翔サイド 5
道香は仲良くなった奴にはすごくなつくタイプだ。男でも女でも。
実際、大学の時には変り者扱いされて周りから浮いていた要と一旦仲良くなったら、姉妹か!っていうくらい仲良くなってた。
もちろん、理人とも気の置けない仲になってる。それはいい。
なつくとスキンシップ過剰になるのも、まあ信用してる証なんだろう。
でも、酔っぱらってそれを発動するのは如何なものか。
「三枝さん、飲むとああなんですよ」
ざわざわと騒がしい居酒屋はお座敷で、15人ほどの人が飲んでいる。俺の隣でサラダを取り分けて差し出しながら、宇梶さんが言った。
「そう……なんですか……。ありがとう……ございます……」
飲むとああなる?この言い様だといつもなのか!?
サラダを受け取りながら微妙な返答になってしまった……。
道香の会社の依頼品がほぼ完成した。
後は最終チェックとデータでの納品、という所で、会食という名の飲み会に誘われた。
こちらからは俺と理人と今回のチームから三名、あとは道香の会社から企画部の他、総務や営業、他になんだか暇な奴が来たのか?という感じで最初は接待の様相だったのが、段々無礼講になってきた……。
こういうノミニケーション文化がまだあるのは、歴史のある大企業故なのか……。
さっきから、離れた場所に座ってる道香が隣のスーツの男に寄りかかってるのが気に入らない。
多分、前にも道香の腰に手をまわしていた奴と同じ人物だ。
「彼は三枝さんの同期で営業の瀬名さんです。あの代の同期は仲がいいんですよね」
「あの……、宇梶さん?俺、そんなに三枝さんのこと見てました?」
何故かずーっと隣にいて離れない宇梶さんを、まじまじと見る。なんでこんなに道香のことを解説してくれてるんだ?
「ふふ、やっと見てくれましたね。神沢さん、目線がどこに向けられてるのか丸分かりでしたよ?」
「それは失敬」
俺的には隠すつもりはないので、そっけなく返した。
「三枝が気になります?」
なるほど。そういう風に捉えたか。
「そうですね。仕事も丁寧でとても助かってますよ。宇梶さんも細かい所まで気付いて下さって、やりやすいです」
ニッコリと営業用スマイルで返す。
「「仕事も」?他に何かあるんですか?」
「……。さすが、細かい所を突いてきますね」
これ以上説明する気はなくて、そのままぐいっとビールを飲んだ。
「神沢さん、おつきあいされてる方とかいらっしゃるんですか?」
「いや……。今はいない」
言いながら、ちょっと離れた所に座ってる理人を見る。理人もこっちを見ていて、目が合うと口の端だけクッと上げて笑った。
とたん、ガチャン!となかなかに派手な音を立てて、理人の側にあったワインの瓶が倒れた。
「わあ!如月さん、大丈夫ですか!?って、スーツ!!ワインが……!」
近くにいたウチのスタッフが、あわてて店員さんからお手拭きだのティッシュだの貰ってる。
周りもそちらを気にしている隙に、道香の腕を取って外に連れ出した。
「ちょっと……、翔!なんで……」
「そんなになるまで飲むなよ」
「そんなにって?」
顔は赤く上気して、それでなくても大きな瞳はちょっと潤んで色っぽい。更に足にキてるのか、ヨロヨロしてたらそりゃ危ないに決まってるだろ。
「ホラ、ここ座って」
店の横の路地に、ビールのケースが置いてあって、そこに座らせた。
「うん。外、涼しい」
俺を見上げてふにゃっと笑った。
うっ、か、かわいい……。
「ちょっと待ってて」
道香を一人残して行くのはちょっと不安だったが、見える距離に自販機があったので、水を買って戻った。
って、こんな短い隙にもう声かけられてるし。
と、思ったら先程の同期の瀬名という奴だった。
「三枝、大丈夫か?」
ひょろっとした細身の男の手が、道香の肩に乗っている。
カッと頭に一瞬血が昇ったが、ここで俺が出ていくと道香が後で困ることになる、と思い直し深呼吸した。
「三枝さん、これどうぞ」
二人の間を割るようにペットボトルの水を差し出した。瀬名が驚いて俺を見たが、そのまま店内に戻ろうと踵を返した時、シャツの裾が引っ張られた。
振り返ると、道香が泣きそうな顔で俺のシャツを掴んでる。
「どっ……、どうした?」
つい、いつもの口調で聞いてしまった。
「……しょー……、いて?」
クラっとキた。こんなこと言われて振り切れるわけない。
瀬名を見たら、今の道香を見たせいで顔が赤くなっている。
「…………。瀬名さん?ここは任せてもらえますか?」
「えっ……、いや、ウチの社員なんで、ご迷惑かけられませんし……」
「こちらこそ、ただの同期にご迷惑かけられないので」
ニッコリ笑って言ってやったら「え?……は?……」と、戸惑っている。
そこに「翔、三枝とお前のカバン持ってきてやったぞ」と、理人が現れた。
瀬名を見て状況がわかったのか、カバンを俺に渡すと瀬名の背中を押しながら
「営業の方ですよね?もう少し飲みましょうか」
と、店内に戻って行った。
こうなったら、バレても俺的にはかまわないけど、多分理人がうまいことやってくれるだろう。
道香を見ると、俺のシャツを掴んだままうとうとしかけてる。
「道香、帰るぞ」
シャツの手を離して、肩をゆする。
道香はトロンとした目を開けて、両手をまっすぐこちらに広げた。
「んー……。翔……抱っこ……、抱っこして」
まったく、いつもは照れて赤くなって、憎まれ口をたたくくせに、酔うと甘ったれになるってマジで厄介だ。
スルリと細い腕が首にからみ、柔らかい胸が俺の胸元に当たる。
こっちがどれだけ我慢してるか、わかってんのか!