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彼と彼女のなりゆき  作者: キョウ
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翔サイド 17

「神沢さん!ようこそ、いらっしゃいました」

 こちらに気付いた安藤部長が、にこやかに笑いながら近づいてきた。

「すいません、宇梶が今席を外していまして。せっかくならドレスアップした姿を……」

「いえ、先程お会いしました」

 言いかけてるのをわざと遮った。さっきの男性社員もそうだが、部長も何か勘違いしている。

「そうでしたか。とても綺麗なブルーのドレスで、神沢さんも見たら惚れ直すかもですよ。今日の神沢さんも髪色を変えたせいか、男っぷりが上がって、二人で並んだらお似合いだなあ」

 ニコニコ悪気がないのはわかるが、これは早々に訂正しておきたい。

「三枝さん、案内ありがとう。持ち場に戻っていいよ」

 部長の言葉とともに、一歩下がった道香が俺の側を離れた。

「じ、じゃあ、私はこれで失礼しま……」


「道香」

 耳元にかかる髪を一房手に取り、胸元の赤いバラのコサージュに引っ掛かってるのを外してやる。そのまま毛先に唇を寄せた。

 道香を見れば、真っ赤になって口をパクパクしている。思わず「フハッ」と笑ってしまった。

「金魚かよ。また後でな」

 頭をクシャっと撫でた後、指先で頬をスリっとかすめてやった。

 勢いよく後ろを向いた道香の耳が赤い。そして、ものすごい速さで遠ざかっていく。

 クックッと笑っていたら、安藤部長の困惑した声がした。

「えっ……と、あれ?神沢さん……、もしかして…三枝……と?宇梶とではなく……?」

「何か誤解があったようですね」

 明言はしない。

 でもこれで、宇梶さんと俺が…っていう認識は覆されただろう。

「宇梶さんと言えば、お二人のお兄さんが来ていましたよ」

 部長は、ハッとした。これはあの兄達がそこそこな大株主だと知っているな。

「どうぞ、こちらはお構い無く。ああ、ドリンクでも貰いに行きますので」


 部長と別れてからも、社員からも来客からもやたらと話かけられた。

 というのも、例のテレビを見ていた人が意外と多く、かつテレビでは金髪だったのが黒髪になっていることを話題にしてくる人が多い。

 中には仕事になりそうな話をしてくる人もいて、無下にも出来ず話を合わせていると、会場がフッと暗転した。


「皆様、大変お待たせ致しました。これから、レイメイ堂創立60周年記念祝賀会を開催致します。まずはこちらの映像をご覧下さい」

 女性司会者はハッキリとした柔らかい声で言った。


 皆が前のスクリーンに注目しているうちに、壁際に移動した。

 スクリーンには、会社の設立から過去の商品、創業一家や工場や事業所の古い映像など、見覚えのあるものが多かった。

 道香が「申し訳ないことに、翔のとこで使った映像を使い回してる部分も多いの。やっぱり昔のって選べるほど映像や写真って残ってなくて……」と言ってたな。


 と、思い出していたら、横から腕をつんつんしてくる奴がいた。

「道香、お疲れ様」

 耳元に近づいて小声で言った。

 ちょっと頬を染めつつも、ギロリと睨まれた。

「さっきの!周りの社員が結構見てて、隙あらば私、質問攻めなんだけど!」

 小声ながらも怒気を纏ってる。

「あのな、俺だっていいかげん怒るぞ」

「えっ……」

「なんでこの会社では、俺が宇梶さんとどうにかなってるとかいうことになってるのかな?」

「そ、それは宇梶さんが翔との話を、なんてゆーか、盛って?周りに吹聴してて……」

「で?道香はそれを放置してたわけ?」

「う……」

 道香が詰まった。

「別に大っぴらに付き合ってる、とか公表しなくても、そんな噂を牽制することは出来たんじゃないの?」

「そ、そりゃ……、そうなんだけど……」


「道香、俺が彼氏は嫌なの?」

 ぱっとこっちを見た。

「そんなわけ、ないっ」

 袖をガシッとつかまれた。

 わざと試すように言ったのはちょっと罪悪感があったが、必死になってくれたことが嬉しい。

「じゃあ、いいじゃん」

 ニヤリと笑ってやると、なんだか腑に落ちないっていう表情でこくんと頷いた。


「あと、宇梶さんのお兄さん達に何を言ったの?」

 そうだった。それを話してなかったな。

「後で詳しく話すけど、まあ、お兄さん達には俺らのことを理解してもらって、宇梶さんをどうにかしてかくれる、ってことで話がついてるから」

「ど、どうやって……」


 *****


「はじめまして。宇梶界と、弟の陸です」

 最初は打ち合わせに弟だけ来るってはずだったのに、兄まで付いてきた。

 二人とも涼やかな和風顔で、それでいて所作がキレイだった。あー、コリャ理人ばりに騒がれるタイプだなぁ……、などと思った第一印象だった。

 いつもの会社の応接室で、俺と理人で対応する。

「わざわざ上京までして頂きありがとうございます」

「いえいえ。妹から聞いていまして、是非神沢さんにお会いしたくて押し掛けてしまいました」

 にこやかに笑っているが、言葉からもう値踏みする気が満々だ。

「ああ、以前に美麗さんの会社とお仕事をさせて頂きまして。その時には色々とお世話になりました」

 牽制しあう雑談をしていると、「失礼します」と、日向さんがコーヒーを持ってきてくれた。

 弟の方の陸さんが、彼女をじっと見ていることに気付いた理人が、冷たい空気を纏い出した。

 それにもちろん気付いた日向さんは、さっさと応接室を出て行った。

「神沢さんの周りにはお綺麗な方が沢山いらっしゃるようですね」

 兄より人好きのする笑顔で陸さんが言った。

「そうですか?だとしてももう私には決めた人がいますので関係ありません」

 シレッと言ってやったら、二人してピクリとした後、止まった。


「率直に聞きます。神沢さんは特定の女性とお付き合いなさっているのですか?」

 界さんが切り込んできた。もはや商談どころじゃねぇな。

「もう、10年来片思いしてましてね。最近やっとお付き合い出来るようになって、浮かれてる所です」

 ニッコリ笑って言ってやった。

「実を言うと、美麗さんからも度々ご連絡を頂いたりするのですが、そんなわけでお相手することが出来ず……」


「迷惑しています」


 隣の理人が息を飲んだ。

 これはビックリしてる、ではなく、笑いそうになってるのを堪えてるな。

 二人を見ると明らかに動揺してる。ははあ、これは宇梶さんから違う風に話を聞いていたな。


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