道香サイド 16
「道香センパイ……」
「……。作業しちゃおっか」
沙良ちゃんと二人、企画部のコピー器の横の作業スペースで、式典のための会議に参加する人数分の資料を、プリントアウトとコピーを駆使し、ひたすらホチキスで留める作業をしていると、パーティションの向こう側からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「えっ?何?例のデザイン会社の社長と付き合ってるのって宇梶先輩じゃないの?」
「それがさ、昨日は三枝先輩に会いに来てたみたいで、エントランスで二人で親しげに話してたって。しかもその後、もう1人いたクール系イケメンの人も会社に来てて、会議室でなんか話してたんだって」
「もう1人いた!すっごいモデルみたいなイケメン!スーツ着てた人でしょ?」
「そう!でも、例のトーカさんも一緒だったから、そっちは純粋に仕事かもしんないけどー」
「ああ、トーカさんのプロジェクトね。自分の会社のことながら、あれ、楽しみなんだよね」
「でもさ、最初は宇梶先輩と上手くいってたんでしょ?ってことは三枝先輩の略奪愛ってこと?」
ち、が、うー!
思わず手にしていた資料をグシャリと握りこんでしまった。
声の主は企画2部の後輩だと思われる。
隣の沙良ちゃんがメチャクチャ不機嫌になってるし。
かと言って、出て行って訂正するつもりも、仕事中の無駄話を注意するつもりもない。
「聞こえてるわよ」
そこに、落ち着いた声が掛かった。
「宇梶先輩!」
「こんな所で話していたら、誰に聞かれるかわからないわよ。ねえ、三枝さん?」
そう言って宇梶さんはパーティションの端からひょこっと顔を出した。
後ろから後輩二人が気まずそうにこっちを見ている。
「さ、二人はもう仕事に戻って」
「……、はい……」
二人はそそくさと逃げるように去っていく。なのに宇梶さんはそこに立ったままだった。
そのまま作業を再開しようと資料に手を伸ばしたら、宇梶さんが言った。
「三枝さんは翔さんと付き合ってるの?」
「……。そういう話は勤務外にお願いします」
顔も見ず、手も止めずに言った。
それに、こないだ翔の自宅前で「俺の彼女」だと聞いたはずなのに。
「以前に聞いた時は、彼女はいないって言ってたのに……」
以前がいつかは知らないけど、そりゃ正式な彼女になったのついこないだですから。
「……、ふふふ、略奪愛、ですって。私が取っちゃってもいいかしら?」
さっきの後輩達の話を思い出し、カチンと来た。作業の手を止め、宇梶さんに一歩近づいた。
「……取れるものなら、取ってみなさいよ」
宇梶さんを真正面に見据えて、言った。
今までの人生で、他人にこんなに挑発的なことを言ったことなんて、ない。
でも、これだけは譲れない。
気持ちを鼓舞するために、揺らがないために宇梶さんのキレイな顔をじっと見つめた。
「……あら、そう?じゃあ邪魔しないで下さる?」
「はあ?邪魔するに決まってるでしょ。全力で阻止するから、早々にあきらめて」
パンッ!
「はいっ!先輩方、そこまでにして業務に戻りましょう!」
沙良ちゃんが私達の間に入って、手を打ちならした。宇梶さんがしらけたように沙良ちゃんをチラリと見て、さっと行ってしまった。
「……沙良ちゃん……、ごめんね。ありがとう」
「いえいえ。すっごい女のバトルでした」
にこやかに笑って、出来上がった資料を抱える。
「バトるつもりはなかったんだけど……」
ホチキスや不要になった紙を回収して、作業台を元通りにした。
「あそこまで言われたら私だって買いますよ!」
「やっぱり、売られてた?」
「盛大に!」
「買って正解だったかしら?」
デスクに戻り、二人で資料を部署ごとに分ける。
「普段の道香センパイなら、買わないですよね?」
「……そうね」
「いいんですよ。それだけ神沢さんのこと譲れないってことですもんね」
沙良ちゃんはかなり正確に私のことを解ってるな。
*****
そんなことがありながら、この日の夜は理人と日向さん翔とで、理人が教授から聞いてきた話を聞くことになっている。
関係ない、と言いつつも気になるので遅れて合流することにした。
翔達がよく行くレストランバーに着くと、すぐに私を見つけた翔が手を上げる。
「ごめんね、遅れて……っていうか、私聞いても大丈夫かな?」
理人と日向さんを交互に見ると、二人とも頷いてくれた。
話を聞くと、日向さんにとっての危険人物なる「相楽さん」とやらは、なんと、大学の時の恩師、高科教授の親戚だったらしい。
教授自身は飄々としてて、歳のわりにはスレンダーでオシャレなおじさま……、といった感じだったけと、そんなに問題児な親戚がいるとは思えなかった。あ、でも娘さんはちょっと天然だったかな。
一通り話を聞いて、なんだか理人が妙なことに気付いた。
日向さんも気付いてる。
久しぶりに会った教授と何かあったのだろうか?
明日、翔の会社にその相楽さんが来る。三人ともピリピリしてる感じだ。だからかな?
帰りに思いきって日向さんに声をかけた。
「こないだはゴメンね。翔と……その…モメてる所を……」
日向さんは、きょとんとした顔をしたあと、その茶色い瞳を細めてニッコリ笑った。
「あれから仲直りしたみたいで、良かったです!ちゃんと気持ち、伝えられました?」
うわあ、この子、笑うとかわいい……。
理人といるときは、照れてるとか困ってるとかの顔ばかり見ていた気がする。それはそれでかわいかったけど、笑ったときの癒し効果がすごい。
「あ、あの……、一応、ちゃんとお付き合いすることに……なって……。ありがとう、って伝えたかったの。日向さんに「ちゃんと気持ちを伝えた?」って聞かれて、やっと自分の気持ちを素直に伝える大事さがわかったっていうか……」
理人の部屋に無理矢理お邪魔したあの日、二人のゆったりとした空気感がすごくここち良かった。あれが付き合い出した二人の出す空気なのかと思って、あの時はすごく羨ましかった。
そのせいか、日向さんの言葉もストンと心に入ってきて、その後の翔と会話する時に何度も思い出した。
「と、とにかくお礼を言いたかったの。それで、あの…、なっちゃんって呼んでもいいかな?」
「えっ!かかかまいませんよ?あっ、連絡先交換します?えーと、私も、道香さんって呼んでも?」
「うん!しようしよう!」
この時は、かわいい女の子の友達が出来て、呑気に喜んでいたのだが。




