翔サイド 4
理人が仕方なくタクシーを呼び、先輩を帰らせた後、俺に「三枝を送ってけ」と言った。
もちろんそのつもりだったから、道香の友人に断りを入れてから帰るつもりで、会場に戻ってその子を探した。
人数も多くざわざわしている中だから、そんなに目立たず抜け出せる、と思っていたのにさっき声をかけられたサークルの女子に見つかってしまった。
「えー、翔くんもう帰るの?」
「この後、二次会もあるんだよー?」
「悪い。三枝さんが具合悪くてさ。送ってくから」
と、道香を振り返ったら、さっきまで俺の後ろにいたのにいない。
アイツ……!
さっきあんな目にあったのに、懲りてないのか。
「ちょ……、翔くーん!」
という声が聞こえた気がしたが、人波の中を掻き分けて走り出した俺は振り返りもしなかった。
店を出て、駅に向かう方面を向いたらすぐに道香の後ろ姿が見えてホッとした。
ところが俺が追い付くより先に、同じような大学生と思われる男子二人に声をかけられてる。
「もう、帰るところなんで」
キッパリとした拒否の言葉を発してるのに、男子二人は諦めない。
「いいじゃーん、一杯だけ付き合ってよ」
ニヤニヤしながら道香に伸ばした手を、すんでのところで掴んだ。
振り返った男が、驚いて抗議しようと何かを言いそうに開いた口を、片手でむんずと掴む。
「悪いな。彼女は先約済み」
予想より上から声がしたんだろう。
男の目線がさ迷った隙に、もう一人の男の方へ押しやった。道香を見ると驚いた顔と安堵の顔が混ざってる。
「行くぞ」
肩を抱いてさっさと歩きだした。
「あの……、一人でも帰れるよ?」
と言って、モゾモゾと俺の腕から抜け出そうとするから、肩を抱く手を離して代わりに手を繋いだ。道香がビックリ顔で俺を見上げたので、ニヤリと笑ってやったら、真っ赤になってうつ向いてしまった。
駅までの道は繁華街で、この時間だとレストランや飲み屋に人が吸い込まれている。
そんな喧騒の中で、道香を見てる男がどれだけいるのか本人は解っていない。
「なんで一人で帰った?」
繋いだ手がピクリと反応したのがわかった。
「だっ……、だって、邪魔したら悪いな、と思って……」
「邪魔?」
「女の子達。もっと神沢くんと話したがってたじゃん」
なんか拗ねてるぞ。
「でも、俺は道香を送るって言った」
「そうだけど……」
「理人とも言っただろ。俺達を使っていいって」
「使うだなんて、そんなの……。悪いじゃん。彼氏でもないのに……」
最後にボソリと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
「彼氏ならいいのか?」
「へ?」
「彼氏になら、送ってもらったり守ってもらうことに抵抗ないのか?」
「なっ……!」
赤面して絶句して止まった。
「なあ……、俺が道香の彼氏になっていい?」
「バッカじゃないの?そんな理由で彼氏なんていりません!じゃあ、使う。使わせてもらう!実はもう1つ合コンに参加しなきゃならないんだけど、翔を理由に断る!」
赤い顔のまま、早口にまくし立ててそっぽを向く。
俺的にはそこそこ緊張して言った言葉だったのに、かわされた。
でも、実は分かってるんだ。
道香が俺のことを意識してるってことは。
わかりやすいんだよな。
理人と三人でいる時も、俺と目が合うと赤くなってすぐ反らす。なのにしょっちゅう目が合う。
そのくせ喋ったりするとそっけなかったり、突っかかってきたり……。やること小学生男子か!と突っ込みたくなるが、それがかわいい。
「いいね、それ」
「は?」
「俺のせいで合コン断る、っていうの」
道香と繋いでる手をぐっと引き寄せて、手の甲に軽く口づけた。
「ば、ば、バカじゃないの!?」
*****
案の定、事務所に道香が入ってきたとたん、男性社員のみならず女性社員まで、ざわりと騒いだ。
だよな。
明るいグレーのシンプルなパンツスーツなのに、その完璧すぎるプロポーションから醸し出される色気が半端ない。
案内してる理人がスーツなので、より完璧な組み合わせのように見える。
見える、だけだが。
道香も理人も、お互いに特別な感情があるわけじゃないことを知りすぎてるほど知ってる俺は、二人が一緒にいても別に何も思わない。
でも、知らない奴等はそうではないようで、理人狙いの神崎さんなんかは真っ青になってるのが、ちょっと可哀想だ。
逆に理人が探し求めてやっと見つけた彼女――日向さんは、いかにも「いいものを見たー!眼福、眼福」と言わんばかりのキラキラした目で二人を見てる。
いや、君はその目で見たら理人が可哀想だから。
チラっとこっちを見た道香が、赤くなって目を反らす。
昔と変わらない反応。今は布団の中で抱き締めることも許してくれるくらい近づいたのに、まだああいう顔するのか。
そんな反応を楽しんで早10年近く。
楽しんでた部分もあるが、道香のペースに合わせてた部分もある。
道香が、なんで俺に素直に飛び込んでこないのかも薄々わかってる。
でも、そろそろこの状態を終わりにしたいと俺が考え初めていることを、道香も無意識に気付き初めている。
さて、どうしてやろうかな。