翔サイド 10
「どう?道香は」
ステージから漏れる明かりで、隣に要が来たことが分かった。
「どうもこうもねぇ。こんなに綺麗にしてくれて、ありがとな」
「それ、完全に彼氏の発言よ」
「ははっ、気付いてたのか」
「そりゃあ、ねぇ。道香の態度がぎこちないっていうか。付き合ってる割には遠慮してるっていうか……」
華やかなステージに、最初は緊張した顔をしていた道香だが、円形に作られたランウェイを一周する頃には、にこやかに観客に手を振るまでになっていた。
これは、ヤバいな。
観客席の男子が道香を見上げてポーっとなってるのが、舞台袖からでもわかる。
ライバルが増えるじゃねーか。
と、思いつつも、いつもどこか縮こまっていた道香が、堂々と笑顔で歩いているのが誇らしい。
「道香、ちょっとは自信ついたかしら?」
あ、要も気付いていたのか。
「だといいな。あいつ、ああ見えて繊細なんだよ」
「ふふ、愛してるのねぇ……」
要にすら気づかれてる。道香も気づいてるんだろうか。
ミスコンは見事に要のチームが優勝した。
衣装をデザイン、制作した演劇部の部員はもうすでに企業から勧誘が来たりしているらしい。
要にも、卒業後入社を希望されてる会社や事務所がいくつかあるようだ。
それはモデルをした道香も同様で、雑誌やタレント事務所から声がかかっていた。
「やんないの?」
「何を?」
相変わらず、理人と三人で食堂の決まった席でランチしている。最近はそこに要も加わるようになった。
「モデルとかさ」
飲み終わったコーヒーカップをトレイに乗せながら、道香は嫌そうな顔をした。
「やんないわよ。私はミスコンで十分」
「もったいない。アタシがアンタだったらもっと前からやってるわ!」
「要は三枝じゃねーだろ」
なんだかんだ仲良くなった要と理人も、今や気兼ねなく突っ込める仲だ。
「トレイ、下げてくるね」
と、道香はカウンターの方へ向かった。
「で?ちょっとは進展したのか?」
理人がチラリとこっちを見て言った。直接相談したことはないけど、やっぱり理人にもまるわかりだったか。
無言で首を振った。
「道香、鈍感なのよ。未だに翔がそばにいるのは自分を守るためだと思ってるみたいよ?」
三人で道香の後ろ姿を眺める。
「まあ、いいさ。気長にやるつもりだから」
「呑気なこと言って。他の奴に持ってかれても知らないわよ?」
「そういう時は、さすがに、な」
と言いつつ立ち上がる。
「三枝さん、こっち来て座らない?」
男子三人ほどが座ってるテーブルの側を通った道香に、そう声をかけているのが聞こえた。
「いえ、結構です」
相変わらずハッキリ断るなあ。
「まあ、そう言わずに、ね?こないだのミスコン、すごい綺麗だったよ~」
「どっ、どうも、ありがとうゴザイマス……」
「あはは!真っ赤になってる。綺麗だと思ってたけど、案外かわいいんだ」
チャラそうな茶髪の奴が道香に触ろうと手を伸ばした。
「道香」
後ろから声をかけたら、ホッとした顔をして道香が振り返った。
そうするのが当たり前のようにスルリと腰に手を回し、グイっと引き寄せた。
「悪いな、彼女はダメ」
あっけにとられているチャラい茶髪にそう言うと、さっさと理人たちのいるテーブルに連れていった。
途中、道香の顔を見ると真っ赤になっている。
追い討ちをかけるように耳元で言った。
「なぁ、本当に俺の彼女にならない?」
真っ赤なまま、ビックリ顔してこっちを見た……と思ったら、バチーン!と強烈なビンタを食らった。
*****
そうだ。あれがマトモに反応してくれた最初だった。
一番始めに言ったときには、誤解されてると気づいていた。まあ、側にいられるなら最初はそれでもいいか、と思っていた。
それからことあるごとに言っていたのに、道香には断られ続けた。
道香が俺の交遊関係の広さに戸惑ってることは分かっていた。でも、それを改める気はない。
仕事柄もそうだし、第一、友人知人が多いからって道香を蔑ろにするわけがない。そこを信用されてないのは、少々腹立たしい。
まあ、道香的には信用してないとかの問題ではないことも分かってはいるが。
だから、多少ゆっくりとした進みでも、俺は気長に待つつもりだったのに。
他の男にやる気なんてさらさらねぇんだよ。
*****
昨晩、無情にも締め出しを食らったドアの前で、ため息をついた。
もはやこのマンション入口のオートロックは、管理人がいる限り俺にはフリーだ。
メールを送ったのが間違いだったか、既に道香は逃げた後だった。
まあ、どこにいったかはなんとなく察しがついてるが。
誤字脱字報告、ありがとうございます!
見直してはいるのですが、見落としがありますねー……。気をつけます!




