道香サイド 18
思ってたよりも記念式典の準備が忙しくなってきた。
実は私は式典そのものの企画には関わっていない。
式典で大々的に発表する、ある企画を進めているのだけど……
「いやーっ!もう、決められないわっ!」
ウチの会社には、化粧品やパッケージの色を正確に見るための部屋がある。その北向の明るい部屋で、目の前の紫の髪を縦ロールにしたおじさんが叫んだ。
「ダメ。今週中に決めて。っていうか今日決めて」
「だって、だって、既にもういろんなものを見すぎて選び過ぎてわけわかんなくなってきたんだもん!!」
おじさんが「だもん」じゃないわよ。
「ほら、そういう時は一旦基本コンセプトに戻って。要がしたいのは何だっけ?」
資料をまとめてあるファイルの一番前に入れてある紙を取り出す。
「……全ての人を幸せにしてあげる魔法のメイク……」
「ターゲットは?」
「20~40代の女性、及び男性……」
「そういう人が手に取りたくなるパッケージ……」
「…………。シンプルなのがいいわ。でも素っ気ないのはダメ。特別感があって、信頼出来て、これからするメイクがワクワクするような……」
要の目の前のテーブルには、何種類かの化粧品のパッケージサンプルが置いてある。
「気が楽になるように言っとくけど、これはあくまで式典で発表するプレス用のパッケージだから、本当の製品にする時には多少の変更は有りよ。多分、深く考えるとハマるから、要のインスピレーションで選んで」
「うう……。わかったわよぅ……」
要が長考し始めたら、こそっと沙良ちゃんが話かけてきた。
「この企画、道香先輩がいて本当に良かったです……。最初っから打ち解けてるから、トーカさんの要望を余すことなく取り入れられたし、逆にこっちの要望もズバズバ言えたし……。部長も足を向けて寝られないって言ってましたよ!」
この企画。
今まで表舞台に出てこなかった要……メイクアップアーティストのトーカが、満を持してプロデュースする化粧品の発売。
それを記念式典で大々的に発表するのだ。
とはいえ、最初は既存ブランドの限定品としてカラーラインのみ、トーカプロデュースの商品を出して、うまくいけば個別のブランドとして基礎化粧品込みで立ち上げる……、っていう話になってるのはまだ要に言ってない。
式典に合わせて、とりあえず製品の形だけは整えねば、と今はパッケージのデザインを決めている所だ。
要は全ての決定に立ち会う、という気合いの入れようで、既にリップやアイシャドウ、チーク等の製品の色味はもとより、ケースやパッケージのデザインも妥協せずに選んでて、既に頭はパンク状態なんだろうな、とは分かってる。
こっちも忙しければ、あっちも忙しい。
宇梶さんのいる企画2部の方は、式典メインに進めていて、細かいとこまではこっちでは把握してないけど、2部の人が右往左往してるのをよく見かけるので、相当忙しいようだ。
おかげで、宇梶さんの変なちょっかいもここ最近受けてない。多分、それどころじゃないんだとは思うけど。
翔は相変わらず平日は私のマンションに泊まるものの、私が忙しくて帰りが遅いから、顔を合わせても、もう寝る時間だったりして、あんまり会話してない。
例の相楽さんのことも、どうなったのか聞いてなかった。
そんな中、理人がいなくなった。




