道香サイド 23
「それより道香、どういうことだ?」
翔がわざとらしく凄んだ。
「なにが?」
何のことか分かってるけど、とぼける。
「下で会った蒔田さんも、さっきの宇梶さんも、すげードレスアップしてんじゃん!なんで道香だけブラックスーツなんだよ」
「私だけじゃないわよ。ホラ、向こうの経理の田辺さんもスーツじゃん」
「……。俺が見る限り、50代くらいの女性に見えるんだが?」
そうですね。田辺さんは確かそろそろ定年だ。
式典が開始されて、今は司会による会社紹介が映像とともに語られてる。
フロアの人はほぼみなスクリーンを見上げていて、ホールの後ろの壁際で翔といても注目されていない。
実は服装指定はあったのだ。
会場に華を持たせるため、若い女性社員はドレスアップしてくるように、と。
コンパニオンを雇うことも検討されたけど、他のスタッフ同様、予算の関係で却下された。
とはいえ、化粧品メーカーの式典があまりに地味でもいかがなものか、と誰かが言い出し、結局若い女性社員がドレスアップすることになった。とはいえ、強制ではない。ご年配の社員もいるし、ドレスを着たくない人はスーツで良い、と言われたので、私のようにスーツの女性社員も何人かいる。幸い、女性が多い会社なので、私がドレスアップしなくても、華は十分ある。
「そっちこそ、そんなことより、そのアタマ……」
改めて見ると、見慣れない黒髪が、違和感なく似合っていてドキドキする。
「道香、実はさっきから見すぎ。似合ってる?」
ニヤリと笑われた。
「だっ…て、……すごいカッコイイんだもん……」
「…………。お前、こんなとこで煽るな」
珍しく翔が照れた。
それを直視して私もテレる。なにこれ?は、恥ずかし……。
そう思っていたら手を繋がれた。
いくら証明が落ちてて、皆スクリーンに注目してるとはいえ、周りには社員もいるし、さっきのこともあるし、私、これでも仕事中なんだけど……。と焦っていたら、反対側の手も繋がれた。
「えっ……?」
と横を見れば、瀬名君がニッコリ笑いながら翔に話しかけた。
「神沢さん、これでも三枝は仕事中なんで、解放してもらえますか?」
翔は、一瞬チラリと瀬名君を見て、不適に笑った。
恋人繋ぎしてる手をぐいっと上げて、私の手の甲にキスした。
ややや、やめてぇぇ……。
それでなくても黒髪になったら何故か色気度合いが増してるのに、その上でこんなことされたら腰抜けそう。
顔が熱い。
何か言おうとも言葉が出ない。
そうこうしてる間にも、ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら、翔のキスは止まらない。
瀬名君はあっけにとられつつ、顔が赤い。
「し、翔!いいかげんに……」
小声で抗議したら、今度はザラリと柔らかい感触がした。
「っひゃ……!」
思わず変な声が出た。
力を込めて、手を振りほどく。
ギッと翔を睨んでやったら、極上の甘い笑みを向けられた。
「道香、また後でな」
そう言いながら、スタスタとドリンクコーナーの方へ行ってしまった。瀬名君に繋がれてる手は全く気にせずに。
もう!なんなのよ!
そろそろ顔が赤いのが戻らないと、照明が戻る。
「くっそ……。なんだよ、アイツ」
瀬名君の呟きが聞こえた。
そっと瀬名君の手を外す。
「仕事中にごめんなさい。瀬名君のお客様はいいの?」
営業ともなると、他の部署より招待客が多いはずだ。
「ああ、俺のとこは他の同僚とも被る人も多くて、皆で振り分けてんだ」
司会が一区切りつけたら拍手が起こった。照明が戻り、会場が明るくなる。
以前は、背も高いし金髪だから、こういう人混みの中ではすぐ翔を見つけられて便利だなぁ、などと思っていた。
でも、今もすぐ見つけられてしまう。
金髪だから、とかじゃなかった。私の目が、翔をすぐ見つけてしまうのだ、と気付いた。
「そんなに、アイツのこと好き?」
隣からボソッと囁かれた。
改めて聞かれると、さすがに恥ずかしい。けど、瀬名君にはちゃんと言わないと。
「うん……。あの…、ごめんね……」
「いや、もう謝らないで。今ので分かった。俺がちょっかい出しても、二人とも全然揺るがないんだもんな」
ちょっと悲しそうな苦笑いをして、瀬名君は去って行った。
「三枝さん、そろそろ例の……」
企画部の先輩がこそっと呼びに来た。
頷いて控え室に向かう。途中、いつの間にか部長と話している翔を見ると、横に青いドレスが寄り添っている。
もちろん、瀬名君が言ったように揺らいでないわけではない。
今だって、ものすごい気になる。
でも翔が、あんな風に私を信用してくれてるなら、私も翔を信用したい。
*****
「か、要?どうしちゃったの?」
下の階のスタッフ控え室に行くと、要が他の社員と共に新製品発表の準備をしていた。
「あら、道香。翔に会った?」
ニッコリ笑ったおじさんは、普通のブラックスーツだった。
ヅラもかぶっておらず、ヅラを被るため短くしているという地毛の黒髪もそのままだ。ネクタイはしてないものの、薄いピンクのシャツのボタンを多めに開けて、普通のメイクアップアーティストのようなファッションだった。
「し、翔に会った。やっぱり、要は知ってたんだ。ていうか、理人もでしょう?コーディネートが理人っぽい!」
「あははは!さすが道香ね。あの頭はアタシよ。どうだった?」
どう、って……、そりゃ……
「かっ、かっこよかった……よ……」
思い出しても顔が熱くなる。
「それはおいといて、要のその格好は?」
要はキョトンとした後、穏やかに笑った。
「アタシだって考えてるのよ。いつものあの格好はアタシのアイデンティティーだけど、今回の主役はアタシじゃなくてあくまでこの商品よ。特にこの商品のビジュアルはシンプルでしょう。アタシの方が目立ってどうすんだ、って話よ」
そりゃそうなんだけど。
要が、自分のスタイルを変えてまで、この新製品へ思いを込めてくれていることが、嬉しくて身が引き締まる。
「そ、れ、に。目立つ役目は今回アタシじゃないしね」
ニヤリ、と不適に笑ったとたん、周りのスタッフの目もなぜかキラン、と輝いて私に集まった。
「え?」




