道香サイド 13
「え……?三枝さん?」
車内で、嫌だ嫌だって言ったのに、翔は私を一緒に連れて玄関より前にある門に外からまわった。
水色のシャツワンピースに白いカーディガン、という相変わらず清楚な服装で、おしとやかに佇む彼女は、本当にビックリしていた。
そりゃそうだろう。
明らかにスッピンで、明らかにサイズの合ってない―――翔のシャツを着た私が、翔の後ろからちょこんと現れたんだから。
「何のご用ですか?」
あ、仕事モードの翔だ。
「先日のお礼に、と思ってお茶菓子をお持ちしたんです」
ニッコリ笑ってお菓子が入ってるであろう、紙袋を差し出した。翔は受け取ろうともしない。
「それはわざわざありがとうございます。でも、自宅まで来るのはちょっと非常識じゃないですか?」
「翔さんのご自宅、意外でした。中もこんな感じ?お一人で住んでいるの?」
翔と噛み合わない会話をしながら、こちらをチラリと見た。
「道香、先に入ってて」
と言って家の鍵を渡され、門の中の玄関の方に促された。
でも、大通りから一本入った道とはいえ、家の真ん前にこの二人を残して行くのはちょっと躊躇われた。
「翔……、中に……」
「やだ」
中に入って話せば?って言おうとしたのに、速攻で否が返ってきた。
「あら、中を見てみたいわ」
宇梶さんが、玄関ドアに近づいた。と、翔がドアと宇梶さんの間に立った。
「すいませんが、ここからはプライベートなので、お引き取り下さい」
翔は、宇梶さんに対してずっと仕事モードを崩してない。
ここで初めて宇梶さんは張り付けていた薄笑いをやめて、私を見た。
「……じゃあ、三枝さんは?」
挑むような目を向けられて、ビクッとした。
翔が私の腰をグイっと引き寄せて、スッポリ腕の中に入れて言った。
「俺の彼女なんで」
大学の時は、男子避けのためによく冗談で「彼氏だから」とか言われてたけど、社会人になってハッキリ宣言されたのは、初めてだった。
顔が熱い。
「翔さん、三枝さんの見た目で騙されてません?彼女、社内で同期の男性とも抱き合ってましたけど?」
あれはそういう風に見えてたのか。
「あなたこそ、道香を見た目だけで判断しないで頂きたい」
それだけ言って、挨拶もせずに翔は家の中に私を抱えたまま入ってドアを閉めた。
入るとすぐ、土間のように土足の空間があって、折り畳み自転車やアウトドアで使うような用具が端の方に置いてある。
その場所で、靴も脱いでないのに翔にキスされた。
今までも、何度かふいをつかれたりしてキスされたことがある。
けれど、思いが通じあってからのキスがこんなに気持ちいいとは思わなかった。
多分、翔もそう思ってる。
二人してお互いの存在を確認するように、長いことキスをしていた。
頭がふわふわのトロトロになってる所に、
「抱き合ってたのは瀬名か?」
と聞かれた。
「宇梶さんと二人で飲みに行ったの?」
と聞き返してやった。
お互い見つめあったまま沈黙……。
「あー、もうダメ」と先に降参したのは翔だった。
「道香、俺の彼女になるか?」
さっき堂々と宇梶さんの前で宣言したくせに、聞いてきた。
「やだ」
と言ったら、翔が愕然とした顔をした。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、やだ」
拗ねた目付きで見てやった。
珍しく翔の顔が赤い。
その顔を手で隠してそっぽを向いた。
ビックリした。こんないかにもな手管で照れるとは思わなかった。
ガタイのいい金髪の男前が、目の前で顔を赤くして照れてる……。
「かわい……」
思わず呟いてしまったら、赤い顔で睨まれた。
「そんなに言葉が欲しいなら、くれてやる」
突然ふわっと体が浮いた。
「きゃあ!何!翔!!」
翔は私を横抱きにして、器用に靴を脱いでそのままリビングのソファーまで連れて行った。
理人の家と、あと翔の事務所にもあるこの黒いソファーは、事務所を設計するときに理人がものすごい入れ込んで、わざわざオランダから直輸入したものだと知ってる。
理人の所は赤、事務所はベージュ、そして翔のは黒と色ちがいで揃えたソファーは、直輸入するだけの価値のある、ものすごく座りごこちのいいソファーだ。
そこに、ポスンと下ろされた。座ってない。寝転がった状態で、翔が上から覆い被さってる。
「しょ……」
「道香、好きだ」
瞳をガッチリ覗きこみながら言われた。
一瞬で顔が熱くなる。
だめだこれ。瀬名君に言われたのとは、威力が全く違う。
「愛してる」
お好み焼き屋で言われた軽い言葉とは全然違う響きで、なぜか背骨がゾクゾクした。
「大学の時からずっとお前だけを見てきた。一人でなんでも抱え込んで頑張ってるの、すごいと思う反面心配だった。本当は、恥ずかしがり屋で内気なこと、知ってる。外見で誤解されること嫌がってんのも知ってる。道香の自覚があったのかわからないけど、ちょっとずつ俺を頼ってくるようになったの、嬉しかった」
今まで聞いたことのない翔の本音を次々に挙げていかれた。
「俺だって、他の男が道香のことを色メガネで見るの、スゲー嫌だった。近づこうとする奴を牽制したことだってある。でも、道香はそんなことに気づきもしないで、俺の目の前でどんどん綺麗になってくから、ホレ直すのと同時に心配でしょうがなかった」
自分の顔が真っ赤になってる自覚はあるけど、翔から目が離せなくなっていた。
翔の指先が頬を掠める。
「本当はどこかに閉じ込めて、誰にも触れさせないで俺だけの道香にしたい、って考えたこともあるくらい、好きだ」
ど、どうしよう。
こんな翔に対応したことない。
なんか勝手に目から水が出て来るし、体が熱い。翔に手を取られた。それを口元に持っていかれる。
「この指先から細い腕、いい匂いの首筋、大きくて綺麗な瞳」
言いながら指先にキスされた。
「……んっ……」
「俺が1番かわいいと思ってるその顔も、柔らかいその体も、俺のことで凹んでる表情も涙も、髪の毛の先まで」
「や……、も、いいからっ……」
「なぁ、全部愛してるから、俺にくれないか?」
羞恥で死ねるってこれ?
言葉を紡ぎながら、翔は私の指先や、手の甲、手の平にも口づけを落とした。それを私の目を見ながらやってのけた。
普段からカッコいいとは思ってたけど、こんなにむき出しな男の色気全開な翔を目の当たりにして、頭が沸騰しそう。
「くくっ……、顔どころか、首まで真っ赤。かわいい」
とろけたような甘い笑顔で言われた。
今まで、そんな風に言ったことないじゃない。
翔が私の耳元で言った。
「好きだよ。道香……好きだ。愛してる」
何度も優しく言われた言葉は、はちみつのように甘く溶けて私の中に染み込んだ。
「翔……」
ボロボロと止まらない涙を翔が指ですくって舐めた。その口がニヤリと上がった。
「どうだ、まいったか」
「……っ、もう、もうっ!……まいりました……」
泣きながら笑ってしまった。




