道香サイド 3
「えっ?見つかったの?」
意外な報告にビックリした。
翔に連れられて三人で来たのは定食屋さん。
サラリーマン向けのお店のようで、広い二部屋を繋げた和室に、机と座布団がズラリと並び、そこにところ狭しとサラリーマンやOLが座ってガヤガヤと昼食を食べている。圧巻の光景だ。
こういう定食屋に入ったことなくて、とまどう私を翔はスルリとエスコートしながら、空いた席に座った。
こういうのが上手いと、他の女の子にもやってるのかな……とか、考えてしまう。
「今回のプロジェクトチームに入ってるから、いずれ会うと思うけど……」
注文した料理が来る前に話し出した理人が、ちょっと照れたように目線を反らして説明する姿が新鮮だ。
彼は大学卒業してから、ずっと探していた女性がいて、その彼女が見つかったと言うのだ。
「って、えっ?!同じ会社の人なの?!」
「そう。すごい偶然。もはや運命?」
翔が茶化す。
「ど……、どうなの?向こうは理人のこと怖がってない……?」
聞いていいのかちょっと迷ったが、聞かずにはいられなかった。
だって、突然自分のことを何年も探してた……なんて言われたら、ちょっと怖くない?
「まだそこまで接触してない」
冷静に答える理人の横で、翔が言った。
「そうかあ?すでに怖がられてるんじゃないの?」
「おい!」
「だって、俺から見ても最近のお前って、時々、獲物を前にした肉食動物みたいな目してる時あるぞ?」
「……無気力な理人が?あ、違った。そうだよね。無気力だった理人をここまで変えたのが、その彼女だもんね。うわー!すごい見てみたい!会ってみたいー!!」
理人が探していた経緯も期間も知ってる私としては、ものすごく興味あるのは仕方ない。
「くっ、今度こっちの事務所来いよ」
なぜか翔が笑って、嬉しそうに答える。そういえば翔の事務所の場所や外観は知ってるけど、中には入ったことない。
「う、うん」
「今日は?メシ一緒に食べられるの?」
今、昼御飯を一緒に食べてるのにもう夜のこと聞かれる。
「こないだ作ってくれたヤツうまかった!あの、豚肉の揚げたやつ乗ってるどんぶり……」
「ああ、薬味ダレかけたやつね。今日は材料ないわよ」
「じゃあ、帰りに買ってくからさー……」
「…………。お前ら、新婚夫婦かよ……」
理人の呆れた呟きにハッとする。
完全に翔のペースにのまれてた。最近、毎日のようにウチに来て、ご飯食べて泊まっていくのだ。翔があまりにもナチュラルに普通のことのようにしてくるから、これが付き合ってもいない状態でやることではないことを忘れそうになる。
「今日はダメっ!後輩の子と飲む約束してるの!」
ちょっと強めに拒否して、しょうが焼き定食を黙々と食べる私を、翔の不信そうな目が上から見下ろしてくる。
「後輩って、さっきの蒔田さん?」
「そうよ」
本当は約束なんてしてないけど、あの様子だと、ランチが出来なかった分夜に誘われる確率は高い。
「ふーん。じゃあ今日は大人しく帰るか」
食事に戻った翔を盗み見る。
男らしくもりもりご飯を頬張ってる姿を、周りのOLさん達がチラチラ見てることに気づいてるのかな?
大学の時も、この二人といるといつも感じてたこの目線。
理人は、口は悪いけど所作が綺麗で、ビジュアルもハイレベルな美形だから、黙って立ってるだけで女子ホイホイ……って、よく大学の時に言われてた。
それに対して翔は、理由を述べるのが難しいモテ方をする。
確かに背は高いし、顔も男らしく整ってる。でもそんな人は探せばいそう。
くるくる変わる表情が、もうそこそこ大人な彼を少年っぽく見せる瞬間や、人と話す時に真っ直ぐ見つめてくる真摯な目とか、それでいて口調は砕けてて親しみやすかったり、面倒見がよくて人望も厚いから交友関係も広くて、誰とでもすぐ仲良くなれる……。これがいわゆる「人たらし」ってやつなのかな?
そしてそれが滲み出てる、彼のまとう雰囲気がカッコいいのだ。
本人はいつものほほんとしてる感じで、気づいてる気がしないけど……。
*****
「大学の、同級生!」
沙良ちゃんが、驚愕の表情でウーロンハイを掴んだ手を止めた。
「……そんなに驚くところ?」
「だって、あんなイケメン二人と更に道香先輩を並べたらものすごいビジュアルなのに、それをすでに大学の時から……!!」
ランチの後会社に戻ったら、沙良ちゃんのものすごーく興味津々な目線に射殺されそうになりながら仕事をこなし、暗黙の了解で飲みに連れて行かれた。
よくあるチェーン店の居酒屋だけど、OLさんが入りやすいようにオシャレな雰囲気の店で、二人で向かいあってる。
「でも、どうりでしっくり来てたわけだ。納得納得」
沙良ちゃんはそう言いながら、揚げ出し豆腐をパクリと食べた。
「でも私、てっきりメガネ……じゃなかった、如月さんの方が彼氏なのかと思ってました」
「理人と!?ないないない!」
「うん、今日改めて解りました。如月さんのことは全然気にしてないからこそ普通で、神沢さんの方は意識しすぎて普通にしてるんですね?」
「……う、あ……。沙良ちゃ……」
なんという観察眼。
「ウフフ。私、人間観察趣味なんです。高校で進路決める時にも、ファッション系にするか、心理学とかそっち方面にするか、悩んだくらい」
「何その二択」
「えー、自分の好きなものを突き詰めたらその二択になったんですよぉ。まあ、結局ファッションというか、コスメティック方面になりましたが」
化粧品メーカーの企画部、という仕事が大好き!と公言して楽しそうに仕事をしている沙良ちゃんらしい。多分、心理学方面に行ってたとしても楽しく仕事をこなしそうだ。
「でも、羨ましいです~!あんなカッコいい彼氏とラブラブ……、って、そろそろ結婚とかしないんですか?」
「ごふっ……!」
レモンサワーが気管に入った。涙目になる。
「……な、何か、勘違いしてる。そもそも付き合ってないから!」
またもや驚愕の表情をされた。
「う、嘘でしょ?神沢さん、完全に彼氏の目線で見てましたよ?でもって、道香先輩も好きが駄々漏れてるのに……。神沢さん、知ってるんですよね!?道香先輩が神沢さんのこと好きってことを!!」
「……付き合って……とは言われてる……んだけど……」
「ど?」
「………………、付き合ってない」
沙良ちゃんが、テーブルに突っ伏した。
この嘆きよう。こないだの要も同じような反応だったな……。
「先輩……。その様子じゃあ気づいてないみたいですけど、神沢さん、狙われてますからね……」
翔がモテるのは昔からなので「そうなんだ」と軽く返したら、キッとにらまれた。
「宇梶さんですよ!」
「宇梶さん……、って企画の?宇梶美麗さん?」
名は体を表す、という言葉がピッタリくる宇梶さんは、社内でも高嶺の花と呼ばれる美人さんだ。どうやらいいところのお嬢様らしく、サラサラの黒髪ストレートロングがたおやかな仕草によく合う和風美人で、更に仕事もそつなくこなす天が二物を与えちゃった系の人だ。
「本当は今回のこの案件担当、企画では安藤部長はともかく、道香先輩と私だったんですよ!」
「そうなの!?」
いくら仕事が出来るとはいえ、それが本当なら沙良ちゃんは大抜擢だったハズ……。
「私、ヤル気満々だったのに、宇梶さんが「蒔田さんではまだ役不足なのでは」って部長に進言して、宇梶さんになったんです」
ビックリした。
宇梶さんて、とても人当たりがよくて誰にでも親切丁寧、女神か仏様かっていうくらい穏やかなイメージなのに、事実……かどうかはさておき他人をそんな風に言うような人じゃない。
って、沙良ちゃんに言ったら、彼女も同じように思ったみたいで
「そうなんです。だから私、言われてムッとしたっていうよりビックリしました」
「な、何か宇梶さんを怒らせるようなこと……」
「してません!」
沙良ちゃんが、グビッとジョッキを空けた。
「だから、そんなことするくらいこの案件の担当になりたかった、ってことですよ!」
確信を持った目で強く言い切った。
「ま、まあ、そりゃあ今回の企画はかなり力入ってるし、上手くすればいい実績になるし……」
「ちがーう!」
どん、と握りこぶしをテーブルに叩きつけた。わあ、これはかなり酔ってきてるな。
「私もそう思いましたけど、打ち合わせ終わりとか、神沢さんが来たときとか、宇梶さんの目線、神沢さんに真っ直ぐ向けられてるんだもん!」
私も酔ってる。心臓がドクンとすごい跳ねた。
「ほらあ、やっぱり気づいてなかった!もう、道香先輩、神沢さんが周りからすごい人気あるって分かってます?男にも、女にもですよ!」
そんなの、何年も前から知ってる……。
それが、私を躊躇させる原因だってことも自覚してるけど、どうにもならない。