道香サイド 11
「は?自信がない?そんなのアタシだってないわよ。はい、腕上げて」
あっけらかんと東海林君に言われた。
大学のミスコンに、結局出ることになった。
東海林君率いる、演劇部のスタッフに引き合わされたら、「あなただ!イメージ、ピッタリ!!テーマが豊穣の秋で、グラマラスな子を探してたの!」と、部長に大絶賛された。
今まで、体型のことを言われる時は性的な意味合いが多分に含まれた感じが多かったので、こんなに純粋に素材として誉められたのは初めてで、つい承諾してしまった。
あ、モデルってこういうことなのか、と妙にストンと納得した。
承諾したら、早かった。
既にテーマや衣装のイメージは固まっていて、あとはモデルに合わせて衣装を作る……という所まですでに進んでいたので、早速採寸されている所だ。
「んまあ!なんて体型なの!?日本人!?」
「あの……、東海林…君は、メイク担当じゃないの……?」
メイクを彼がやる、とは聞いていたけど、手慣れた感じでサクサクと採寸されている状況……。
最初は男性に身体中計られる……ということに恥ずかしくて尻込みしていたら、東海林君があまりに事務的かつ手慣れた感じかつ、おネエ丸出しだったので、段々気にならなくなってきた所だ。
「「君」やめて。要でいいわよ、道香」
「そうか、そうだよね。「君」はないか。どう呼べばいいかわからなかったの。ゴメンね要」
「ぶっ……、彼氏……神沢君もそうだけど、道香も素直ねぇ……」
素直!?
そんなこと、言われたことない。
「将来はメイク方面やりたいんだけど、とりあえずファッション関係は一通り勉強したのよ。ヘアはもちろん、服も作れるし、着物の着付けも出来るわよ」
「えっ、スゴい」
大学1年て、やっと将来の方向性がうっすら固まってきた……くらいな子が多い中、すでにキャリアを積んできていることに感心した。
「なのに……、自信ないの?」
「ないから経験積んでるの!結局さあ、よっぽどのアホか天才以外、自信なんて経験値と比例するんじゃないの?」
ものすごく真っ当なことを言われた。
「た、確かに……ね……」
「いい?アタシだって真っ直ぐここにたどり着いたわけじゃないのよ?」
シュルっとメジャーを戻して、サイズをメモりながら要は言った。
「アタシね、実は結構名家の長男なのよ」
「えっ……」
「ビックリでしょ?自分がこうだって自覚したのは中学からよ。躾も厳しかったからね。家と本当の自分との板挟みで苦しくなってきちゃって、家出したの」
ただでさえ、おネエということで苦労しそうなのに、要の生い立ちはなかなかにハードだった。
「ニューヨークに」
「へっ……?家出が……ニューヨーク!?」
国内ですらないの!?
「そこでさ、ぱーっと人生開けちゃったのよ。あそこは本当にいろんな人がいて、人種も職業も性別も老若男女、なんにも関係ないボーダーレスな感じだったの。あ、もちろん人種差別的な目もあったわよ?でも、それすら私には新鮮で」
周りにいる演劇部の子たちは、クスクス笑ってる。この話はもうみんな知ってることなんだ。
のんきなおじさん顔に見えてた要が、妙にキラキラした少女っぽく見えてきた。
「まあ、1週間かそこらで親から依頼された人に連れ戻されたんだけど。帰ってから親と交渉よ。本当はメイクの専門学校に行きたかったんだけど、親が後は何やってもいいから大学だけは出ろ、っていうから美容院とか着付け教室の雑用バイトしながら猛烈勉強して……。だって美大って案外偏差値高くてさー……」
「待って、待ってー!要が凄すぎてだんだん尊敬してきたんだけど」
「そう?」
「そうだよ!だけどなんで私にその話を?」
女子ばかりの集まりは、採寸してある程度制作のメドが立ったところで、すでにお菓子やらお茶やらで女子会になっていた。
「自信、なさそうだったから」
それまで話したこともない要から見て、本当に見た目だけでも自信がなさそうに見えたのか。
「アタシ、こんなだからさ、やっぱり女子の姿形に憧れがあるわけよ。道香はまさに理想。アタシのミューズだって、初めて見た時に思ったわ。なのにアンタときたら、あんな美形二人も従えてんのに、いっつも一歩下がってるように見えた」
うっ……。
あながち間違いではない。
「ミューズって……?」
「インスピレーションの素よ」
私で、インスピレーションが、湧く?
「気づいてないの?道香、あの二人といる時は一歩下がって見えるけど、一人でいる時は背筋のばして凛として、とっても綺麗なのよ?まあ、バリア張りすぎて「孤高の花」になってるけど。周りの男の子がザワザワしてること、分かってる?」
要や、演劇部の子に指摘されてから、真っ赤になってることに、気づいた。
周りからそんな風に見られていたなんて。
高校の頃は、この大きすぎる胸を冷やかされたりして、すごい嫌だった。
だからと言って隠れてるのも嫌だった。
だから、虚勢を張って、なるべく背筋を伸ばして、そんなのなんでもないことのようにふるまってた。
そんなハリボテの姿でも、人の目には違うように映っていたのか。
「道香はもっと、自信もっていいし、彼氏の隣にいていいのよ?」
この時はまだ、要は翔のこと彼氏だと思ってたから、この言葉をスルーしてた。
今なら分かる。
翔の隣に、対等に立つには私は自信がなさすぎた。
今でも同じだ。
自信もなければ、覚悟もない。
翔に飽きられたってしょうがないと思ってる。
なのに、翔の側にいたいと思ってる自分もいる。
ワガママだ。
こんな自分だからこそ、余計に自信がない。
負のループに入ってる。
*****
夜じゅう、ずっと泣いてた。
あんなに翔を突き放したのは、初めて。
きっともう呆れて、私から離れていくだろう。
自分でやったくせに、涙が止まらない。
眠れない夜が明けて、朝方くらいからうとうとしてしまった。気づいた時には既に朝と呼ぶには遅い時間だった。休みの日じゃなかったら有給取ってたかもしれない。
もそもそ布団から出て、そーっと玄関を開けてみた。
翔がいたような形跡はもちろんなく、ほっとしたような、残念なような……。
部屋に戻って、何か暖かい飲み物でも飲もうとキッチンに行き、ふと目にとまったスマホを見た。
えげつないほどの翔からの着信があった……。
仕事の時はマナーモードにしていて、そのままだったので、全く気づいてなかった。
着信履歴はもちろんだが、一件だけ朝の5時くらいにメールがあった。
『10時に行くから家にいろ』
めったに見ないし聞かない翔の命令形は、彼が怒ってることを物語ってる。
こんなのを見て、大人しく待ってるような性格じゃないのよ。
時計を見れば、すでに10時まであと30分。
あわてて携帯と鍵だけ持って、同じマンションの理人の部屋に向かった。




