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彼と彼女のなりゆき  作者: キョウ
33/46

翔サイド 14

「静岡の老舗の和菓子屋」

 理人が淡々と言った。

「なんだってまた、そんな地方から依頼が来た?」


 会社には社長室というものがない。

 低いパーティションで気持ち程度仕切られたエリアにあるデスクが、俺の居場所だ。

 隣に四人座れるテーブルセットがあって、簡単な打ち合わせはここでやる。外部に漏れたくない打ち合わせは応接室でやる。という感じだ。


 事務所のザワザワした空気を感じつつ、理人からの報告を聞いていた。

 確かに今までも地方からの依頼がなかったわけではない。でもそれは、こっちでやったクライアントからの紹介だったり、口利きだったりで、なんらかの繋がりがあった。

「何かあるんだろうな、と思って調べたら」

 そこで理人は変な間を開けた。

「宇梶さんの実家」


 マジかよ。

 しかも理人はこともなげに言った。

「依頼、受けたぞ」

「そことは繋がりたくなかったのにー」

 力なく呟くも、理人は悪びれもせず「悪かった」と言った。このやろう。

「依頼は、次男…副社長の名刺のデザインとショップカードなんだが、報酬がいいんだ」

「あー、今時、名刺なんてネットでポチれよー」

「デザイナーがそういうこと言うな」


「まあ、名刺作成は口実で実際はお前の値踏みだろうな」

「道香の兄貴ならともかくなんでそんな方から」

「おっ、正兄に会ったのか?」

「……。理人、親しいのか?」

「高校の時の美術部の先輩だったからな」

 そうだった。理人は道香と同じ高校だった。

「……。どんな人?」

「フッ……。気になるか?」

 そりゃ、彼女の兄なんて、彼女の父親の次に気になる!

「2つ上だから、俺らが1年の時3年だったんだが、1年の時から道香が目立つ容姿だから、まあいわゆる過保護で。正兄がいた時は道香もあんな男嫌いじゃなかったんだが、正兄がいなくなると男子が露骨に道香に絡み出して、とうとう道香学校に来なくなったんだよ」

「なんっ…だそれ」

「俺に怒るな」

「しかも、初耳」

「あー、この話、道香にするなよ」

「分かってる」

 道香の性格上、この話は多分黒歴史だ。

「正兄がさ、道香に絡んでた数人をフルボッコにした」

 飲んでたコーヒーを吹きそうになった。

「ま、マジか……」

「正兄、小さい頃からボクシング習ってて、ウチの学校ボクシング部がなかったから美術部入った、って言ってたぞ。んで、道香が正兄が暴走するくらいなら学校行く、ってことになって……」

 なんだか、ハチャメチャな人っぽい雰囲気を感じるぞ。

「待て、理人は?なんでそんな親しげに「正兄」とか呼んでるんだ?」

「俺?ああ、道香と会うより前にボクシングクラブで一緒だったからな」

「それも初耳だぞ」

「俺は小学校の時に始めて、中学入って美術部が面白くなって、すぐやめたからな。正兄はクラブもずっと続けてて、大学でボクシング部に入って、学生の大会とかでも結構上位の方だったみたいだぞ……って、大丈夫か?」

「俺、ガタイはいいけど格闘は全然ダメだぞ……」

「ぶは!何、正兄と戦おうとしてんだ」

 理人が面白そうな顔で言った。

「大学の時も何度か迎えに来たりしてたんだけどな。お前、うまいこと会わなかったんだな」

 確かに、兄貴がいる話は聞いたことがあったが、道香はあまり話題にしなかったので気にしてなかった。

「今は何してるんだ?」

「いや、普通に都内でサラリーマンしてるって聞いたけど……」


「あのー……」

 パーティションの上からひょっこりと日向さんが覗きこんでいた。

「就業時間過ぎてるけど……」

「わり。待ってた?」

 理人が、他の誰にも向けない柔和な笑顔で言った。

「てなわけで、和菓子屋「葵」の依頼は受けたけど、それを彼女が知ってるかは、わからん。現在、会長が父親、長男が社長、次男が副社長、末っ子の宇梶さんだけ都内で1人暮らし。見積り段階から副社長がこっちに来ると言っている。今のところ以上」

「完全に偵察だな」

 ため息しか出て来ない。

 そっちより、道香の兄貴の方が気がかりだ。

 考えてるそばから、仕事用のスマホがメールが来たことを告げている。




誤字脱字報告、ありがとうございます!

予測変換に頼ってばかりではいけませんな。気を付けます~!

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