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彼と彼女のなりゆき  作者: キョウ
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翔サイド 3

「道香、見なかったか?」

 人混みの中で、見失った。

 つまらんからもう帰る、と言い出した理人を引き留めて聞く。

「見てない。っていうか、来てたのか?」

「ああ、さっき会ったんだけど……。高野先輩に連れてかれて……」

「高野先輩って、あの?」

 高野先輩のことを、理人でも知ってるのか。そう思ったら、急に胃の奥がヒヤッとする感覚を覚えた。

「先輩も、こんな人混みの中で何かするわけじゃないだろ。出入口を張ってた方が早いんじゃねぇ?」

 理人の冷静な判断に助けられる。

「まあ、大丈夫だとは思うけど」

 後に、理人の呟きの意味を知る。


 *****


「気に入らねぇな」

「何が?いい条件の契約だろ」

「そっちじゃなくて」

「あっちかよ」

 理人が見る目線の先には、打ち合わせが終わり各々バラけていく社員の中の道香に向けられている。

 隣の男性社員が道香の腰に手を添えているのを見て、すぐさま引き離しに行きたいのをぐっと堪える。

「耐えろ」

「耐えてる」

 こっちをチラとも見ない道香が、困り顔してるのがわかる。

「じゃあ、お前。これが日向さんだったら……」

「即、引き離す」

 即答しやがった。なのに俺には耐えろと言う。ヒドイ。

「メシ、道香誘っていいか?」

「俺はかまわないけど……。三枝、大丈夫か?」

 理人は社内での道香の立場を考えて言ってる。のはわかっているが、あんなのを見せられたら心配でしょうがない。


 一旦正面出入口で見送られた後、裏に回って従業員出入口で道香が出てくるのを待った。

 今朝、お弁当を作ったりもしてなかったし、オシャレなこの本社ビルに社員食堂やカフェがないことを知っている。

 どこかで買ってきたりしてないことを祈って待っていると、やっぱり理人と二人でいると目立つのか、昼休みで出てきた社員達にジロジロ見られるのが増えてきた。勇敢な女性社員からランチのお誘いを受けたのを断ったり、明らかな秋波を見なかったことにしたりして待っていたら、こういうのが嫌いな理人がイライラしてきた。

「メールとか電話しろよ」

「そんなことしたら逃げられるに決ってんだろ」

「やれやれ……」

 あきれた理人をほっておいて、従業員出入口を見たら、明らかに「げっ」という顔をした道香が出てきた。なぜか小さい女の子に手を引かれてる。

 その小さい子が、人混みの中をグイグイすり抜けて近づいてきた。

「お待たせしました。道香せんぱ……、三枝とお約束ですよね?」

 ニッコリ笑って言ってきた彼女は、含みのある笑顔で俺と理人を交互に見た。お、この子は察しが良さそうだ。

「ランチしながら、先ほどの件をもうちょっとつめさせていただきたく」

 ありもしない約束をシレッと言う俺らを、道香が白い目で見ているが、そんなのは慣れっこだ。さっきまで遠巻きに騒いでいた女性社員達は、俺らの会話を聞いて「仕事か」と納得したのか少しずつ散っていった。

「ええと、君は?」

「申し遅れました。三枝と同じ企画の蒔田沙良(まきた さら)と申します。以後、お見知りおきを」

「神沢デザイン事務所の神沢です。こちらは如月。よろしくお願いします」

 人がだいぶ減ってきたのを見計らって、蒔田さんが小声でいたずらっぽく言ってきた。

「神沢さん、道香先輩のこと、何卒よろしくお願いしますね」

 道香が隣で真っ赤になって「なっ…!」と言いかけてるのにウインクして彼女は去って行った。

「なんとも……、出来る後輩だな」


 *****


 料理が並べられたホールからちょっと離れた出入口付近にいた。その近くのガーデンテラスの方から「ボゴッ」となかなか痛そうな音がしたのだが、喧騒の中でそれを聞き取ったのは近くにいた俺らだけだった。

「あー、やったな」

 理人が呟きながらそっちへ向かうので付いていった。

 そんなに広くはないが、綺麗に植木が整えられた庭にいくつかの椅子とテーブルがある。天気のいい日にはこちらでも食事が出来るらしいが、今は暗闇の中、窓から漏れる照明の明かりに、ワインの空瓶を持って仁王立ちしてる道香と、その足元にかがみこんでる男性が浮かび上がっていた。


「三枝、救急車レベル?」

 のんきに声をかける理人に道香は振り返って冷たい目で言った。

「失礼ね。ちゃんと手加減したわよ」

「……う…、これで……手加減……?」

 うずくまってる男は高野先輩だった。

 何かやらかして道香に反撃されたであろうことはわかった。

「今度はワイン瓶?」

「ちょっと!いつもやってるみたいに言わないでよ!」

 二人の会話に付いていけない。理人を見ると

「三枝は高校の時にセクハラしてきた教師をイーゼルで殴った前科があって……」

「ぶは!」

 思わず吹いてしまった。

 そうだった。この二人は同じ高校出身だったっけ。

 理人が淡々と答える中、道香は情けなさそうな顔を真っ赤にしている。

「い、言わないでっていったのにぃ!」

「なんで?カッコイイじゃん!」

 呑気に言う俺を、道香がキっと睨んだ。

 と、思ったらみるみる顔が緩んで泣き顔になった。それを隠そうとクルッと後ろを向いてしまった。

 あんまり勇敢な姿を最初に見てしまったから、失念していた。そうか、怖かったのか……。

 道香の後頭部に手を伸ばした。

「道香、もう大丈夫。大丈夫だから」

 本当は抱き締めてしまいたかった。けど、たった今男に襲われて、小刻みに肩を震わせている彼女をこれ以上怯えさせたくなくて、そっと頭を撫でる。

 ゆっくりゆっくり往復していたら、彼女から力が抜けていくのがわかった。


「先輩、大丈夫ですか?なんなら救急車呼びましょうか?」

 全然心配してないのがまるわかりな言い方で、理人が高野先輩に声をかけていた。

「まあ、もちろんそんなとこ押さえて救急車に乗り込む所を皆に晒すことになりますが」

 道香がワイン瓶で攻撃した箇所がわかった。急所狙い打ちとか怖すぎるが。

「やめ、やめろ……」

 まだかがんでるって、道香どんだけおもいっきりやったんだ。

「このまま密かにタクシー呼んでやっても、いいですよ?二度と三枝に近寄らないなら」

 理人が悪魔の笑顔で言った。キレイな顔が凄むと迫力がスゴいな。

 冷や汗を流しながら、先輩はコクコクと無言で頷いた。


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