翔サイド 14
「静岡の老舗の和菓子屋」
理人が淡々と言った。
「なんだってまた、そんな地方から依頼が来た?」
会社には社長室というものがない。
低いパーティションで気持ち程度仕切られたエリアにあるデスクが、俺の居場所だ。
隣に四人座れるテーブルセットがあって、簡単な打ち合わせはここでやる。外部に漏れたくない打ち合わせは応接室でやる。という感じだ。
事務所のザワザワした空気を感じつつ、理人からの報告を聞いていた。
確かに今までも地方からの依頼がなかったわけではない。でもそれは、こっちでやったクライアントからの紹介だったり、口利きだったりで、なんらかの繋がりがあった。
「何かあるんだろうな、と思って調べたら」
そこで理人は変な間を開けた。
「宇梶さんの実家」
マジかよ。
しかも理人はこともなげに言った。
「依頼、受けたぞ」
「そことは繋がりたくなかったのにー」
力なく呟くも、理人は悪びれもせず「悪かった」と言った。このやろう。
「依頼は、次男…副社長の名刺のデザインとショップカードなんだが、報酬がいいんだ」
「あー、今時、名刺なんてネットでポチれよー」
「デザイナーがそういうこと言うな」
「まあ、名刺作成は口実で実際はお前の値踏みだろうな」
「道香の兄貴ならともかくなんでそんな方から」
「おっ、正兄に会ったのか?」
「……。理人、親しいのか?」
「高校の時の美術部の先輩だったからな」
そうだった。理人は道香と同じ高校だった。
「……。どんな人?」
「フッ……。気になるか?」
そりゃ、彼女の兄なんて、彼女の父親の次に気になる!
「2つ上だから、俺らが1年の時3年だったんだが、1年の時から道香が目立つ容姿だから、まあいわゆる過保護で。正兄がいた時は道香もあんな男嫌いじゃなかったんだが、正兄がいなくなると男子が露骨に道香に絡み出して、とうとう道香学校に来なくなったんだよ」
「なんっ…だそれ」
「俺に怒るな」
「しかも、初耳」
「あー、この話、道香にするなよ」
「分かってる」
道香の性格上、この話は多分黒歴史だ。
「正兄がさ、道香に絡んでた数人をフルボッコにした」
飲んでたコーヒーを吹きそうになった。
「ま、マジか……」
「正兄、小さい頃からボクシング習ってて、ウチの学校ボクシング部がなかったから美術部入った、って言ってたぞ。んで、道香が正兄が暴走するくらいなら学校行く、ってことになって……」
なんだか、ハチャメチャな人っぽい雰囲気を感じるぞ。
「待て、理人は?なんでそんな親しげに「正兄」とか呼んでるんだ?」
「俺?ああ、道香と会うより前にボクシングクラブで一緒だったからな」
「それも初耳だぞ」
「俺は小学校の時に始めて、中学入って美術部が面白くなって、すぐやめたからな。正兄はクラブもずっと続けてて、大学でボクシング部に入って、学生の大会とかでも結構上位の方だったみたいだぞ……って、大丈夫か?」
「俺、ガタイはいいけど格闘は全然ダメだぞ……」
「ぶは!何、正兄と戦おうとしてんだ」
理人が面白そうな顔で言った。
「大学の時も何度か迎えに来たりしてたんだけどな。お前、うまいこと会わなかったんだな」
確かに、兄貴がいる話は聞いたことがあったが、道香はあまり話題にしなかったので気にしてなかった。
「今は何してるんだ?」
「いや、普通に都内でサラリーマンしてるって聞いたけど……」
「あのー……」
パーティションの上からひょっこりと日向さんが覗きこんでいた。
「就業時間過ぎてるけど……」
「わり。待ってた?」
理人が、他の誰にも向けない柔和な笑顔で言った。
「てなわけで、和菓子屋「葵」の依頼は受けたけど、それを彼女が知ってるかは、わからん。現在、会長が父親、長男が社長、次男が副社長、末っ子の宇梶さんだけ都内で1人暮らし。見積り段階から副社長がこっちに来ると言っている。今のところ以上」
「完全に偵察だな」
ため息しか出て来ない。
そっちより、道香の兄貴の方が気がかりだ。
考えてるそばから、仕事用のスマホがメールが来たことを告げている。
誤字脱字報告、ありがとうございます!
予測変換に頼ってばかりではいけませんな。気を付けます~!




