翔サイド 16
「ま、こんなもんか」
理人がワックスの付いた手を洗面所まで洗いに行った。
「うーわー、翔さん、全然別人みたい!っていうか、会場に着く前に逆ナンされないで下さいね。道香さん泣いちゃう」
仕事終わりに理人のウチに寄り、着替えさせてもらった。さすが、ファッションにこだわる理人んちにはデカイ姿見があった。それを覗きこみながら、日向さんがおどけて言う。
道香の会社の記念パーティーに行くのに、理人と要にコーディネートを頼んだ。
理人は俺よりファッションにこだわりがあるし、要はその道のプロ。こんな二人が近くにいて頼まない手はない。
とはいえ、要は当日重要な仕事があるから、事前に打ち合わせしといて、あとは理人に任せた。
髪を黒くしてカットしてくれたのは要だ。
切りながら
「やだ、翔!やっぱりアンタ格好いいわね!理人とは違うカッコ良さよ。あーもー、これを見た時の道香の顔が見たい~!でも、アタシ仕事ー!!」
と、わめいてたな。
パーティー会場となるホテルに行くと、受付に蒔田さんがいた。
胸元に赤いバラのコサージュを付けて、ふわりと広がる膝丈スカートのエレガントな黄色いワンピースを着ている。全然ブラックスーツじゃない。
「神沢さん!髪が!!」
俺に気づくと、開口一番言われた。
「あっ、ごめんなさい。ようこそいらっしゃいました。招待状を拝見してもいいですか?」
照れながら言い直した。
「蒔田さん、ドレス似合ってる。道香は?皆、ドレスアップしてるの?」
「ありがとうございます。あー……、すいません。道香先輩はですね……残念ながらドレスは着ていません……」
申し訳なさそうに言われた。いやいや、蒔田さんが謝るところじゃないから。
「あっ、そうそう。先日テレビ観ましたよ!神沢さんが出る、っていうのでウチの女子社員、その日は定時で帰る人続出で、ノー残業デーか!?っていうくらいだったんですから」
蒔田さんがその話をしだしたら、周りの女子社員達も周りに集まってきた。
「すごい格好よかったです~!」
「今日もスーツですけど、あのスタジオインタビューの時!今まで私達カジュアルな神沢さんしか見たことなかったから、ギャップにやられましたよー」
「ありがとう。そんなに見てくれてたんだ」
にこやかに返すものの、内心焦る。
若い女子社員はほぼドレスアップしていて、カラフルだ。そんな彼女達が群がってる俺を道香が見つけた日には……。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、蒔田さんが「皆、持ち場に戻って~!」と散らしてくれた。
こちらに向き直り、小声で言った。
「会場の出入口に道香先輩はいます。本当は上の会場に誰が来たか連絡するんですけど、神沢さんのことはお伝えしません!道香先輩をビックリさせて下さい」
イタズラっぽく微笑まれた。全く、いい後輩だな。
湾曲している階段を登っていくと、ザワザワと人混み特有の空気になってきた。
会場に入る前で、大きく開かれたドア付近に、社員を示す赤いバラのコサージュを付けて、来客を案内している男女が数人いる。
道香はあのあたりにいるのだろう、と近づいてみるが見当たらない。
近づいてくる男性社員が、企画部の飲み会で会ったことのある社員だと気付いた。
「神沢さん!いらっしゃいませ。ご無沙汰しています。今、部長と宇梶さんを呼びますね」
部長はともかく、なぜ宇梶さんなんだ。
「いや、まずは三枝さんいるかな?」
「三枝……ですか?今はあちらで接客中ですが……」
と、目線の先を追うと、スタイルのいいブラックスーツの後ろ姿が見えた。
「……神沢さん……?」
かけられた声を無視して、歩き出す。
道香の腕をがっちり掴んでいる見覚えのある男性にイラっとした。なんなんだ、あの一家は。
「道香」
道香を掴んでいた手をやんわり外す。
振り向いた道香が、俺を見てビックリした顔の後、みるみる赤くなっていく。
要が見たがっていた反応に、くすぐったい気持ちになった。
道香のすぐ後ろにピッタリくっついて、目の前にいる涼やかな容姿をした男性二人に目をやる。
「宇梶さん、先日はありがとうございました」
軽く会釈すると、お兄さん―界さんがにこやかに笑った。
「ああ、一瞬誰かと思ったら、神沢さんじゃないですか。じゃあ、この方……、三枝さんが?」
道香の腰をぐいっと引き寄せた。
「俺の一番大切な人なので。……陸さん、触らないで下さいね」
見た目によらずチャラい弟君に釘をさす。
「えーっ、じゃあこないだ言ってた彼女って……」
「なるほど。神沢さんが夢中になるわけだ」
二人が同時に話しだしたとたん、横から青いドレスが近寄ってきた。
「界兄さん、陸兄さん!」
さっきの蒔田さんはドレスというよりフォーマルなワンピース、っていう感じだったけど、宇梶さんのは完璧なブルーのカクテルドレスだった。
「三枝さん、案内して頂きありがとうございます。以前に言ってた兄……」
そこまで言いかけて、道香の後ろにいる俺を見た。
ポカンとした後、珍しく顔を赤らめた。
「し、翔さん!!髪が……」
蒔田さんといい、道香といい、宇梶さんといい……。だんだんこの反応が楽しくなってきたぞ。
「素敵です。すごくお似合い。精悍さが増してますわ……」
そう言いながら、手が俺の腕に触れそうになった。
「美麗」
界さんが、そっと宇梶さんの腰を取って引き寄せた。
「界兄さん?」
不思議そうに兄を見る妹を目で制して、界さんはこちらに頭を下げた。
「申し訳ない。未熟な妹が色々とご迷惑をおかけしたようで。よく言って聞かせますので」
「いえ。では私達は失礼させて頂きます」
道香の肩を抱いて背を向ける。
「待って!界兄さん!何を言ってるの?」
宇梶さんが慌てて何か言ってるが、もう聞くつもりもない。
「翔!どういうこと?宇梶さんのお兄さん達が来るのは知ってたけど、何か事前に話してたの?っていうか、肩!離して!」
せっかく近づいた温もりが、振り払われてしまった。




