道香サイド 25
舞台袖にはけると、沙良ちゃんが泣いていた。
「沙良ちゃん!何!どうしたの!?」
「道香先輩と神沢さんがお似合いすぎて~!」
そんな理由で泣いてくれたの?確かに、ずっと表舞台というか、皆の前で二人で並ぶことなんてなかった。一緒に仕事したときも主に理人とやりとりしてたし。
沙良ちゃんの前で二人揃ったところをちゃんと見せたのは初めてだったかもしれない。
「あっ、これ崎浜さんのでしょ。ごめんね、借りてて。ありがとう」
ピンクのドレスを着た同僚が、レースのショールをしていたことに気付いていた。
さっき翔が無理矢理かりたのも分かっていた。
ショールを返して涼しくなった肩に、後ろからパサリと何かが掛けられた。
と、同時にフワリと香るのが、翔の香りだとわかったとたん、ぶわりと体が熱くなった。
肩を見れば、翔の黒いジャケットが掛けられている。
振り返って翔を見たら、ニッコリ笑いながら
「道香、仕事終わるまで待ってるから」
と言って、シャツとベストのままホールの方へ行ってしまった。
ニヤニヤした同僚に、そのまままた下の控え室に連れていかれた。
控え室に入ったとたん、周りにいた企画の同僚と要のスタッフ達から、黄色い悲鳴が上がる。
「なんなんですかぁ!神沢さんかっこよすぎ!」
「仕事したときは金髪のあんちゃん、って感じだったのに、髪型変えて三つ揃い着たらすごいオーラ!イケメン度がハンパないー!」
「でもって、三枝さんとお似合いすぎる!なんなのこの美男美女カップルはー!」
いくら下の階でも騒ぎすぎ。
「あの!私着替えたいんだけど!」
皆の気を反らすため、着替えを訴えてみた。
皆が止まり、沙良ちゃんがくるっと振り向き、言った。
「ダメです」
「え」
「新製品の案内が終わったら、そのあと歓談があります。その時には道香先輩、そのカッコのまま接待して下さい」
歓談中にお客様の接待が入るのはわかってたけど、まさかこのカッコのまま……っていうか、そもそもドレス着せられるなんて思ってもなかったのに!
「しかも、神沢さんからの伝言です「ジャケット脱がすな」だそうでーす」
いつの間に!
「道香先輩、今まであんまりお化粧してなかったでしょ?」
突然、沙良ちゃんが私の顔をマジマジ見た。
「う、うん……。だって、私のこの顔で化粧すると、とたんに迫力すごくなるんだもん……」
「鏡、見て下さい」
そう言って、要のメイク道具の中から大きめの手鏡を取って、手渡された。
そういや、要に化粧してもらった顔をまだ見てなかった。
そこに映っていたのは、いつもの化粧するとケバくなる私とはうって変わった、ちゃんとメイクした綺麗な私だった。
お肌にはわざとらしくないツヤが、瞼には上品なラメが、唇は違和感のない程度のほんのりピンクが、チークも入ってるけど自然に馴染んでる。
化粧してない風に綺麗、とかでなく、ちゃんと化粧してるのがわかるのに、元の顔を生かした、元の顔をそのまま格上げしたようなメイクだった。
自分でも自分の顔がこんなになるなんて、ビックリだ。
「ね、道香先輩。綺麗でしょ」
「う、うん。すごい。すごい要!」
「いや、確かにトーカさんもすごいんですけど!道香先輩、綺麗なんですよ、あなたが」
沙良ちゃんが何を言いたいのかわからなかった。
「私が断言します。神沢さんの隣に違和感なくいられるのは、道香先輩だけです」
顔が熱くなった。
要のスタッフの1人がおずおずと言い出した。
「私もそう思います。以前からトーカさんに会いに来た神沢さんはお見かけしてましたし、道香さんのことも聞いてました。けど、今日実際にお二人を見て、すごい納得。お二人が醸し出す雰囲気がすごく馴染んでて……」
他の同僚やスタッフも頷いてくれてる。
周りからはそんな風に見えていたのか。なんだか、恥ずかしいけど嬉しい。
「私、翔の隣にいても……いいの?」
「もちろんです!こう言ったらなんだけど、宇梶さんなんかより全然お似合い!」
沙良ちゃんが力強く言ってくれた。
泣きそう。
「わー!道香先輩、泣かないで!トーカさんいないとメイク直せないー!」
要はホールの体験ブースで、メイクの指導中だ。ここにいるスタッフも道具を抱えてまた上の階に戻って行った。
「道香先輩、大丈夫ですか?ホール、戻れる?」
「うん。ありがとう沙良ちゃん。大丈夫、お仕事しに行こう!」
翔のジャケットを羽織ったまま、またホールへと戻った。




