの、と身体ごとゲーム機を傾けた。

 電源の入れ方すら知らないのである。

 うん? うん? と、身体を奇妙に動かし続ける日女香。そこに現れる、おっと目を瞠った男子生徒に気付いていなかった。


「……なにやってんだ?」

「ふぇっ!?」


 ゲーム機を落としそうになり、日女香は慌てて背中に隠した。


「え、ええ、えぇっとこれはその……っ!」

「お前って確か、稲田だよな」


 え、と日女香は男子を見た。


「えぇっと、佐波くん……だったっけ?」


 おう、と返事をする。

 同じクラスの〈佐波(さわ) 衛二(えいじ)〉とフルネームを思い出すまで、少し時間を要す。

 背が高く、顔は高校二年にして出来上がってるかと思うくらい強面。ニヤりと悪辣な笑みを浮かべる姿に、冷たいものを感じずにはいられなかった。


「優等生でも、裏ではワルいことすんだな」

「えっ!? い、いやこの、それは……!?」

「いーんだって。それ〈FILAファイラ〉だろ? 何のゲームやってんだ」

「え、えっと何も……?」

「今更しらばっくれるなって」


 そう言って、土を踏み鳴らしながら近づいてくる。

 カツアゲとはこんな気持ちか。

 日女香は恐怖を感じつつも、もしかしたら、と胸に期待を抱いた。


「あの、これどうやったら出来ます、か……?」

「……は?」


 そろそろとゲーム機を取りだした日女香に、佐波は眉を上げた。


「上の電源ボタン押せばいいだろ」


 確かめてみると、左端に丸いそれらしきものがあった。

 円に縦棒を差したようなマークがついている。


「……押したら爆発したりしない?」

「するか!?」


 日女香がそっとボタンを押せば、耳に新しい軽妙な音楽が流れ出した。


「わっ、出た!」

「その音楽はあれが、【MISSION:SAND STORM】の砂漠マップだな。おう、何の武器使ってんだ? ライフルか? スナイパーライフルか?」


 急にテンションが上がった佐波に、日女香は、え、え、と困惑する。

 画面を見れば、黄色い砂の世界に、両手で黒い銃を握る手が表示されている。


「えっと……黒くて小さいの?」

「殆どの武器が黒れぇよっ」


 馬鹿か、と言いながら、佐波は日女香の横に腰を落とす。


「――何でマシンガンなんだよ。ここスナイパーがわんさかいんだろ」

「そう、言われても……」


 画面を見ていると、いつの間にか画面が赤く染まっていた。

 と、思えば、すぐにヘリコプターが飛び立ち、同じ砂漠に戻る。ひゅんひゅんと音がし、血痕が散ったかと思うと、また画面が赤染まった。


「……死刑執行を見守るゲーム?」

「動かせよ!?」

「ど、どうやって?」


 貸せ、とゲーム機を引ったくられ、そのまま操作する佐波。

 何やら『取り逃しまくり』や『スキル無茶苦茶』と悪態をついているが、日女香にはよく分からない。

 すぐにファンファーレが鳴って、何となく達成したことだけ分かった。


「お前ならねェかもしれないが、カレシのゲームなんざ勝手にやったら怒られっぞ」

「か、彼氏じゃなくて弟の、です」

「姉の特権か。弟が面白そうだからやってみた、ってか?」

「いえ、その……練習もかねて?」


 練習、と頓狂な声で訝る佐波に、日女香は経緯を説明した。


「――んなもん、泣く間があったら練習しろボケ、とひっぱ叩けばいいだろ」

「だ、ダメよっ! 隼くんにそんなことしたら!」

「操作どころか電源すら入れられないくせに、安請け合いすれば、余計に恥かくだけだろうが」

「う……ま、まあやり方さえ分かったら簡単な、はず?」


 ならやってみろ、と言われゲーム機を渡された。

 画面には銃を構えた兵士の姿があり、『しゅん』と名前が書かれている。

 佐波がやっていたようにボタンを押してみれば、○のボタンで決定、×でキャンセル、□で店のようなもの、△で色々な設定ができると判明。

 STARTの文字を押せば、先ほどの場所に。見よう見まねで左のスティックを倒せば、弟の名をしたキャラクターが動くとも分かった。


「ほら、簡単じゃな――」


 広い場所に出た直後、カーン、と音が鳴り、空を見上げていた。


「そこスナイパーいっぞ」

「いやああ!? 隼くんが、隼くんが死んじゃったっ!? なんで、なんであんないい子を……う、うぅ……」

「お前まで泣いてどーすんだよ」


 ボケ、と悪態づく佐波である。

 何度やっても、可愛い弟の名をした兵士は倒れ、その度に目を赤くしてゆく。


 ――無理だ


 二十回ほど死に、悟った。


「隼くん、ごめん……。お姉ちゃんは……お姉ちゃんは無力よ……」

「当たりめーだろ。何もしたことがない奴がいきなり、【MISSION:SAND STORM】ができっかよ。別ゲーでSSSランク取った俺ですら、最初は苦労したんだぜ」


 え、と顔を上げると、横でサクサクとプレイする佐波の姿があった。


「佐波くん、それ上手なの?」

「おう。この前、ランカーマッチに出てやった」


 それがどれほど凄いか分からないが、自信に満ちた表情で何となく理解した。

 日女香はじっと佐波の顔を覗き込む。

 喧嘩っ早くて、時どき職員室に呼び出されている。おっかないと思っていたけれど、人は見かけによらないものだ。


「……なんか失礼なこと考えてねぇか?」


 むず痒そうにする佐波に、日女香はずいと迫った。


「佐波くん、お願いっ!」


 これしかない。

 姉の沽券は、ゲーム機を握るその手にかかっている、と――。


 ◇


「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ」


 母親と共に帰ってきた隼は、パタパタと音を立てて日女香の部屋に飛び込んできた。

 中には制服姿の日女香が一人。

 客室から運び込んできた、小さな液晶テレビとそれに繋がる黒い箱が一つ。


「わあっ、〈ステーブル5〉だ!」

「隼くんお帰り。どう、凄いでしょ?」


 持ってたんだ、と目を輝かせる隼。

 日女香はよく知らないが、それは隼が持っていた携帯ゲーム機・〈FILA〉と同メーカーから出ている、最新の据え置き機であった。

 テレビで携帯ゲームが出来るもの、と姉は認識した。


「これから隼くんの仇とってあげる」

「やったあっ、お姉ちゃんお願い!」

「任せときなさい。それでえぇっと……? ――え、昨日の鯖? 昨日はシチューだったけど、え、違う?」

「……お姉ちゃん、何言ってるの?」


 あ、と慌てて取り繕う日女香。


「え、えぇっと、『昨日の鯖はどこ』って……」

「あー、と昨日は確か〈フリードリヒ〉にいたよ」

「いいでしょ好きなとこでやっても――」


 右耳に手をやりながら顔を横に、文句を言う。


「って、ごめんごめん、フリーなんとかってとこね」

「……お姉ちゃん、耳に何かつけてる?」

「えっ?」


 日女香の右耳にはインカムがついていた。


「ちょ、ちょっとゲームには必須なのよ」

「あ、そっか! ボイスチャットで情報伝え合うって大事だもんね!」

「そうそうっ、ボイスちょっと大事っ!」


 あはは、と乾いた笑いする日女香は、チラりと真後ろのクローゼットを見た。

 木製の横格子。その中には、


『さっさと始めて終わらせろボケ』


 と、悪態づく、制服姿の佐波の姿があった。


 ――お願い、私の代わりにゲームで敵討ちしてっ


 密やかな人気のある日女香である。

 彼女の家、その部屋に上がったと言えば不良仲間に自慢できるだろう。どこぞの勇者みたいにタンスを漁り、スマホで下着の写真でも撮れば、かなり稼げそうだ――などと、邪な考えで応じた。

 だが……目論みとは大きく違っていた。

 まず、家は一目で分かる裕福な一軒家。

 そして、その娘の部屋はとても品に満ちている。

 住む世界が違う。タンスを漁れば、本気で警察に捕まりそうな気がした。


 ――これをつけて、クローゼットに隠れて


 そう言って、インカムを渡す。

 両親のだと言うが、何に使っているのか。

 日女香の考えはこうだった。

 自分はしているフリだけ、ゲームは隠れている佐波が操作する。

 指示はインカムを通じて。いわゆる傀儡である。


『早くやれ』


 佐波の音声が日女香に届く。

 女の匂いが濃いクローゼットの中。冬物の制服のスカートが顔にかかり、落ち着かないのだ。


「じゃあ、よしやるわよ――電源、電源……?」


 これも佐波の指示を受け、迷いながらボタンを押す。

 ゲームの選択。使用するデータの選択。

 隼は画面に見入っているため、コントローラーをまるで動かさない姉に気付いていない。

 画面に【MISSION:SAND STORM】のロゴが現れ、軽快な音楽が流れ始めた。


「よおし、やっつけていくわよーっ」


 テレビに映るのは、ジャングルのような戦場だった。


(敵味方のチームに分かれ、激しい銃撃戦を繰り広げてゆくルールかしら?)


 画面の右隅上・左隅上に、それぞれメンバー名が表示された欄が。

 左側の光りが、ふっ、ふっと消えてゆくのを見て、こちらが優勢ね、と明日香は得意満面に頷く。


「ああ、味方が弱い……」


 え、と顔を向けた。

 見てるチームが逆だったようだ。

 敵味方十六名。改めて確認すると、こちらは残り四名に対し、相手はまだ二名しか消えていなかった。


(ゆっくりノロノロ歩いているから、味方やられてるんじゃないの?)


 だが、それに対する絶望めいたものは、画面から伝わっていなかった。

 壁裏に隠れている敵を撃ち仕留めたかと思うと、そこから一気に動き出す。


「――うわぁぁーッ、お姉ちゃん凄いッ!」


 銃口が光り、カンッ、カンッ、カンッと相手の頭を撃ち抜く。

 表示されるマークと名前らしきものは、それを倒したと告げるものか。

 援護に駆けつけた者もまた、弟の分身とも言えるキャラが左右に動きながら手早く倒す。続けて銃を下げたと思うと、丸いものを構え、投げる。ひと息を置いて、マークが表示された。


「ろ、六人抜きっ!?」

「え? 二人どこで倒したの?」


 相手の表示が一気に半分までに減っている。

 隼は興奮を隠せない様子だった。


「ねぇ、どうやったらこんなに上手くなるのっ、お姉ちゃん!」

「え、えぇっと、そうね……上手くなるには練習かしら。お姉ちゃんぐらいになると、これぐらい楽勝だけどね」


 200時間かかったっつーの、との声が耳に届く。

 佐波の活躍著しく、勝負はこちらは二名を残す逆転勝ち。これが勢いとなったのか、続く第二戦目、三戦目もこちらが圧勝となった。

 だが、やはり狭い隙間から覗きながらのゲームは難しいのか。続けて二戦は『見えねえ』と、ミスしてやられてしまう。フルセット七戦、4-3でこちらの勝利となった。


「39キルって、お姉ちゃんってやっぱすごいや……っ」


 羨望の眼差しを向ける隼に、日女香は、


「でしょー?」


 えっへん、と鼻を高々と天に向ける。

 学校で見る姿とまるでちげーな、と驚く声が耳に届いた。


『レート上がったからよ。次か、その次くらいに多分当たるぜ』


 レート、と聞き返すと、隼は顔を俯かせた。


「0.4ってやっぱり低いよね……。全然上手くなれなくて……」

「あ、ああっ、そんなことはないわよっ! えぇっとなになに――『ストーリーをクリアするのに簡単な武器を使うからヘタレ』――そんなこと言わないで――『使うから強くならない』の。『ちゃんと丁寧なプレーを心がけたら上手くなれるぞ』――じゃなくて、わっ!」

「ストーリー……そ、そっか、今度やってみる!」


 ストーリーか、と目に力を込める弟の姿。

 成長したい意欲が垣間見られて、日女香はたまらず抱きつく。


『おい。甘やかしてねーで、次の相手にそのイジメた奴がいるかどうか聞け』


 え、と画面を見れば、次の試合のスタンバイが始まっていたらしい。

 隼に声をかけてみると、んーとしばらくテレビを凝視し、


「あっ」


 と声をあげ、一点を指差した。


「こいつっ、この何とか魚っての!」

「えぇっと、〈雑魚卸し業者〉――?」


 変な名前ね、と明日香が言う横で、


『あー……』


 と、佐波が納得した声をあげた。


「知ってるの?」

「え、だから昨日――」

『知ってるつーか……まぁ、初心者狩りってやつだ。まだ始めて日のない奴とかを狩って、怒る姿を面白がって眺める陰気なプレイヤーだよ』

「酷いっ! そんなの許せないっ!」

「だからお姉ちゃんが今日――」

『まぁ、あれなら本気でやってやっか』


 姉を案じた目を向ける隼。

 何だと分かっていない日女香は、大丈夫よ、と応える。その横の画面では、スナイパーライフルと呼ばれる銃を装備していた。


『このとこ調子乗ってっから、ボコってやらねえとな』


 何のことか。聞くよりも早く、試合は始まる。

 どこかの航空基地のような場所。こちらのメンバーは、ヘリポートから一斉に走り出した。


「ここいきなりスナイパーの撃ち合いするよね」


 へぇ、と他人事の声をあげる。

 隼のキャラクターである兵士は、どこか一点に向かって目指しているらしい。一気に室内を通り抜け、また外へ。近くの階段を昇った。

 広い直線道が眼下に。そう思った直後――十字のマークが画面を埋めたかと思うと、大きな銃声が轟いたのだ。


「ふわっ!?」


 日女香が驚く。

 画面はズシャーン、ズシャーン、ズシャーン、と立て続けに。

 十字のマークが出ては発砲。十字が出ては発砲。合間に小さな銃を出しているように見えるが、何をやっているのかまるで不明だった。

 しかし、発砲のたびに敵を倒せているらしい。


「お、お姉ちゃん、クイックチェンジとクイックショットすご、うま……っ!」


 どうやっているの、と言われ、とにかく無茶苦茶にコントローラーを操作する。

 無線のコントローラーだが、日女香が握るのは電源が入っていない。

 クイックチェンジやショットとは何か。

 とりあえず武器を忙しく切り替えている、ことでいいだろう。


「あっという間に五人倒せたわ。さて次は――」


 画面は急に空を向いていた。

 あ、と声を上げたのは隼だ。遅れて『くそ』と苛立った佐波の声がした。

 やっとそこで、やられた、と気付いた。


『ここからじゃ細かいとこ見えねーよ。音も聞こえねーし』

「そ、そうは言われても……」


 倒したキャラ名は、〈雑魚卸し業者〉と表示されている。


「うわーっ、あいつだぁっ!」


 何か個人にメッセージを送っているらしい。

 左隅にカチッ、カチッと文章が表示される。


【ざこおつーww おまえ、へたくそすぎww】

【がんばって、ボクをたおしにきてねぇーwww】


 これを逐一送っているのだろう、


【〈雑魚卸し業者〉って奴から煽られた】

【こっちもきた】


 と、味方の憤るメッセージが表示されてゆく。


「ひっどーっ! こんなの性根腐ったことするのがいるのっ!」

「昨日、こいつから何度も言われたんだ……」

「こんな陰気なの、親からろくに躾けを受けてないんだわ」


 インカムから咽せる声が聞こえてきた。

 日女香も悔しくてならない。〈雑魚卸し業者〉との人物はそうとう上手らしく、勝負は相手チームの勝ち。ずば抜けたスコアを飾っていた。


『チッ! しゃーねー、アイツを倒すことだけに集中すっか』


 佐波が言うと、次の試合が始まるなり単独で駆けだした。

 どこに向かっているのか。

 すぐ近くの詰め所らしき建物に入り、そこから出ると同時に。


「あっ!」「あっ!」


 隼と日女香。

 銃声が轟くや、二人の驚き声が重なった。


〈雑魚卸し業者〉


 相手を倒した時に表示されるマークの下に、その名が出ていたのである。


「な、なんでいるって分かったの!?」

「お姉ちゃん、だから撃ったんじゃ……?」


 いやその、と言い繕う姉に、


『動きがワンパだからよ』


 と、佐波が説明した。


 ――倒すことだけに集中する


 敵陣に単騎突撃したのか、もう一人倒す間に他から撃たれ、やられていた。

 味方は【しょうさんGJ!】とメッセージを送ってくるのと同時に、


【必死ww 倒せてよかったね〜ww】


 と、倒しても〈雑魚卸し業者〉は煽ってきた。


「ホント、これだけで育ちの悪さが分かるわ」

『ン゛ン゛――ッ』


 咳払いする佐波。

 試合はいい勝負で、最後の一騎打ちでこちらが辛勝となった。


 第三戦、四戦、五戦……。

 佐波はそれを倒すことに集中。始まるなり敵陣に飛び込み、狙撃する。

 日女香は驚きを隠せなかった。

 場所を変え、動きを変えてくるも、まるで考えを読んでいるかのように、的確に倒してゆくのだ。


【まぐれのくせに調子に乗んなよ雑魚】


 相手のメッセージも余裕のないものに。

 胸がすく思いだった。


 試合は三勝三敗のフルセットに持ち込まれた最終戦。

 今回、佐波は前にゆかず。慎重に歩を進め、敵を倒していた。

 しかしその中に〈雑魚卸し業者〉の名はなく。

 誰かに倒されたの、と日女香は画面を検めるも、それはしっかりと表示されたままだった。


「待ち構えてるの?」

「き、緊張するね……」

『だろーな。慎重っつーより、ビビりだが』


 こちらも慎重に。

 小さな銃を構えて室内を探索してゆく。

 敵味方は数を減らし、残るは二名ずつの静かな時間が流れ始める。

 30秒ほど過ぎた頃。遠くで静寂を破る銃声が鳴り、双方一名ずつ名前が消えた。


『よし、仕掛けっか』


 建物から出た佐波は、急に発砲。

 敵がいたのかと思いきや、ただ何もないところを撃っただけ。

 すぐに建物内へと引き返した。


「何をしてるの?」


 と、隼。

 日女香も「さあ?」と、小首を傾げた。


 ――しかし、その直後である。

 壁裏に立った弟の分身は、武器を小さな銃からナイフに持ち替えたかと思うや、


「え?」

「ええええっ!?」


 タイミングを合わせて、ヒュッとひと突き。

 血しぶきが飛んだかと思うと、敵・〈雑魚卸し業者〉が床に突っ伏していたのである。


『いよっしゃ! ざまぁみやがれってんだ!』


 佐波の声が耳にキンと響いた。


【ナイフwwww】

【草生えたww】

【雑魚卸したったww】

【これは草】

【読んでたの?】


 これには仲間も狂喜乱舞。

 ゲーム内で『作戦は成功だ』と流れるのだが、誰も聞いていない。

 相手からの罵倒も何もなく画面は暗転して、戻った。


「凄いやっ、お姉ちゃん本当にすごいやっ!」

「そ、そう? まぁ、うんそうよねっ、お姉ちゃんなんだし」


 弟の目は、冬の夜空に輝く星空の如く。

 あまりに眩しすぎるので、日女香は目を逸らしながら、よく分からない理論で誤魔化した。

 悔しさを晴らせたのが、よほど嬉しかったのだろう。隼は日女香に抱きつくと、未だ興奮が冷めない様子で、あれがよかった、これがよかった、と振り返り続けた。

 しばらくそうしていると、部屋にノックの音がした。


「――ちょっと二人とも、ご飯よ」


 二人は返事をする。

 あ、と日女香はクローゼットに目を向けるも、


「お姉ちゃん、いこっ!」

「えっ、ちょっ、ちょっと隼くん!?」


 おかず一個あげる、と弟に手を引かれ、意識を置いたまま部屋をあとに。

 ゲーム画面が光ったままのテレビ――その正面のクローゼットが、そっと開いた。


 ◇


 翌朝。日女香は教室に入るとすぐ、ぐるりと見渡した。

 確か、と窓際の一番後ろへ。そこには背が高く、厳めしい顔の男子が座っている。

 それを認めると、日女香は小走りで駆け寄る。


「佐波くん」


 その姿に、教室中が少しざわついた。


「き、昨日はごめんなさいっ」

「まさか、リアル脱出ゲームまでやらされるとは思わなかったよ」


 頬杖をつきながら声低く。

 昨夜――置いて行かれた佐波は、稲田宅から脱出するミッションを課せられた。

 玄関か、それとも窓か。

 前者は、一家が揃っているであろうリビングを通らねばならない。

 しかし後者は、飛び降りれば警備会社が来るような、不穏な空気漂う隣家だ。それを警告するかのように、塀の上に蹲っていた猫がひと鳴きした。


「お前のヘタレな弟の部屋から、横のダクトつたって脱出できたけどよ」

「隼くんをヘタレって言わないで。――と、これ、その……」


 日女香はカバンから、赤いリボンに結ばれた白い包みを取り出した。

 クッキーだと分かる。ほのかに芳ばしい匂いが、男の鼻腔をくすぐった。


「口に合うかだけど、昨日のお礼とお詫びに……」

「ふん」


 これじゃ足りねえ、とふてぶてしく受け取り、不躾にリボンを解く。

 星型のそれを一つ口に放り込めば、おっ、と目を瞠った。


「……まぁ、いいだろ。弟にゲームしてるの見せてやったの、思い出せたしよ」

「え、佐波くんって弟さん、いたの?」

「ああ。三つ下の、クソ生意気なのがな」


 そうなんだ、と言うと、日女香はモジモジと「あのさ」と切り出す。


「何とかクイーンズ、ってゲーム、知ってる?」

「クイーンズ……って、あの横スクロールゲーか?」

「よ、よく分からないけど、隼くんは今度、それクリアできないって言ってきて……」


 クッキーが入った袋を持ったまま。

 佐波は音をたてて、椅子から立ち上がった。


「え、ちょっと!?」

「あれは初心者でもクリアできるからよ」


 頑張れよ、何でもできるお姉ちゃん。

 ざわめく教室を出ようとする佐波に、日女香は慌てて追いかけるのだった。

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