道香サイド 4
あっ……、やっぱり……そうなんだ。
そうだよね。
昔から分かってはいたけど、あんまり長く近くにいすぎて、周りの反応とかに鈍くなってることを痛感した。
「神沢さん、こちら過去の本社や広告の写真なんですが、データではないのですが、大丈夫ですか?」
そう言って宇梶さんは翔の隣に座り、身を寄せて資料を見せた。
「ああ、データ化するのはこちらでやりますので、写真のままでいいですよ。過去の製品のパッケージなんかはまだあるようでしたら、こちらで撮影も出来ますし」
翔は宇梶さんの手からスルリと資料を受け取り、パラパラとめくって目を通している。
資料を見る翔の横顔を、宇梶さんはうっとり眺めてる……。ように見える。
いや、あのー、この案件のリーダーは理人だよね?
そういう資料とかの細かいやりとりは理人がやるんじゃないの!?
心の中で思っていても口に出来ない。
隣で猛烈仕事モードに入ってる理人が、ガンガン私に仕事を振ってくる。
「三枝さん、聞いてますか?この前副社長とのアポを取って欲しいのですが、今は引退なさって伊豆にいらっしゃるんでしたっけ?こちらから伺う旨を先方にお伝え願えますか?」
「は、はい!前副社長は私も存じ上げてますので、インタビューは同行させて頂きます……」
そこまで言って、理人と目が合う。
昔から私のことをよく知る彼は、無言の目線で「あれ、いいのか?」と聞いてきた。
いいわけないでしょ。
と思いつつも、私も目線で「仕事!今は仕事しましょう!!」と訴えた。
会社のパンフレット兼社史的な小冊子(もはや小じゃない気がする)の製作は、実作業に入っていて、今日は神沢デザイン事務所で、各々の作業の打ち合わせに来ている。
ここに来れば翔も打ち合わせに顔を出すけど、やりとりの大半はリーダーである理人で、こっちの会社に来てもらうのも理人がほとんどだ。
だから、ここに来る=翔に会える……というのを期待してるのは私だけじゃなかった。
「普段、俺がリーダーの時は翔はほとんどノータッチだぜ?」
理人が言うには、こんな風に翔が顔を出してくるのは特別なんだそうだ。
「じゃあ、なんで……」
「お前がいるからだろ」
ズバっと言われた。
しょ、職権乱用公私混同じゃん!!
*****
分かってはいたけど、やっぱり目の前で見るとそりゃあいい気はしない。
数人の女の子に囲まれて、きゃあきゃあ言われて、それを軽くあしらってる翔とか、そんなのを見るためにこのコンパに参加したわけじゃなかった。
その場から逃げたくて、よく知りもしない先輩に付いてったら、今度はこれだし。
「ね、抜け出さない?君と二人で話してみたかったんだよね」
って言うこの高野とかいう先輩は、さっきからやたらベタベタと体に触ってきてキモチワルイ。
あげくの果てに人気のないガーデンテラスに連れてこられ、腰に回した手がお尻を揉んできた。更にニヤケた顔まで近づいてきたので、突き飛ばして手近にあった空き瓶で股間を殴ってやった。
不本意ながら、こういう輩を撃退することに慣れていて、やったことに後悔も申し訳なさもないんだけど、怖いものは怖い。
「三枝、救急車レベル?」
のんきな声に振り替えると、理人と翔がいた。
しかも、こんなことがしょっちゅうあることを翔に知られたくなかったのに、理人にバラされた。
もう!もーう!
さっきの怖さと相まって、涙が出てきた。
見られたくなくて後ろを向いたら、翔がそっと触れてきた。
「もう大丈夫、大丈夫だから」
大きくて暖かい手が頭を何度も往復する。
その優しい手つきに段々気持ちが緩んできた。
余計、泣く。
翔は優しい。
この優しさが誰にでも向けられるものだって知ってる。だから、彼は男にも女にもモテる。
そんな彼を好きになったのに、そんな彼が嫌。
自分の矛盾に気づいたのはこの後だ。
コンパを抜け出すのに、翔はわざわざ私の友人に声をかけてくれようとした。理人なら全く気にせず黙って帰るところだ。
でも会場ですぐ捕まる。
「お、翔、こっち来て飲まねえか?」
三年生の先輩に声をかけられる。
「せんぱーい、俺まだ未成年っすからね!」
声をかけられなくても、目があってハイタッチだけして去っていった人もいた。
「えー、翔くんもう帰るの?」
さっきいた女子の集団が翔を引き留める。
「この後、二次会もあるんだよー」
翔の周りに集まってきた女子達が、翔の腕を取るのを見てしまった。
話してる隙に、一歩、二歩後ろに下がる。
そのままくるりと踵を返して出口に向かった。
嫌な気持ちが胸に広がる。
翔が悪いわけじゃない。
私の気持ちの問題だ。こんな自分は嫌い。
なのにこういう時に限って、また変なのに捕まった。
でも、大丈夫。
いつもこういうのはキッパリ断ってかわしてきた。
「もう帰るところなんで」
男子二人はすでに酔っているのか、なかなかあきらめてくれない。
ふいに伸びてきた手を避けようとする前に、その手を掴む手が横から出てきた。
「悪いな、彼女は先約済み」
急激に顔が暑くなった。顔を見なくてもわかる。この低くてハッキリとした声が誰のものなのか。
ぐいっと肩を捕まれて、ガッチリとした胸元に引き寄せられる。
さっきまでモヤモヤしてたのに、追いかけてきてくれただけで、一気に吹き飛んでしまった。
で、でも恥ずかしい!
こんな公衆の面前で肩を抱かれてるなんて……。
なんとか離してもらおうと身をよじったら、今度は手を繋がれた。
だだだ、大丈夫。翔は心配してくれて、それで追いかけてきて、助けてくれて、危ないから手を繋いでくれてるだけで……
「なんで一人で帰った?」
「翔が他の女の子と一緒にいるところを見たくなかったから」
なんて言えるわけない。
自分がこんなに嫉妬深いとか思わなかった。
うにゃうにゃ言い訳してたら、翔がとある言葉に反応した。
「彼氏ならいいのか?」
えっ……?
「なあ……、俺が道香の彼氏になっていい?」
あまりの発言に思考回路が停止した。
ちょ、ちょっと待って。
翔は心配して来てくれたんだよね?私があんまり変なのに引っ掛かりやすいから。
で?私を堂々と送ったり、守ったりするために彼氏になるの??
優しいっていったって、限度がある!!
「バッカじゃないの!?」
そんな優しさいらない。
「じゃあ、使う。使わせてもらう!実はもう1つ合コンに参加しなきゃならないんだけど、翔を理由に断る!」
あわてて変なこと言う私に、余裕の表情で翔は言った。
「いいね、それ。俺のせいで合コン断る、っていうの」
不意に持ち上げられた手に口づけられた。
えっ……。
どういうこと?
今の言動は、翔は私に好意がある……ってことでいいの?心配だから、とかじゃないの?ど、どっち!?
自分の顔が暑い。真っ赤になってるとわかってても真意を確めたくて翔の顔を見上げた。
今まで、見たことのない甘い微笑でこちらを見ている。
「ば、ば、バカじゃないの!?」
あー、もう、自分の語彙のなさに落胆する。