道香サイド 21
約束の時間より早めに会社を出ようとした。
でも、久しぶりに翔とご飯を食べられることに浮かれてて、油断してた……。
会社の正面入口に、翔とは別のキラキラが待ち構えていたのだ。
「みーちゃん、お疲れ様」
先日、翔が座っていた所と同じソファーに座って、満面の笑みを浮かべた正兄がいた。
この、完璧な王子様キラキラスマイルがキレてる時のか、キレてない時のか、妹である私は判別出来る。
これは、キレてる。
「今日はもう帰りだよね?久しぶりにみーちゃんちに行ってもいいかな?」
ひい!それはダメ!!
もはや半同棲状態なので、翔の服やらモノやらいっぱいある。
そっちもマズイが、今もマズイ。
さっきから通りすぎる社員が、こっちをチラチラ見てくる目線が多数あることに、正兄は気にしてない。
なんだって目立つ人に限って他人の目線に無頓着なのか。
翔よりマシなのは、スーツで金髪じゃないってことくらいだ。
「正兄さん、私まだ仕事あるんだけど」
「じゃあなんで外出るカッコしてるの?」
「ちょっと外出予定」
「ふーん。こんな時間なのに?ここブラック?」
うう、引き下がる気配は全くない。
「三枝さん」
どうしてアナタはこうもタイミング良く現れるのかな?もうやだ。
いつもの清楚な微笑みで近づいてくる宇梶さんの目線は、完全に正兄を値踏みしている。
「また、素敵な方とお会いして。どちら様ですか?」
「……。兄です」
ちょっとびっくりした顔したな。
「道香の同僚の方かな?兄の正毅です。いつも道香がお世話になっています」
ニッコリ笑うと、妹の私ですら背後に薔薇がぶわりと咲いたように見える。
この派手な外見で騙されるけど、これでもボクサーの端くれで、プロと戦っても五分五分の戦いが出来る……らしい。
興味のない私は、正兄の試合を見たこともないし、練習姿すら見たことないので、いまいちピンと来ない。
でも1回、モロに顔にパンチをくらい、鼻の骨を折って帰ってきたときは、彼女やらファンの女の子達がわんさかお見舞いにきて大変だった……。
幸い、いいお医者さんに治してもらって、なんの違和感もなく治ったけど、それが私が「お兄ちゃんはボクサー」と初めて認識した出来事だったくらい。
「こちらは同僚の宇梶さん」
仕方なく紹介する。
「初めまして。宇梶美麗と言います。三枝さんにはお世話になっております」
お互い型通りの挨拶をした。翔との約束の時間が近い。ここに翔が来たらもうどうなるか想像もつかない。
「正兄、また今度の休みの日でいいかな?」
「ダメ」
「本当に今仕事メチャクチャ忙しいの!」
「そうなの?宇梶さん?」
なんでそっちに振る。
「はい。今度、全社をあげてのイベントがありまして、私達企画部が中心となって進めていまして、普段より忙しいことは確かです」
ビックリするくらい完璧にフォローしてくれた。
「そうなんだ。じゃあ、今日は帰るけど……。次の休みには連絡して」
「わ、分かった」
正兄は宇梶さんに会釈すると、帰って行った。
心底ホッとしてると、横の宇梶さんがこちらをじっと見ている。
「な、何?」
「……確かに、言われれば似てますが、お兄さんものすごい美丈夫ですのね」
「うん。メチャクチャモテるんですよ」
「わかりますわ……。私の兄達もメチャクチャモテますの」
「兄達?」
「兄が二人いますの……」
そこまで話して、二人して黙った。
メチャクチャモテる兄がいる妹の苦労を、何も言わなくても通じあってしまったからだ。
「じゃあ、失礼します」
宇梶さんは、社内に向かって去って行った。
私も翔が迎えに来る前に、社外へ出ようと出入口に向かう。
会社を出て、数歩も歩かないうちに、また正兄から電話がかかってきた。何か言い忘れでもしたかと電話に出た。
『みーちゃん!なんで金髪野郎が、みーちゃんの会社の近くをウロウロしてんのかな!?』
遠目に見えた。
翔の腕をガッチリ掴んで、鬼の形相で電話をしている我が兄が。




