道香サイド 26
急いで駆け込んだホテルの地下のバーには、すでに軽く飲んでいる翔がカウンターに腰かけていた。
ジャケットを脱いださっきの格好のままだが、シャツにベストのスーツ姿って、いやに色気がある気がするのは気のせいなのか、翔だからなのか……。
テーブル席の女性グループがチラチラ翔を見てることに気付いて、わざとそっち側を通って翔の隣に腰かけた。
「ごめんね、だいぶ待ったでしょう?」
「いや。今日の道香を思い出して反芻してた」
こっちを向くとニヤリと笑って、変態っぽいこと言った。
「てか、その服もいいな」
改めて全身見られた。
*****
あの完全なるドレス姿のまま、歓談中も接待し、パーティー終わりに来賓をお見送りする時にもそのままだった。
その間、翔の黒いジャケットを着たままだったのが効果を発揮したのか、変に男性に絡まれることはなかった。女性陣からの質問責めはすごかったけど。
それ以外に意外な効果があって、宇梶さんが何か言いたげにこっちを見てくるものの、恨めしそうな表情をしたまま近づいて来なかった。
いつもなら、ニコニコと清楚な笑みのまま、顔に似合わずなかなかに辛辣なことを言ってきたりしてたのに。
全てが終わって、みんなが撤収作業に入ってる時に、元のスーツに着替えようとしたら、要に止められた。
「このあと翔と会うんでしょう?こっち着なさい!」
と、今着ている落ち着いたブルーグレーのワンピースをわたされた。
*****
肩やデコルテ部分がレースで、腰から下のスカート部分はキレイにドレープが入った膝丈のフレアーになってる。
デザインはエレガントで、色は大人っぽく落ち着いてる。さすが要、センスある。
「へへ、似合う?さすがにさっきのドレスじゃ出歩けないって、要が用意してくれてたの」
「うん、キレイ」
今日の翔はキレイの大安売りだな。
翔がシャンパンをオーダーしてくれて、二人で乾杯をした。
「道香、お疲れ様。ウチとやった冊子からこのパーティーまで、記念イベントはこれで終わり?ちょっとは休めるの?」
「そうだね。もう60周年関連はないかな。社内で記念品配ったり、植樹したりするらしいけど、もう準備はほぼ出来てるしね」
大仕事が終わってホッとしたのか、シャンパンがいつもより早く回る。
「道香、ちょっと……話があるんだけど。上行かない?」
そう言って翔はベストのポケットからホテルのカードキーを出した。
翔がそんなベタなことをスマートにやってのけてビックリした。と同時に顔が赤くなる。
無言でコクンと頷くのが精一杯だった。
エレベーターで連れて行かれたのは、かなり上の階。
今日のパーティーの来賓で、遠くから来た方にこのホテルを何部屋か予約した私はわかる。こんな上の方、絶対エグゼクティブ用で、スイートとかしかない階だ。
「翔?こんなリッチなとこじゃなくても良かったのに……」
言いかけた私に無言でニッコリ笑って、翔は既に部屋のドアを開けて私を待っていた。
躊躇したけど、部屋を覗いたらそんな気持ちが吹き飛んだ。
私は自分のリラックスのために手頃でいごこちのいいホテルにたまに泊まる。そこのスイートにも泊まったことがある。
けど、さすが大手外資系のセレブなホテルのスイートは違った。
広さはもちろんのこと、センスのいい調度品、窓から見える夜景、全てが超一流品だった。
「うわ……。すごい……」
思わずキョロキョロ室内を観察してしまった。
翔を振り替えると、めちゃくちゃ極上の笑みでこちらを見ていた。
改めて、引きで翔の姿を見たら、ものすごいこの部屋にマッチしてる。
ジャケットがないスーツ姿はちょっとリラックスした感じで、柔らかい雰囲気と微笑みで、見とれてしまう。
そこでふと思い出した。
「あっ、ごめんジャケット返してなかった!」
紙袋に入れてたジャケットを翔に返した。
「ん」
と言いながら、翔はそのジャケットを羽織った。
「この部屋、すごいね!夜景も綺麗!」
ちょっと酔いが回ってるし、こんなすごい部屋にいて、テンション高めな私ははしゃいでた。
窓際で夜景を見ていたら、隣に翔が来た。
夜景を見てるのかと思って横を見たら、私を見てる。
その翔が突然目の前でしゃがんだ。
「!?」
しゃがんだ。と思ったら、違う。
ひざまずいてる。
もう、それだけで、翔が今から何をするのかわかってしまった。
私の両手を取って、顔を上げる。
「三枝道香さん、俺と、結婚して?」
そのまま手の甲にキスされた。
何も言葉を発せない私を見つめながら、おもむろにジャケットのポケットからハンカチに包んだ何かを取り出した。
それを左手の薬指にはめた。
涙で視界がボヤけても、それが何かなんて分かった。
「道香、返事は?」
せっかく要が綺麗にしてくれた化粧が、見るも無残になっていると頭に過ったけど、そんなことはお構いなしに勝手に涙が溢れてくる。
嗚咽をもらすくらい泣いてしまって、返事が返せない。
そんな私を見て、翔は立ち上がって「しょうがないな」と笑いながらそっと抱き締めてくれた。
ここ。
この暖かくて大きくて、ものすごい安心出来る腕の中が私の居場所になるのかと思ったら、人生で一番だというくらい安堵した。
「う……、うん。する……。うっ……翔、の……、お嫁さんにして下しゃい!」
泣きながら言ったら最後噛んだ。




