道香サイド 10
ピンポンピンポンピンポンピンポン!
激しくインターホンが鳴る。
オートロックのマンションなのに、翔はどうやってか下の入口を突破して玄関前まで来ていた。
そろそろ隣近所迷惑になりそう。
観念して玄関ドアを開けたら、でっかい図体のくせして、捨てられた子犬みたいにしょげた顔をした翔がいた。
そ、そんな顔したって、ダメなんだからね!
中に入れたものの、私はベッドに戻り頭から布団をかぶった。
子供か!と自分でも思ってる。けど、今は翔の顔をあんまり見たくない。
「道香」
翔が、疲れたように呼ぶ。
ああ、呆れてるんだろうな。
「さっきの人は以前のクライアントさんで、ちょっと、こー、強引?親しげ?馴れ馴れしい感じ?の人なんだよー」
あっ、そう。やっぱりクライアントさんだったか。だからって気安く触らせてるってどーなの?
「酔いは?覚めた?気持ち悪かったりしたら、言えよ?」
今は優しくされても、どうせ他の子にも優しいんでしょ、と余計なことを考えてしまう。
「……大丈夫」
答えておかないと、こういう質問の翔はしつこい。
ベッドの足元が沈む。翔が乗ってきたからだ。
何をされるかとびくびくしてたら「道香、怒ってんの?」と聞かれた。
怒って……る、っていうか拗ねてんの!と思ったけど、怒ってることにしといた。拗ねてるとか言ったら絶対ニヤニヤした甘い顔してくる。
布団をめくられた、と思ったらスルリと足を撫でられた。ゾワリと何かが足から這い上がる。それが嫌なものではないと、体が言っている。
逃げてるのに翔の手が追ってきた。
たまらず「や、やめて!」と言ったのに、今度は顔を見られた。
「エロい顔してる……」
「しっ、してない!」
あわてて顔を両手で隠した。
「道香、何に怒ってるんだよ?」
「……。わかってないんだ」
「いや。うっすら分かってる」
うっすら?翔は、私の気持ちを分かってるの?
大きな手が私の手に重なる。そっと動かされてまた顔を見られた。
「うっすら……なの……?」
「そう、だから道香の口からちゃんと言えよ」
私の、口から?
確かに、ずっとガマンしてた。
付き合ってもないのに、この気持ちを翔に言っていいのかわからなくて。だって、言ったらすごい自分が独占欲のカタマリだって自覚してしまいそうで。
だけど……
「他の女と仲良くしないで」
口から出てた。
言っちゃった……。
多分、翔はビックリしてる。呆れてる。
今まで自分のこんな気持ちをぶつけたことなかった。
「道香、それが嫌なの?」
翔の顔が見れない……、と思っていたら瞼に柔らかいものが押し当てられた。
「……や、なの……」
おそるおそる目を開ける。翔の顔がかなり近くにある。
ど、どういう状態?私、今、何された?
気づけばいつの間にか翔がのし掛かってきていた。
「道香、俺と付き合えよ」
……っ!また、そういう言い方っ……!
翔にあの時からずっと言われ続けた言葉。
当時はどっちかわからなくて悩んだけど、今はわかる。私を好きで言ってくれてるって。
でも、でもだからこそ、ちゃんと言って欲しいのに……。
「……私、瀬名君に告白された」
「は?」
唐突に話が変わったからか、翔はポカンとしてる。
「瀬名君に、「好きだ」って言われた!」
翔の顔は無表情になった。
「だから?」
いや、無表情じゃなくて、不機嫌になった。
「それ、今関係ある?アイツと道香は付き合わないだろ」
何その確信。
「だって……、だって翔は言ってくれないじゃないっ……!」
上にいる翔の肩を、グッと押して退けようとしたけど、ビクともしない。
「道香、アイツのこと、気になるのか?」
いつもより低い声でゆっくり聞いてくるのが、怖い。
「こ、告白されて、付き合ってなんて言われたら、普通気になるでしょうよ」
「気にするなよ。道香は俺だけ気にすればいいだろ」
そう言って、翔が強引にキスしてきた。
両頬を両手でガシッとつかまれて、動けない。
手足をバタつかせて抵抗するも、大きな体に抑えつけられて動けない。
「……んぁっ、……は……」
息も絶え絶えになった頃、やっと離してくれた。
「道香、待つって言ったけど、他の男のモノになるくらいなら、もう待たない。いいか?俺の隣にいたいんだったら、俺のこういう交遊関係込みだ」
止まった。
『込み』?
翔が人たらしなの知ってる。
私だけの翔にならないことを承知してる。
更に、自分がかなり嫉妬深いかまってちゃんだってことも自覚してる!だから!
付き合ったら私は、翔にとってすごい嫌な彼女になる、と思ってずっとずっと、躊躇してたのに
頭の中で何かがプチンと切れた気がした。
力任せに突き放したら、油断していたのか翔はバランスを崩しベッドから落ちた。
「あたっ…」
痛がってる声は聞こえたけど、そんなのに構わず耳をひっつかんで玄関まで連れてった。
「道香!いてっ……、何、いたたた!」
玄関ドアをバーンと開け放ち、廊下に放り出す。唖然とした表情の翔に言った。
「だったら、もういい!!」
速攻閉めた後、鍵もかけた。
もうやだ。
もう、あの人を好きでいることに疲れた。
沙良ちゃんの言うように、もっと私のそばにずっといてくれるような人が他にもいるかもしれない。
でも、翔より他の誰かを好きになれる気がしない。
「う、うう~……」
自分で追い出しておいて、翔がいなくなることに耐えられない自分に呆れる。
玄関ドアの向こうから「道香……?」と翔が心配そうに声をかけてくれてるのが聞こえる。
泣いてるのを知られたくなくて、また布団に戻って被って、盛大に泣き出した。




