翔サイド 9
「あらあ、神沢さんじゃないの」
高い大きな声で呼び止められた。見ると、以前にショップのフライヤー制作を頼まれたことのある、アパレルショップのオーナーだった。
「真喜子さん、ご無沙汰しています」
名字の「御手洗」で呼ぶと怒られるので名前呼びだ。見た目、40代前半に見えるが実年齢50代後半の美魔女で、ものすごいバイタリティーの持ち主で会うといつも圧倒される。
「やだー、久々に見たら男っぷりが上がってるんじゃない?」
ニッコリ妖艶に笑いながら、頬を撫でられた。
うーん、貫禄。
と、ちょっとたじろいだ所で、バタンと車のドアが閉まった音がした。
車を見ると、助手席に道香がいない。
「えっ…」と思ったら、後ろに停まって客待ちしていたタクシーに乗り込む道香が見えた。
「道香!」
アイツはまた!すぐ俺の隣からいなくなる。
無情にもタクシーはすぐに発車して、街の赤い川に合流してしまった。
「あらー、ゴメンね。私のせいかしら?」
悪かった、というより面白がってる表情で真喜子さんは言った。
「例の彼女でしょ?すごい美人じゃなーい!おまけに何あのスタイル。ウチのモデルにしたいわぁ。神沢くんと並んだらさぞかし絵になるでしょう?」
ニヤニヤしながら言われた。以前にちょっとだけ道香の話をしたのをしっかり覚えていたのだ。
しかし、昨日も追いかけられず、今日もほっといたらさすがにマズイだろう。
「ごめん、ごめん。引き留めて。アレは完全にかまってちゃんだから行ってあげて?」
さすが真喜子さん。
「すいません、失礼します!」
すぐに車に乗り、道香のマンションに向かった。
どうせスマホにかけても出ない。だったら直接行くまでだ。
「道香」
部屋にすら入れてもらえないことも覚悟してきたが、入り口は案外あっさり通れた。
「みーちー?」
しかし、これだ。
「さっきの人は以前のクライアントさんで、ちょっと、こー、強引?親しげ?馴れ馴れしい感じ?の人なんだよー」
こんもりとした布団に話かけるも反応はない。
「酔いは?覚めた?気持ち悪かったりしたら、言えよ?」
「……大丈夫」
あ、それは答えてくれるんだ。
そっとベッドの足元に座ってみた。
「道香、怒ってんの?」
「……。怒って……る!」
なんかちょっと戸惑いがあったぞ?
布団のこんもりをちょっとめくってみた。道香の素足がある。
その肌をスルリと撫でたら、ビクっと足が引っ込んだ。
それを追いかけて布団に手を突っ込む。足首を見つけてスルスルと登っていった。
「……っ、や!やめて……」
布団の中からくぐもった声がする。
「道香……」
わざと低めの声で呼ぶ。更に布団をめくって道香の顔を見つけた。眉を寄せて真っ赤になった顔でこっちを睨んでる。
「エロい顔してる……」
「しっ、してない!」
あわてて顔を両手で隠した。
「道香、何に怒ってるんだよ?」
「……。わかってないんだ」
「いや。うっすら分かってる」
顔から手をゆっくり退かす。そこには泣きそうな瞳があった。
「うっすら……なの……?」
「そう、だから道香の口からちゃんと言えよ」
黙った。
うっすらというか、道香が躊躇してる理由をほぼ分かってる。
でも、道香はそれを俺に言わない。
まあ、言ったところでどうにもならないのだが。道香の気持ち1つで状況は変わるのに。
俺に、言えばいいのに。
「他の女と仲良くしないで」
空耳かと思った。
道香を見ると、目をギュッと瞑って何かに耐えるように、小刻みに震えてる。
ほぼ初めてと言っていいくらい。
道香が俺にわがままを言ったのは。
しかもそれが明らかな嫉妬とか、かわいすぎるだろう。
顔がニヤける。
「道香、それが嫌なの?」
ギュッと瞑ってる瞳にキスをした。
「……や、なの……」
おそるおそる開いた目が俺をとらえる。
潤んでいる。
ギシとベッドが軋む。俺が道香の上に覆いかかったからだ。
目尻を親指でなぞった。濡れている。その手を頤にかけて上を向かせた。
「道香、俺と付き合えよ」
もう、これを言うのは何度目か。
「……私、瀬名君に告白された」
突然、道香が言った。
「は?」
「瀬名君に、「好きだ」って言われた!」
何かあっただろうな、とは思っていたからさして驚いてはいないのだが、なんで今言う?
「だから?それ、今関係ある?アイツと道香は付き合わないだろ」
さすがに不機嫌が顔に出る。
「だって……、だって翔は言ってくれないじゃないっ……!」
「道香、アイツのこと、気になるのか?」
さすがに俺もカチンときた。
確かにハッキリと言ってない俺も悪い。かもしれない。けど、今までの俺達の関係でもう分かっているだろうに、ただ言葉を貰っただけで、そっちを気にするようになる道香が酷い。
更に追い討ちをかけられる。
「こ、告白されて、付き合ってなんて言われたら、普通気になるでしょうよ」
ちょっと顔を赤らめて、俺から目線を反らせた。
「気にするなよ。道香は俺だけ気にすればいいだろ」
本能に従った。道香を俺のモノにしたい。
他の男になんかくれてやるか。
一瞬でそう思って、唇を奪った。ビクっと震えた道香の唇は、どこまでも甘く柔らかい。
ジタバタ抵抗してるけど、知るか!
「……んぁっ、……は……」
苦しそうな道香を離してやれたのは、しばらく経ってからだった。
「道香、待つって言ったけど、他の男のモノになるくらいなら、もう待たない。いいか?俺の隣にいたいんだったら、俺のこういう交遊関係込みだ」
表情が抜け落ちたかのように無表情になって、止まった……と思ったらものすごい勢いで、ドンッと押された。
ふいをつかれたので、バランスを崩しベッドから落ちた。
「あたっ…」
俺が痛がってる間にすばやく身を起こした道香に、そのまま耳をひっつかまれ引っ張られる。
「道香!いてっ……、何、いたたた!」
玄関ドアをバーンと開け放ち、廊下に放り出された。
「だったら、もういい!!」
バタン、とドアは閉まった。
「は……?」




