翔サイド 2
「なあ、最近よく一緒にいるすっげかわいい子、誰?紹介しろよ」
講義終わりに、数回しか話したことのない奴からこう言われることが増えてきた。
道香と話すようになって、色々わかったことがある。
まずはコレだ。
「あー、悪いな。彼女人見知りなんだ」
興味本位なだけなやつはこれで去る。そして嘘はいってない。
「またまたー、本当はお前が狙ってんじゃねぇの?彼女、すごいスタイルいいじゃん」
下世話な奴は大抵こうくる。
「……まあな。でも、俺マジで狙ってるから遠慮してくんねぇ?」
「そ、そうなんだ?お前、結構モテるのに彼女いないのはそういうわけ?」
ちょっと凄んで本気を見せれば引き下がる。
すごすご教室を出ていく背中を見ながら、やれやれと思う。
彼女は見た目のせいでかなりモテるのだ。
顔がどっちかっていうと可愛らしい感じに対して、体つきがいわゆるボンキュボンのグラマーな所が男ゴコロをくすぐるらしい。
まあ、ないよりはあった方が俺も好みだが、道香に惹かれたのは断じてそこではない。
本人もスタイルのことを言われるのをすごい嫌がっている。どうやら今までにも色々嫌な目にあってきたらしい。
なのに現れるんだ。そういう奴が。彼女の前に。
「ねぇねぇ、今度一緒に海に行かない?」
「私、泳げないんで」
「遠浅のキレイな所だからさ、泳げなくても大丈夫だよ~」
「日焼けしたくないんで」
「あー、確かに三枝さんてお肌キレイだよね。じゃあプールは?すぐ屋根のあるとこ行けるじゃん」
「塩素の匂いキライなんで」
「えー、じゃあ夏は何して遊ぶのー?」
俺と理人と道香の三人で学食でランチしてる時に話かけてきた奴は、なかなかにしつこかった。
自分で言うのもなんだが、上背のある金髪の俺と、男にしてはキレイ目な顔だが黙ってると硬質な雰囲気を出す理人との二人で道香といると、大抵の男は近づいて来ない。
理人狙いの女子も道香がいるとあまり近づいて来ないし、お互いに楽なのは見ててわかったのだが、たまにそれを気にせず近寄ってくる奴がいて、そういう奴は無意識なのかはたまた神経図太いのか、大抵空気を読まない。
「おい、そろそろいい加減にしろよ」
親子丼を食べていた理人が箸を止めて相手をじろっと見た。
理人が言わなければ、俺が言ってた。
「三枝はお前とは出掛けない。はい、終わり」
「なっ、なんだよお前!」
理人が仁辺もなく言ったのにそれでもまだ引き下がらない。道香はモメそうになった二人を心配そうに見ている。
俺はガタンと椅子から立ちあがり、わざと相手を上から見下ろした。
「昨日は違う女の子に同じ誘いしてただろ?そっちもフラれたのか?」
止まった。ぎこちなくこっちを見る。
何か言い返してくるかと思ったが、ふいと目線を反らして「じゃあね、三枝さんまた今度遊ぼうね」などとぬかして去っていった。
「あの……、ありがとう……」
道香がか細い声で言った。
「気にすんな。あと、俺らを男避けに使ってくれて全然かまわないから、そっちも気にすんな」
「男避けなんて……。大丈夫よ。キッパリ断れば大抵は去ってくから。まあ…今のはちょっとしつこかったけどね」
ぎこちなくにっこり笑う道香を、ふいに可愛がりたくなって、手を伸ばした。
髪をくしゃくしゃにしてしまった。と、思って道香に謝ろうと顔を見たら、ものすごい真っ赤になっていた。
「翔……。そのくらいにしといてやれ」
理人に声をかけられるまで、その顔をまじまじと見ていたことに気づいた。
道香はこれまた外見と違って、純粋だった。
「手ぇ出せねぇー!」
「うるさい」
理人と連れだって来たのは合コン。
そう、新歓コンパという名の合コンだ。
友人の頼みで人数合わせのため、入ってもいないスキーサークルのコンパに無理やり連れて来られた。
結構広いイタリアンレストランを貸し切りにして、かなりの人数がワイワイ騒いでいる。立食形式だから、尚更人が右往左往してて、多分俺らのようにサークルに入ってない奴も沢山いそうだ。
なにが二人足りないだ。これだけいれば十分だろ。
頼んできた友人に、念を押されたのだ。
「いいか、神沢。二人足りないんだ。必ず如月を連れてこいよ」
と。
理人を目玉商品にして女子を呼び寄せようっていう魂胆が丸見えだったが、自分はともかく理人にも女っけがないので連れてきてみたのだ。
案の定、テーブルの向こう側にいる女子達が、チラチラこっちを見ながら囁きあっている。
「手ぇ出せないって、お前、三枝にマジなのか?」
自分がロックオンされてることに気付いてないのか、はたまたシカトを決め込んでいるのか、女子達の視線を一切撥ね付けて、理人は普通に俺と会話しだした。
「え?マジに見えなかった?」
「……。見えなくもない」
「酷いな」
「……翔、お前、自分がモテてるって、わかってるか?」
「は?」
モテてるのはお前の方だろ、と半目で見返すと、理人も半目でため息をつかれた。なんでだ。
「お前、意外とマメだし、面倒見いいし、誰にでも優しいだろ。そういう所で勘違いされる場合もある、って気付いてるか?」
「勘違い……」
理人の言いたいことを掴みかねてると、幹事の女の子の声が入ってきた。
「ねぇねぇ、二人で何話してんの?如月くんがこういう所来るの珍しいよね。向こうで話したいっていう子がいるんだけど、来ない?」
「……。いや、遠慮しとく」
「えー、じゃあ神沢くんだけ借りていっても?」
「どうぞ」
理人、俺を売ったな。
まあ、こんなところで野郎二人でいてもしょうがないので、幹事の子についていってみた。
「翔くーん、ウチのサークルに本当に入らない?」
ショートカットのいかにもスポーツやってそうな子が隣から話かけてきた。
周りには4~5人の女子。ちょっと離れた所から本当のスキーサークルの男子数人がこっちを見ている。
「いやー、俺こう見えて運動苦手なんだよね」
「またまたー!こんないい体してるのに?」
別の女子が胸板を叩いてきた。
「そっちこそ、運動神経良さそうな体つき」
「きゃー!体つきとか言って翔くんのエッチ!」
周りの女子達がキャワキャワと騒ぎ出す。
このサークルの女子はけっこうグイグイ来るタイプが多いな……。
と、ふと顔をあげたら、さっきの男子達に囲まれて道香がめっちゃ白い目でこっちを見ていた。
別に悪いことをしていたわけでもないのに、いたずらを見つかった子供のようにドキっとしてしまった。
女子の囲いから抜け出て道香の方へ行く。
「よ、道香、来てたんだ……」
「友達がテニスサークルにいて、付き合いでね……」
ど、どうしよう。態度が冷たいぞ。
「神沢くんて、モテるのね」
「えっ……、いや、そういうわけでは……」
確かに女子に囲まれて悪い気はしない。きゃっきゃと騒ぐ女の子はかわいいとも思う。けど、それをモテてるとは思っていない。男と女で意味のない下らない会話をするのは、コミュニケーションの1つだと思っている。
なんでか言い訳を考えていたら横から声をかけられた。
「君が三枝さん?」
大学のなかでもチャラいと有名な高野という二年の男だった。細みで身長もそこそこ、顔はまあイケメンの部類に入るか、くらいで理人には適わない。そういやスキーサークルだった。
「良かったらあっちに行かない?まだ未成年だよね?お酒じゃなくて、デザートがあるよ。ここのは美味しいって評判なんだ」
なるほど。女子を誘い慣れてる言い方だ。
でも、目線は道香の胸元に来ていることを俺は見逃さなかった。
「みち……」
言いかけた俺をチラっと見て、高野が道香の肩を抱いてサッと連れて行ってしまった。